カウンター 読書日記 ●満洲国の断面 (10)
読書日記
日々の読書記録と雑感
プロフィール

ひろもと

Author:ひろもと

私の率直な読書感想とデータです。
批判大歓迎です!
☞★競馬予想
GⅠを主に予想していますが、
ただ今開店休業中です。
  



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


●満洲国の断面 (10)
 ★フューラーと甘粕

 ヒトラー、甘粕を前にして貧乏ゆすりをすること
 ジャハトに韓を拉致されて甘粕地団太を踏むこと


 九月二十三日、ニュルンベルクに入る。後楽園球場の十倍もあろうかと思われるナチス党大会場を見せられ、夜はこの地の党ガウライター(地区指導者)ストライヒャーの招宴に出る。彼は小肥りの精悍な闘士で、五十歳に近い。ご馳走を前にして、三十分に互り、ユダヤ人排撃と共産主義撲滅の演説を打つ。すごい反ユダヤ、反共産主義者で、ヒトラーの片腕といわれる男だそうだ。なるほど甘粕の云う通り、ナチスは我々東洋人のように米英両国の悪口を云わず、反ユダヤ、反共の一点張りである。(ストライヒャーはニュルンベルクの戦争裁判で絞首刑を執行された。)

 九月二十四日、ベルリンに着く。宿はホテル・アドロン。夜の明けないうちから、雷のとどろくような音が断続し、眠りを破る。朝、起き出てみれば、ウンター・デン・リンデンの通りを、またウィルヘルム通りを、戦車の列が東へ東へと動いている。

 ドイツ軍はチェコに侵入しつつある。ドイツ外務省から、ヒトラーは国際情勢急迫のため忙しいから、使節団全員には会わない、韓雲階と甘粕と福本の三人だけに会うという申出があり、二十六日、午前中、三人は総督官邸を訪れてヒトラーに会見した。帰って来た甘粕は、次のように私に語る。

 「ヒトラーという男は、ムソリーニとちがって、色の白い、やさ男ですね。まるで俳優みたいです。話をするとき、腕組みをして、たえす貧乏ゆすりをしていましたよ。低い声で『われわれは共同の敵をもっているから、仲良くしよう。張鼓峯事件で、ことが起りはしないかと心配していたが、無事にすんでよかった』と云いました。彼の挨拶はそれだけでした。腹の中では、満ソの紛争がもっと大きくなって、日ソ間に事が起ればよいがと思っていたかもしれませんね。」

 チェコ事件で、どうやら欧洲の雲行きが怪しくなってきたので、私は甘粕にこういう冗談を云った。

 「欧洲に戦争が起り、アメリカもこれに捲き込まれる。日本と満洲国とが中立でいて、その間に満洲の建設を進めてしまうのが、一番よいと思うのですが、甘粕さん、いくら軍資金があったら、あなたは欧洲でひと戦争起こさせることができますか。」
「さあ」
と言って、甘粕は微笑した。

「百万ポンドもあればれ。そんなことをしなくとも、じきに起りますよ。」

 この日の昼は、外相・リッペントロップの招宴。リッペントロップは、顔色のさえない、やせ形の人物、ちょっとセールスマンのような感じがする。宴会の前に控室で、使節団めいめいに、まるで土産物でも配るように勲章を渡した。

日本人のように儀式ばらないので有難味がうすい。ここではイタリーみたいに勲章問題は起らなかった。甘粕は前もって手を打っておいたらしい。(リッペントロップはニュルンベルクで絞首刑。)

 夕方は、ホテル・アドロンで、国立銀行総裁・シャハトの招宴。七時からはじまることになっているのに、二十分過ぎたが、まだ始まらない。時間を精確に守るドイツ人が、どうしてこんなに遅れるのかと不審に思っていると、甘粕がロビーのソファにかけて、「しまった、しまった」と言っている。「どうしたのです」と尋ねると「韓雲階を拉致された」と言う。

「それは大へんだ、誰に」と聞けば、「シャハトに」と答える。ああそうかシャハトが韓雲階を別室に連れこんだなとわかる。

「油断もすきもありませんね。シャハトの奴め、韓雲階を拉致して、満洲国の実状を調べている。対ソ軍備の実情とか、政治の実体などを突込んで聞いているにちがいない。何から何まで、軍と日系官吏とがやっていて、満系大臣はロボットに過ぎぬ、というようなことを、韓雲階にしゃべらしているのでしょう。相当な腕前ですねえ」と甘粕は言う。

 そこへ韓雲階が何食わぬ顔をして現われ、「宴会のぱじまるのが遅いですねえ」とすましたものである。

 この夜、ドイツ政界と実業界の大物が、大ぜい来ているなかに、なまずひげをピンと立てた蒙古の将軍パトマラプタンは、「ジンギスカンはヨーロッパまで攻めこんだぞ」と大見得を切り、ヤンヤの喝采を浴びた。

 翌二十七日の晩は、ティーア・ガルテンで、ヒトラー、ゲッペルスの大演説会があった。ところがドイツ政府は、われわれをウィンターガルテンという劇場に案内して、ショウを見せる。ショウの始まる前一時間のあいだ、ヒトラーの演説をラジオで聴かせる。ヒトラーはチェコの大統領でベネッシュに挑戦し、ズデーテンでドイツ人をいじめていることを攻撃し、ベネッシュ出て来い、対決しようとわめき立てる。この時、すでにズデーテンは占領ずみである。

 一時間たって、ショウの幕が開いたが、奇術やレヴューはたいしたことはない。

 「オペラがはじまっているのに、そこへ案内せず、松旭斎天勝のできそこないみたいなものを見せるとは、だいぶ我々をなめていますね」と甘粕は言う。

 翌二十八日は、ミュンヘン会議。ヒトラー、チェンバレン、ムソリーニ、スターリンの四巨頭がミュンヘンに相会して、結局、ドイツのズデーテン併合を承認する。この日、われわれ使節団一行はハンブルグ、ブレーメンおよびライン地帯に向ってベルリンを後にした。

 ****************

   続く。
 
   

スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://2006530.blog69.fc2.com/tb.php/723-1ce4d31e



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。