カウンター 読書日記 ●満洲国の断面 (13)-2
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●満洲国の断面 (13)-2
 ★岸流兵法の第一課 (2)
 
   
 
 それから一週間ほどたって、甘粕は大連から出て来て、新京の大和ホテルに泊まり、私に会いたいと言って来た。ひどく暑い日の夕方、私はホテルの前庭で彼と立話をした。彼はこう言った。

 「飯沢重一(当時主計処長、現弁護士)が岸の使いで私のところに来ました。満映の理事長になってくれと申しこまれました。しかし私は他になりたいものがあるのです。」

 「何になりたいのですか」と聞くと甘粕はこう言った。

  「満洲房会会社の社長になりたいのです。みんなが住宅難で困っているから、資金をうんと集めて、一挙に住宅を何万戸も作り、住宅難を緩和してやりたいと思います。」

 「いやだ」と言わずに、実は住宅会社の社長になりたい、と言うからには、脈があるぞと思って、私はこう言った。

 「満映理事長問題の火元は実は私です。あなたに頼まれて、一年間、協和会宣伝科長をやったのですから、今度は私を助けると思って引受けて下さいませんか。」

 すると甘粕は「考えてみましょう」と答えた。

 当時満映の理事長は金璧東で、天津に住んでおり、全く名義上のもので、満映は手当だけ送っていた。そして実権は専務の根岸寛一にあった。根岸は興業界のヴェテランで、根岸興業部、日活の重役という経歴の持主。その道の大家だから、これに首を振られては具合が悪いので、話の決まらぬうちに打明けてしまえば、案外すなおに受けるかもしれない。受けない時は権力ずくだと腹を決め、彼を呼んで、一部始終を話したところ、根岸は一寸深刻な顔をしたが、「お受けしましょう」と一言答えた。

 それから私は大連に行って満鉄の理事、中西敏憲に会見した。満映の資本の半分は満鉄がもっているので、甘粕理事長就任の了解を求めると、中西は快諾した。

 ここまで来れば甘粕引張り出しの態勢は出来上ったと私は思った。

 川は硬化しているが、まだ望みがないわけではない。僕がいろいろと手を打ってこの人事を実現してみせるから、君はその含みで、あまり正直なことは言わないようにし給え。」ここで私は岸流兵法第一課の伝授を受けたわけである。

 間もなく私のところへ電話がかかって来た。「熱河省次長にご栄転でおめでとう」というのである。新聞記者らしい。私はそれを否認しておいたが、関東軍では、すでに武藤追払いの議が起っていると察した。

 ところが、この時面白いことが起った。新京憲兵隊が動き出したのである。渡辺千之という憲兵曹長、目下ソ連抑留中)があった。これは正義感の強い男で、満映の腐敗について、かねてからいろいろと情報を私のところへもって来ていたが、私の改革案を噂に聞いて感ずるところがあったと見え、
 「あなたのやっていることを妨げる軍人を調べあげて、槍玉にあげましょう」と申しでて来た。

 忽ちにして彼は報道部某将校の関係している料亭やカフェーや、その他婦人関係を、こと細かに洗ってしまった。何月何日に誰と来て芸妓は誰、女給は誰、泊まったか泊まらないかまで調べあげたのだからたまらない。その結果は新京憲兵隊から軍司令部に報告された。

 一方岸は参謀長のところに乗りこんで「武藤が満映の改革をやろうとする時、それを妨げる者が軍の中にいるが、国家のために改革をやらせるようにしてもらいたい」と申しでたという話が憲兵隊の方から私の耳に入ってきた。報道部に人事の移動があったのは、その直後であった。

 そして甘粕の満映入りは確定し、私の首もまたつながったのであった。

 甘粕、満映理事長就任決定というニュースが町に流れると、ニッケギャラリーをはじめとし、新京の町々の喫茶店や、力フエーでは、文化人が甲論乙駁、批評やうわさがとりどりであった。右翼浪人が映画会社の社長になるところに、軍部の独裁的専横があるという意見も出るし、満洲一の非文化人が、満洲一の文化機関を支配するのだという逆説をとなえる人もある。

 この頃、東宝の社長・植村泰二が来満したので、満映の幹部は料亭桃園で歓迎の宴を開いた。その際植村は「今度社長に就任と決まった甘粕というのはどういう人物か」と尋ねた。或る部長が「甘粕は軍の尻押しで満映の社長という地位につくだけで、一介の満洲浪人にすぎない」
 と説明した。製作部長をしていた牧野光雄は言った。
 「いや、そうではない、私は甘粕の公判記録を読んだが、血もあり涙もあるえら者らしい。」

 宴席のこの会話は、芸妓を通じて甘粕の耳に入ったとか入らぬとかいう噂まで飛んだ。

 *********************

  ★岸流兵法の第一課 <了>。

  続く。
 
 
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