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『落合論文』
 *陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記(2)

  -ギンヅルの二つの秘薬、周蔵の三つの遺伝子

 1)神効の「浅山丸」=人胆主原料の結核の妙薬。


 ギンヅルの製造した薬は「苦味チンキ」など幾種類もあるが、なかでも特筆すべきものは「浅山丸」である。
 これはもともと日向の岩切家が製造していた薬で、ギンヅルから上原勇作を経由して都城四万石の島津分家に届けられ、同家の大事な薬となっていたと『周蔵日記』に含まれる「敗戦カラノ記」にある。(前稿では堤哲長から教わったものと解説したが、ここに訂正します)。

 『大江戸死体考』によれば、江戸小伝馬町大牢の刀剣試し役・山田浅右衛門が製造・販売していた人体生薬「山浅丸」は引く手あまたで、ために浅右衛門は浪人ながら極めて裕福であり、しばしば幕府に献金していた。

 薩摩においても浅山丸を製造していたことは、尾崎三良が記している。(三条実美の従者から男爵にまで登りつめた維新の功、尾崎は、明治18年の春国会開設に先立ち民情視察のために九州各地を巡回した)
 尾崎は、鹿児島での見聞を下のように記す。
 「宇宿村というところに、旧藩時代の死刑場がある。死刑があるときは、藩士おのおのその所持の刀剣の切れ味を試さんために争ってこれを切る。中にはその胆を掴み出し、浅山丸を製し、これをある病気の特効薬として用いる習慣あり。・・」

 刑死人の内臓を取る目的を、尾崎は「刀剣の切れ味試し」と記すが、実はニセ(=若衆)達の肝試し・度胸試しだった。
 これは、「冷え者取い」(ひえもんとい)という薩摩独特の習慣で、刑場の夜来の外に待機していた健児たちは、死罪が行わるるや矢来を破って乱入し、我先に死体に取りつかんと競う。
 一番乗りの勇者に対しては「ひえもん」すなわち胆嚢が与えられ、二番にはアキレス腱の周囲の脂肪が与えられる。
 このとき、刃物を使うことは許されず、自らの歯をもって死体から食い取らねばならぬとされた。
 胆嚢は自ら食してもよし、製薬原料として換金することもできた。

 人胆を主原料とする浅山丸は何病に聞くのか。
 尾崎は「ある病気の特効薬」としか書かないが、当時は死病だった、労咳(=結核)の妙薬とされたようである。
 
 大正2年、上原勇作中将は第三師団長(名古屋)に補されるが、赴任の途中で発病し、大阪赤十字病院に入院する。故郷・小林村にいた周蔵に、ギンヅルは二種類の薬を託し、上原に服用させるため大阪まで届けに行かせた。薬のひとつは「ケシ丸薬で、もうひとつは「浅山丸」であった。
病院で薬の到着を待っていた陸相・高島鞆之助は、「薬ば先に渡してたもんせ」と催促するが浅山丸の方を多く持ってきたことを周蔵が告げると「さすがオギンさん」と感心した。

 その後、上原の病気は肺壊疽と定まったが、治療が覚束ない。それを浅山丸とケシ薬が治してしまった

 人体生薬の神効は古来漢方が秘伝とするところで、西洋医の理解のおよぶものではなかった。
 あらゆる動物の胆嚢は肝臓病に効き、ことにヒトの胆嚢は効き目が著しいという。鹿児島、宮崎では今もその製法が行われているらしい。

    

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