カウンター 読書日記 ●『アメリカン・ドリームという悪夢』  (4)
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●『アメリカン・ドリームという悪夢』  (4)
                   朝日一面トップ 検事の資料改ざん_1


 ◆なぜアメリカ史の学び直しなのか 
 ◆2組の「父祖(ファーザーズ)」 
 
 ◆感謝祭
 
 ◆ジェームズタウン、ヴァージニア植民地の始まり
 ◆クレヴ・クールの『一米国農夫からの手紙』
 ◆白い奴隷、白いインディアン、黒い奴隷
 ◆アメリカ独立宣言 

 
 *************

 少し寄り道。 

 ●<帯>に、「勁くしなやかな 思想と言葉」と記された、鶴見俊輔の近刊
『思い出袋』(2010年3月岩波新書)に、鶴見が戦前のアメリカで学んだ「近代欧米史」について一文がある。(p194~)

 その一文 
★体験を読み直すに鶴見が「ともかく大学入試を受けることにして」受験科目を「英語(これが難関。英文学と読みかえるほうが実態に近い)、近代欧米史の二科目」として、そのうちの米国史の参考書だけは後見人のシュレジンガー(シニア)に相談した。

 彼が推薦してくれたのは、次の三冊だったという。

 ① 『米国社会精神史』 シュレジンガー自身の著。
 ② 『アメリカ文明』  チャールズ・A・ビアード(シュレジンガーの師)の大冊。
 ③ 『アメリカという叙事詩』 ジェイムズ・トルズロー・アダムズ。

 この三冊にミドルセックス校で教科書として使われていた二冊、
 ④ 『米国史』 マジー。
 ⑤ 『近代ヨーロッパ史』 カール・ベッカー。「私(鶴見)にはベッカーのヨーロッパ史は面白かった」

 を加えた五冊だった。・・・

 しかし、
「・・これらの本の叙述が私にとってくつがえされたのは二十六年後と三十五年後の二度である。」という鶴見の「体験」を以下引用する。

 ************

 ・・・最初は、戦後に日本でヴェトナム戦争反対の運動で米軍からの脱走兵を助けたことによる。
 そのとき、ベ平連代表の小田実が米国に行ってふたりの米国人と来日を約束してきた。ひとりは白人、もうひとりは黒人で、ふたりとも学生非暴力調査委員会(SNCC・スニック)の役員だった。
 この運動の歴史を読んで、私は、一九三九年にミドルセックス校で読んだ、黒人は一八六五年の南北戦争の終わりで選挙権を与えられた、というのが事実でないことを知った。

 米国に住む白人とおなじく、選挙の権利は与えられはした。しかし行使することは妨げられた。特に南部においては。南部では、投票所に行こうとする黒人は【kkk】などの白人グループにかこまれ、それを排して行こうとすれば首つりの私刑にあった。

 それを集団の行動によって突破したのが、フリーダム・ライド(バスの中で白人・黒人を分ける場所指定に従わない行動)の実践で、やがて学生非暴力調整委員会の運動に移行する。

 小田実はこの会のふたりを呼んで、北海道から沖縄まで、日本を縦断するティーチ・インをおこなった。白人はハワード・ジン(2010年1月死去)、黒人はラルフ・フェザーストーン。フェザーストーンは沖縄の集会で、そこに集まった現地の人びとの反応から、日本は沖縄と沖縄以外に分断されているという感想を持ち帰った。

 ティーチ・インが京都であった夜、ジンは檀王法林寺に泊まり、フェザーストーンは私の家に泊まった。彼は、米国に帰ってから、乗っていた自動車を爆破されて殺された。一九七〇年三月九日。

 米国での受験勉強を修正したもうひとつのことについては次に書く。(引用・終わり)

 ************ 

 
 ★岩の上の読み聞かせ に「もうひとつのこと」が記されている。

 
 現在、人口三十万の小国アイスランドに人は住んでいなかった。ノルウェイから政治上の少数派が追い出されてこの地にたどり着き住みついたが、部族同士の争いが絶えず「源平合戦のような叙事詩を残した」。

 この対立・抗争の中からやがて協定が生まれ、会議を積み重ね、憲法を採択して、アイスランド共和国建国へ至ったのは、九三〇年のことだった。

 「・・・七十年前に私(鶴見)がミドルセックス校で習った近代史
(*『近代ヨーロッパ史』)には、そのことが語られていなかった。
 イギリスの圧制を逃れて、新大陸のアメリカに向かう新教徒が、こういう社会をつくろうと、船の中で相談してできたのが、<メイフラワー号の約束>という白人建国の物語である。それはやがて、一七七六年七月四日、米国フィラデルフィアの大陸会議で承認されたジェファソン筆の独立宣言、その後引き続いて米国憲法制定につながる。
 アイスランドの憲法制定はそれより八百年前のことである。アイスランドはその後併合されたが、一九四四年に完全独立を達成した。」

 ***********

 
   

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