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●大ジャーナリズムを蝕むダガダンス
 
 朝日と読売の火ダルマ時代

 ●『朝日と読売の火ダルマ時代』 藤原 肇  国際評論社 1997年11月1日

 少しずつ、紹介していくことにした。

 日々の更新とは別に。

 ➔★以前の記事の続編でもある。

 ***************

 
 ●『朝日と読売の火ダルマ時代』      藤原肇   国際評論社 

 
 『まえがき』

 
 ★危機的な日本の現況

 21世紀の始まりを眼前に控えた日本の現状は、政治や経済が深い混迷の中で亡国の色を強め、一種の幕末化の度合を濃厚にしているが、その原因の大きな割合を占めているものに、ジャーナリズムの頑廃と活力の衰退がある。
 この認識に至ったのは1980年代半ばであり、強い危機感に支配されて落ち着けなくなった私は、日本のジャーナリズムについての本を読み、新聞社史を真剣になって繙くと同時に、多くの老ジャーナリストたちを訪問して、活字にない領域について探査を続けた。
最初の頃は歴史的なエピソードが主体で、知られていない歴史の影の発掘に興奮して、せっせと太平洋を往復して聞き書きを作り、そのうち『新聞外史』を纏めようと考えていた。
だが、中曽根内閣による演技政治が本格化して、カジノ政策の進展と共に新聞が異常を呈し、バブル現象に巻き込まれ始めたので、歴史よりも現状分析に重心が移って行き、経営形態に注目せざるを得なくなった。そんな状況の中でリクルート疑惑が発覚した。
 リクルート事件の病理学的な解析も済み、既に内部調査がかなり進んでいたので、犯罪の輪郭が浮かび上がっていたこともあり、ロスの邦字新聞『加州毎日』新聞の紙面に、1989年5月の段階で記事の連載を開始した。歴史の証言を記録する必要性を痛感したが、タブーに関わる難しい問題を含むので、日本国内では活字化が困難な内容でも、国外のメディアを使えば表現が可能だと考え、日本語新聞という手段を使ったのである。この戦術はある意味で極めて効果的であり、問題意識の高い国内のジャーナリストに、強いレスポソスを伴った関心を集めたし、国際電話による意見の交換を含めて、インテリジェンス指数の高まりを通じ、私の訪日の日程の忙しさは猛烈なものになった。
 リクルート事件は興味深い性格を持ち、病理学の対象としては絶妙なものであり、昔とった杵柄がとても役立ったという意味で、私は非常に幸運な経験をしたことになる。というのは、フランスに留学した時の道楽の一つとして、ファシズムとナチズムの講義に出席し、異常心理と病理学のアプローチを使った、歴史分析を学ぶ機会を持っていたからだ。
 リクルート事件に関しての私の新聞記事は、その後に『平成幕末のダイアグノシス』(東明社)に収録され、日本人が誰でも参照できるようになったが、当時20冊近く刊行されてリクルート物の中で、匹敵する本は無かったと自負している。
 決め手になるのはその分析手法にあった。1980年代は境界の壁が破れた時代であり、ドイツでは冷戦構造の東西の境界の壁が崩れたが、日本では中曽根内閣が誕生したことによって、表と裏を区切る上下の境界が崩れたために、力ジノ経済の果ての大変動で幕末化が進んだ。
 それを私は仮に東京プッチと名づけたのであり、口ッキード事件で手負いになった田中角栄が、ミュンヘン・プッチのルーデンドルフの役目を演じて、一種のソフトな革命の初期振動(P波)の記録になった。ショックは政治の分野だけでなくメディアにも及び、ひいては日本の社会全体が影響を蒙った点で、世紀末に先立つ一連の痙攣の開始だった。
 それがどんな歴史的意味を持つかについては、『平成幕末のダイアグノシス』と本書の記事が、ジグソウパズル組み立ての手助けをして、全体像を描く上で貢献すると思われる。
キイワードは『フェルキッシャー・ベオバハター』で、それを私は読売と二重写しにして見るが、これが誤解による大いなる幻影なら、日本の運命によって喜ぶべきことだと思う。

