カウンター 読書日記 ●満洲国の断面 (7)
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●満洲国の断面 (7)
 ★ドウチェと甘粕

 甘粕ヴェネチャ宮にてムッソリーニを睨みつけること
 ローマ法皇ピウス十一世使節団一行を祝福すること


 一九三八年(昭和十三年)九月五日、船はナポリに着いた。イタリー政府からは、外務次官が派遣され、船まで出迎える。宿舎であるホテル・エキセルシォールに到着するや、ナポリの市民はホテルの周りを囲んでドウチェ、ドウチェと連呼する。えらい騒ぎである。韓雲階を先頭に、われわれ一行が出て挨拶すると、大衆は街路をふさぎ交通が遮断してしまう。

 ホテルで少し休んだ後、ヴェスヴィアス火山を見物し、それからカプリ島に行く。この辺からイタリー政府とファシスト党の弱点、或いはイタリー人の弱点が次第に暴露されてくる。

 一行がカプリ島へ着くや、党の接伴員や高官たちが、韓雲階だけをとりかこみ、待機させてあった十数台の自動車に乗せ、その後からぞろぞろと乗り込む。気の早い使節団員は遅れてはならじと、後から自動車に割りこむという混乱ぶりで、何が何やらわからぬ始末。

 この状態を見て甘粕は私に向い、「これはひどい民族だ、今のうちに手を打っておかないと、これから三週間イタリーを旅行するのに苦労するから、この辺で彼等をこらしめてやりましょう」と云って、カプリの海岸の岩の上に私といっしょに腰かけて海を眺めている。とり残された使節団員が二三人甘粕の姿を見てやってくる。風早義確なぞプンプン怒っている。

 小半時も経って車が引返してくる。接伴係が甘粕に詫を入れ、車に乗って頂きたいと懇願し、事態を収拾する。これで、ナポリ到着の時から、イタリー側の接伴員が韓雲階だけを取巻いて、写真を撮ったり自動車に乗せたりして、ほかの者はかえりみないやり方について、相手方に反省を促すことに成功した。

 ローマに着いた時はさすがに秩序整然たるもので、外務大臣・チアノとファシスト党書記長・スタラーチェが出迎え、一行はホテルに入る。ここでも民衆は「ドウチェ、ドウチェ」を連呼し、ローマの大通りがふさがってしまう盛況である。ドウチェは指導者という意味で、ムソリーニを指すのであり、日本の万才、ドイツのハイル・ヒトラーに当る。ムソリーニの人気は大したものである。

 九月八日、使節団一行はムソリーニに会見することになった。ヴェネチヤ宮に導かれ、韓雲階を先頭に二十六人列を作って廊下を進む。ローマ帝国の古式に則り、短剣を前に突出した護衛兵が二人ずつ、入口や廊下の角々に立っている。ファシスト党の威力をわれわれに示そうとするのである。

 会見室は百坪ほどの大広間で、床は大理石張りである。韓雲階、甘粕、福本の三人が前に立ち、われわれ平団員は二列横隊で後に並ぶ。十二、三間誰れた向う側の出口からムソリーニが悠然と姿を現す。通訳が韓雲階だけを招いてムソリーニのところへ連れて行く。韓雲階はムソリーニと握手する。握手がすむ。ムソリーニが何か言おうとする。すると何と思ったか甘粕が大理石の床を蹴って歩き出した。福本も甘粕につれて二三歩あるいたがすぐ元の場所に引返した。甘粕はムソリーニの顔に目を注ぎ、真直ぐに進む。かつかつと長靴で大理石の床を蹴る足音が、部屋中にひびき渡る。韓雪階に何か言おうとしていたムソリーニは、自分に向って進んで来る甘粕に眼をとめて口をつぐむ。

 甘粕はムソリーニの直前まで進み、ぴたりと歩みをとめ、顔をあげてムソリーニを見る。一方は五尺三寸の小男。他方は六尺一寸の巨漢。じろっと甘粕を見かえす。瞬間二人の眸(ひとみ)がカチ合って火花が散る。

 「満洲国は支那人だけのものではないぞ、日本人をなめるな」と甘粕はムソリーニに向って無言の抗議をする。「それは失礼したな」とムソリーニも言葉こそ出さないが微笑をもって答える。

 やがてムソリーニは低い声で次のように言った。「自分は一度友だちを作れば一生変わらない。今度満洲国と友だちになったからには、一生変わらないつもりだ。国を挙げてイタリーがあなた方を歓迎しているのを見てもらいたい。これはイタリー国民の貴国に対する敬意の現われである。イタリーと満洲国とは精神的、政治的に結びつけられた。これから経済的に結ばれたいと思う。」

 ムソリーニの話がすんだ後、一緒に写真を撮った。私はその時丁度ムソリーニの後に立っていたから、彼の頭ばかり見ていたが、毛の薄くなった後頭部左寄りに小指ほどのイボがあった。ムソリーニの頭にイボがあるということを、何か発見でもしたような気で眺めていた。

 翌日はヴァチカンを訪問。太い、たて縞模様のある制服をつけたスイス衛兵に迎えられて、法王庁に入ってゆく。この日は皆協和会服をぬいで燕尾服に着替えている。真黒いひげをピンと立てた甘粕は、丈はひくいが、燕尾服をつけると大した美男子である。

 今のピウス十二世★はその時は法皇庁の宰相で、我々を引見し、英語で歓迎の辞をのべ、一人一人握手する。その手のやわらかいこと、まるで赤ん坊の手にさわるようだった。

 次いで法皇ピウス十一世を郊外の別荘に訪問する。謁見室で韓、甘粕、福本の三人が前に立ち、我々が後に並んでいると、年老いて腰のやや曲ったピウス十一世は、扉を押して入って来て壇の上に立ち、両手を甘粕らの頭の上に差し出す。皆頭をさげる。神の祝福を祈る。こうなるとムソリーニを睨んだ甘粕も神妙なもので、敬虔な態度で祝福を受ける。

 「子たちよ」と法皇は椅子にかけた後言う、「よく遠い処から海を渡って会いに来られた。嬉しく思う。そちらではうちの代表や信徒がお世話になっていることを感謝する。満洲国の発展と隆盛を祈る。」

 これが法皇の挨拶で、イタリー語でやった。大満洲の猛者連も法皇にかかっては子たちよとよばれ、まるで子供扱いである。ヴァチカンの大官連が勲章を一杯つけて法皇のまわりに立って威儀を正している。「帝政ロシアの勲章をまだつけている人がいましたよ」などと後で甘粕は言ったが、私にはどれがツァーの勲章かわからなかった。

 *****************

   続く。
   

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