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●満洲国の断面 (14)
 ★二重橋の前で一升徳利

 甘粕青木経済部次長を襲って外貨を出させること
 所謂国策映画を排し娯民映画啓民映画を作ること  


 その頃、東洋一と称するスタジ才が出来上った。彼は私を案内して、その内部を示しながら、こう言った。

 「東洋一は図体の大きいことだけです。中味と来たらすこぶる貧弱なものです。あなたと二人で、ベルリン郊外にあるウーファのスタジオを見に行きましたね。おぼえておいででしょう。あちらに一棟、こちらに一棟と分割してスタジオが建てられております。そして、大きな映画を作るときには、これに附設して臨時のスタジオをつくることができるだけの余地を残してあります。また、すばらしい温室があって、四季の植物、熱帯植物までもあったのをいっしよに見ましたね。

 ところが、ここでは大きなビルの中に、部屋割をして六つのスタジオを作ってある。だから動きがとれない。大きた建物の中に、スタジオをひとまとめにして作ったのは、明かに失敗です。しかし、通風機の音が、たえず聞こえてきて、トーキイの音響効果が悪い。またこんな大きな建物の外側に金をかける位なら、建物を安直にし、費用を節約し、それでセットを豊富にし、温室を作り、交響楽団をもつべきものでした。また、スタジオも新京たけに作らずに、これを北満と南満とに作り、風物の変化を取りいれ易くすべきでした。

 また、この施設をごらんなさい。ある所は機械でやっているが、ある所は機械が手に入らないために、手で仕事をしています。せっかく機械でスピードを出していても、流れ作業が手に移るために、機械工業が手工業の速度に落ちてしまい、政府の生産能率は上がらないのです。たから手でやっているところを機械に代えてしまわない限り、予定通りの生産をあげることはできない 甘粕は、スタジオの充実に乗り出すや、まず、第一に、ドイツのツァイスその他から、最新式の必要な機械を購入し、スタジ才の完全機械化を図ることに着手した。

 甘粕就任前、満映の幹部は、経済部(通産省に当る)に外国為替割当の申請を幾度もしたが、軍需優先の時代であったから、映画など緊急の必要がないというので、いつも却下されていた。このいきさつを知った甘粕は、就任三ヵ月目に、外国為替獲得に乗り出した。

 朝七時、経済部次長・青木実(現常盤相互銀行頭取)に電話をかけ、これからお宅へ行くと云う。青木は寝ているところを起こされ、すこぶる不機嫌で、ご用があるなら、役所で会いましょうと返事をすると、甘粕はいや、すぐ行きますと言って、電話を切り、直ちに青木のの家に乗りこみ、応接間に坐りこんでしまう。

 それから青木に面会し、外国為替の割当を頼みこむ。

 「東洋一と称するスタジオは出来たが、図体ばかりでかくて、中味はからっぽです。これでは仏作って魂入れずだから、何としてでもドイツ為替をもらいたい。軍事費に比べれば九牛の一毛にすぎない。しかも、人心を捉える点から云えば、政府は軍備よりも大切だ」と例の簡潔な口調で押してゆく。

 筋を通すことと、つっぱりの強いことで定評のある青木も、甘粕の攻撃を受けては防ぐ術もなく、何とかしましょうと返事をしてしまう。

 社に帰るや、甘粕は、経済部へ行って外国為替をもらって来なさいと命じ、直ちにシベリヤ鉄道を通って、ドイツに機械を買いに行く人選と、出発の日取りとを決め、ついでに小遣いをやって、欧洲状勢の視察までさせる段取をつけてしまう。こうしてスタジオは初めて充実し廻転されることとなった。

 人事とスタジ才の整備が一段落すると、甘粕はスタジオ運営の能率化を図った。理事長宣の壁面には、各種のグラフが張られ、第一から第六のスタジオまで、空いている時がないように使う仕組である。うまくいかないと、責任者を呼んで注意する。

 次ば映画の内容を面白くすることに努めた。

 これについて、甘粕と私とはいつも意見が一致していた。劇映画はなるべく面白いものを作れ。観衆がこれを見て、泣いたり笑ったり、感動したりして楽しむものでなければならぬ。国策映画などというと、無味乾燥になって、人の心をほごすことができない。日本では盛んに国策映画などといって、劇映画に国策を盛り込んでいるし、また業者も、そんなことをして軍や政府にへつらっているが、満洲国の国策は面白い映画を作って民衆を楽しませることにあるのだから、日本の真似はするな。面白くもない国策映画ほど、くだらないものはない。こういうことで、人心を収攬しようという考えは間違いである。戦時体制下の緊張をやわらげ、民衆に生きる喜びを与えるのが、劇映画の使命である。産業や経済建設や建国精神を示す映画は文化映画として、真正面から取り組んでゆきなさい。映画を濁してはいけないというのが、二人の一致した意見であった。そこで甘粕は、劇映画、文化映画という言葉を廃して、★娯民映画、啓民映画とした。民を楽しませる、民を啓発するという意味である。社の機構も、これに合せて、娯民映画部、啓民映画部というのを作った。