 ★監視役から第五列へ変身したメディア

オランダ生まれのヴァンン・ウオルフレン記者は、『日本の知識人へ』(窓社)と題した興味深い本の中で、[日本の新聞は日本の社会政治制度を監視するかわりに、読者から必要不可欠な情報を体系的に奪うことによって、現在進行中の出来事を不明瞭にする役割を演 じている」と書いている。そして、この指摘こそ日本の、ジャーナリストが肝に命じて読み、かみ締めて味わう必要があるものだろう。これは日本のメデイアが知的誠実さを放棄し、権力に対峙して監視する役割をせず、その第五列になったことへの告発である。
彼は論文の中では鋭い論調を展開して、知識人の1人として自立的な発言を行い、批判精神に富む誠実な指摘をしている点で、ジャーナリストの本分を発揮している。
 だが、『サンデー毎日』で試みた政治家との一連の対談では、批判精神の片鱗もない追従的な発言と、権力者の面前において監視能力を放棄して、手玉に取られ宣伝役に終始していた点で、日本の新聞社の堕落幹部と大差がなかった。
 これは権力の毒における病疫学の問題に属し、ジャーナリストや学者の公正な判断と洞察は、常に権力から離れた場所で価値を持つので、知識人でも調子に乗ってタレント仲間に連なれば、必ず堕落することの病理学的な証明でもあった。
 権力を持つ側からの誘惑と切り崩しには、学生運動や組合活動のリーダーの堕落や、転向共産主義者を使った労務管理など、応用例は数えきれないほど沢山あり、社会のあらゆる領域に及んでいる。その巧妙なものが政府委員への任用だし、メディアに登場する機会の提供であり、慣れ親しめば懐疑と批判の精神が衰退して、権力の甘美な花園に迷い込むはめになる。
 『諸君』、『正論』、『ジスイズ読売』、『潮』、『ボイス』などは、紙を使った街宣車役を果たす月刊誌であり、小遣い提供を通じた懐柔に目の無い、売文評論家や御用学者たちで賑わう、赤電球に照らされた言論版の俗悪サロンである。
 拙著のどこかに書いておいたことだが、「女がするのが売春で男がするのが売文-」だから日本の書店の店頭は赤電球の放列であり、扇情的な色彩の騒音で殷賑をきわめている。
 若い頃の内藤湖南は大阪朝日の記者だったが、赤いガス灯のサロンに通わず良書に親しみ、山片蜷桃の『夢の代』や三浦梅園の『三語』を読破して、京大を日本一の学問の場に育て上げる上で貢献した。
 その意味で、権力から数歩離れて言論は初めて迫力を持ち、三浦梅園の曾孫弟子だった福沢諭吉は、明治前半の啓蒙活動の先駆者として野にあり、『学問のすすめ』や時事新報などを通じて、青年たちに独立自尊の価値を普及したのである。
 だから、明治の前半に生きた日本人たちにとって、自由は希望と結びついた言葉だったのに、百年後には手垢だらけで胡散臭くなり、そんな題字の新聞は誰も見向きしないから、今では政府与党の機関紙だけになっている。だが、自由のない所に正義がかなしという意味で、言論の自由の追求は貴重なものであり、それが本書の誕生の機運を招いたのである。

 ★タブーの壁と新しい挑戦の津波

 『ルモンド』や『トリッブ(インタナショナル・ヘラルドトリビューン)』の味わい深い記事に比べて、内容が希薄な日本の大新聞の持つ落差は、記者や論説委員の資質の問題であるより、むしろ経営形態に由来するのではと考え、新聞史を調べたのは10年も昔のことだった。また、春と秋の墓参の訪日の機会を利用して、ジャーナリズムについての問題を中心に、日本の各地で余生を送るOBを訪ねて教えを乞い、5年余りもインタビューを続けたお陰で、3年前に本書は一応の完成の状態に至った。
 それから出版の段取りに移ることになったが、日本の2大新聞の問題点を扱っただけでなく、メディアを支配する広告会社や司法当局を含み、多くのタブーにも抵触していたために、日本で活字にすることは至って困難だった。しかし、提起した問題は極めて重要であり、歴史の証言として残す必要があったから、シカゴの邦字新聞を使って活字化したが、その反響は予想をはるかに上回るものだった。
 連載記事を読んだ多くの読者たちによって、日本で単行本化するための努力が続いたし、拙稿に誘発されて国内で幾つかの記事が書かれ、堅固だったタブーの壁に亀裂が入った。紙面の提供で勇気を持って突破口を開けた、『ミッドアメリカガイド(後の日米ジャーナル)紙』の故・上原将編集長の見識に、ここで改めてお礼を述べて冥福を祈りたい。
 バブル崩壊後の不況と金融界における不祥事は、大蔵省の当事者能力の不在を露呈したが、日本の政治的混迷の救い難さを明らかにし、遂に前代未聞の批判の嵐を巻き起こした。その中で特筆すべき革命的なタブー破りは、鹿島の『裏切られた三人の天皇』(新国民社)であり、これだけ強烈な内容の本に私が接したのは、過去10年において記憶がないほどである。
 これだけ強いインパクトを持つ本が登場し、虚妄に満ちた過去のタブーが崩解して、歴史の真実が白日に曝される時代が始まれば、メディアにおける偽れる盛装に対して、過去と同じ黙殺と拒絶の横行を放置するのは、歴史に対して大きな犯罪行為になる。
 過去3年の空白を補正して仕上げる意味では、三浦梅園の『玄語』の23回の換稿に較べて、それに及びもつかない僅かな補強だが、サンカにまつわる最近の対談を加え、本書は日本の読者一般の審判を仰ぐことになった。ジャーナリストとしての強い責任感に基づき、長年にわたる言論活動を続けてきた立場で、内容を評価して刊行するのを快諾して頂いた、国際評論社の寺川雄一社長の決断を讃えたい。

   1997年初夏パームスプリングスにて、藤原肇

  ****************

  続く。
  
 

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