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*前記、西川一美著『秘境西域八年の潜行抄』からの引用を続ける。
  
 ”・・略・・日本の敗戦と同時にスバス・チャンドラ・ボース氏と共にインド独立を戦った将兵は故国に引き揚げてきた。当時なおインドを支配していた英国は、このインド独立軍の将兵全員を戦犯として軍事裁判にかけた。このとき終戦と同時に獄舎から釈放されたガンジー、ネール以下の幹部はもちろん、インド国民全員が立って弁護人となり、インド独立軍将兵の無罪を主張し遂に彼らは勝った。戦犯などとは当然あるべき筈のものでない汚名を、インド人の中にはひとりとしてつくらなかった。私の会った将兵も、それらの一員であったのである。
 これらの事実と敗戦当時の日本人を比較して見ることも、また必要であろう。昭和25年インドから送還された私は、シンガポールからの祖国将兵の戦犯数名の人達と故国に第一歩を踏んだとき「ご苦労さんでした」の言葉のないのはもちろん、「俺達が引き揚げてきたときは、なにしろ石を投げつけられたのだからなあ・・」と言う言葉を旧友から聞かされた。
 立場や勝敗はどうであろうと、いったん国のために戦った人々を国民全員が温かい思いやりで迎え慰め合ったインドの国民と、軍隊はあたかも敵のように恨み迎えた日本の国民。これが私達の同胞日本人だったのだろうか?いったい自分は日本人なのだろうかと、疑わざるを得なかった。
 インドのパール博士が、東京の軍事裁判で、ただひとり戦犯反対論を説かれたことを多くのインド人から聞かされた。彼らは、このパール博士の説を、どれほどインド人の誇りとしていたことであろう。前述のインドの軍事裁判の結果でも分かるように、インド人としては、まったくそれは当然過ぎるほど当然のことであった。”・・略・・
 (逮捕-送還-戦後日本への帰国となり)
 =引用続=
 ”・・しかし迎えてくれた夢に画いていた祖国は、幽霊将軍マッカーサーが天皇に代わってふんぞりかえり、幾億という血税を吸った官吏が娑婆でしゃあしゃあしているとか、職業的となった大臣、代議士が民主主義をふりまわし、古来から培われた美しいものをすべて古くさいと片付け、奔放な自由を、自由主義だとかわめいたりしていた。雀の巣のような頭をして白人、黒人の手にぶら下がり、あるいはその子供を抱えているのが、最上の文化民だと往来を闊歩している婦女子もいた。溌剌たる意気のやり場の迷っている若人、芋や大根の葉っぱで苦労したとこぼす、本当の苦労を知らない人々、頭だけ大きくなって足がちについていないインテリとジャーナリストの絶叫、精神病院の鉄格子の檻の中にひしめきあっている人、人、人、人の群れだった。
 故郷への切符と一枚の千円紙幣を握らされた我々は、千円紙幣にびっくりし、
 「どうか十円紙幣の細かい金にかえて戴けますまいか」
 と係員に願い出たら、笑って相手にされなかったのもその筈。神戸駅前の一杯のみ屋で木村君と互いに別れの盃を酌みかわしたら、
”銚子一本百円也”だった。 ”  <完>
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