 料亭へ行って、芸妓の中に百面相の上手なのがいると、甘粕は

 「武藤さん、こういうのは映画にどうですか、満洲土着の芸人たちの演芸の中に、こういうのを混ぜ合せて、娯民映画を作りましょう」などと冗談をいう。

 今日では当り前のことだが、当時の情勢では日満両国にこれだけ思い切ったことを言い、且実行できる人は、甘粕をおいて他になかったであろう。

 こういう調子だから、純粋な意味での劇映画が次から次へと作られた。もっともスタッフが貧困だったから、独創的なものは少なく、金色夜叉をほん案して、貫一・お宮に満洲服を着せ、熱海の海岸を星が浦にしたのや、『己が罪』を満洲ふうに書き直した程度のものが多かった。

 甘粕はどうしても満系の中に、シナリオ・ライターと監督とを作らねばならと考え、木村荘十二を日本から招いて、映画人養成所を創立し、十年先には、満系のシナリオライターの作品を満系の監督と俳優とで演ずるように備えた。またフィルムの国内自給を考え、豆がらからフィルムベースを作る案を立て、研究費を出して満鉄の試験所に研究を依頼した。

 こういう次第だから、甘粕をもって、右翼の浪人とみなし、彼が満映の理事長になれば、日本精神や、建国精神を劇映画に仕込んで、人に押しつけ、映画を無味乾燥にするだろうと思っていた
人々は、全くその逆なのに驚き、なるほど甘粕は文化人であると、みなが承認するようになった。

 この頃から、国民精神総動員という言葉が、日本にはやりはじめたが、甘粕は日本でそのポスターを見、帰って来て私にこう言った。

 「日の丸の下に国民精神総動員などという文字を書いたポスターを到るところに貼ってありますが、こんなことで、精神が総動員されると思っているのがまちがいです。宮城の前を電車が通
るとき、帽子を脱いで頭を下げさせることになったようですが、こんな馬鹿なことをさせる指導者は、人間の心持がわからない人たちです。

 こういうやり方は偽善者を作ることになります。頭を下げたい人は下げたらよろしいし、下げたくなかったら下げなくともよろしい。国に対する忠誠は、宮城の前で頭を下げる下げないで決まるわけではありません。悪いことをしていながら、宮城の前を通るとき、頭を下げたとてそれが何になりますか。日本の政治家のやっている形式主義は、日本人を偽善者にし、二重人格者にするおそれがあると思います。私は二重橋の前に一升徳利をぶら下げて行って、宮城を見ながらあぐらをかいて、酒を飲んでやろうと思いました。」

 「こういう精神指導を誰がやっているのでしょう」
 と、見えすいたことを聞くと、甘粕はこう答えた。


 「そりゃ、軍人どもですよ。それから軍人に迎合する人たちですよ。軍人というものは、人殺しが専門なのです。人を殺すのは、異常な心理状態でなければできないことです。一種の気ちがいです。毎日毎日、如何にして、人間を多量に、そして能率的に殺すかを研究し、訓練しているのが軍人なのです。その軍人が現職のまま法科大学に籍をおいて、法律や経済を習ったことが間違いのもとです。その時分から軍入が政治に口を入れるようになったのです。気ちがいが政治をやれば、政治がゆがむのは、あたりまえのことです。」


 自分が軍人出でありながら、軍国主義批判はなかなか手きびしい。だから英米に関係のあるレコードや音楽を禁ずるなどという日本のやり方には、頭から反対で、私と一緒になって、人心の自然に反するような統制をやるのはまちがいだと主張した。

 音楽は、英米人の作であろうが、露独伊人の作であろうが、区別すべきでない。典雅壮麗なものであれば何でもやるべし、というのが、甘粕の主張であった。

 その頃、私はは治安部(内務省に当る)のもっていた検閲を、すべて弘報処(情報局)に吸収し自分の権限下に入れてしまった。治安部から私のもとに引きとられた幹部たちは、中国から輸入する映画の検閲にあたって、かたくななことを主張するので、私は困った。

 例えば、唐や宋の皇帝を主題とした訣画が出て、皇帝が失恋して悲しむというような、ロマンティックな場面があると、それは満洲国の皇帝の尊厳を害するからいけないというので、上映禁止をする。

 すると、甘粕はこれに抗議してくる。

 洽安部から引取った官吏をすぐ転任させてしまうと、反動が強く、反って検閲権を取りもどされ、益々かたくなになってしまうことを恐れ、私は、自ら中国映画を見た上で、甘粕と検閲係の間に入って、折衷策をとって、両方の顔が立つように骨折ったものである。

 甘粕はこういう点では、自由主義の立場にあった。

 ***************

   続く。


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