カウンター 読書日記 ●疑史 第59回  甘粕正彦・金塊の極秘情報 
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●疑史 第59回  甘粕正彦・金塊の極秘情報 
 ●疑史 第59回  甘粕正彦・金塊の極秘情報 
 
 
 『周蔵手記』の中に甘粕記録の二十二回目は昭和二年十月三日条にあるが、その続きである。上原元帥からフランス・スイスヘの出張を命ぜられた吉薗周蔵は、協力者が必要なので「甘粕サンニ依頼シテモ良イカト云フト、甘粕ニハ別ノ口ヲヤッテヲル。何レ合流トハナルデアラフガ、トノコト」であった。上原は当初から、この任務の頭を甘粕正彦と決めていた。任務とは、ロシア革命も終盤の大正七年三月二十一日、帝政中央の命令を受けたコザックが、ヴラゴヴェヒチェンクのロシア国立銀行から黒河のロシア領事館に移した二八五〇万ルーブルの砂金に関する件であった。

 平成八年から『周蔵手記』を解読し、雑誌『ニューリーダー』紙に発表してきた私(落合)が、この時の欧州出張の目的を「某物資の運搬」と誤魔化したのは、偏に国益に資する心算であった。つまり、本稿を根拠に外国が無法な要求を突き付けてきた際、外交要路が外国に阿諛して何をがな補償まがいの貢納を申し出る虞がある。それどころか、むしろ之れを奇貨としてキックバックを企む抔、恰も清末の李鴻章を彷彿せしむる体たらくを憂いて、「金塊」と明記しなかったのである。しかしながら、その後研究を進めていくうち、そんな心遣いはするだけ野暮と知り、今はこれを公開するにやぶさかでない。

 この金塊(黒河砂金)が帝政ロシア中央の命令で、ハルビンのホルワット臨時政府に移された事情については、白軍対赤軍の俗流史観でも理解できるであろう。しかし、それが平和的に(平穏公然とまでは言えないが)、陸軍参謀総長・上原勇作の管理下に移ったのをどう理解するか。すべては、ロシア出張中の荒木貞夫中佐がロシア陸軍に従軍してドイツ軍の捕虜となり、釈放後にホルワット臨時政府の軍事顧問に就いたことに端を発するが、俗流史観はその辺りをどう説明するのであろうか。
 
 二十世紀の北東アジア史の核心は畢竟、英露のグレートゲームの接点たる満洲の争奪にあった。黒河砂金も張作霖問題も、さらには後述する奉天秘宝(支那歴代古陶磁)も、すべてその一部分であるから、満洲問題を措いては近代史の根本的理解は得られない。その全体像を知るものはワンワールド首脳を措いてはあるまいが、私自身は永年にわたり仄聞した情報を洞察することで、真相にかなり接近し得たと思っている。
 
 さて十月三日条の続きは、同月十二日に内幸町で行われた周蔵と若松安太郎の打合せである。「三十四貫トナルト 三人ニシヤフト決ル。後ハ行アタリバッタリダ トノコト」。今回回収する砂金の全重量は一二七・五キロなので、運搬人員を三人と決めたが、その後の計画は立たない。「チナミニ安太郎氏日ク、戦利品八百貫ヲ越ヘルト云フコト 聞イタカラ、親方ハ コレダケヲ ウマクヤッタノカネ。後ハ田中ノ資金カネ」。『石光真清の手記』によると、黒河砂金は金部で二八五〇万ルーブルあった。純金一七・四二四ドーリャ(〇・七七四二三グラム)を以て一金ルーブルと定めたロシア帝国の貨幣単位は、一九一四年(大正三年)まで比較的安定していた。上の二八五〇万の単位は当然金ルーブルで、その純金量は二十二トンとなる。彼らが聞いた〔戦利品〕は百貫(三七五キロ)で、黒河砂金の一・七%でしかないから、戦利品とは誇張でまずは手数料だろう。今回スイスのベルンから回収する三十四貫(一二七・五キロ)は、さらにその三分の一である。

 「たったこれだけが上原親方の取り分で、後は田中義一の資金になったのかね」と安太郎は自問自答したのだが、上原・田中・宇垣の三人で、戦利品ないし手数料を頭割りすると確かにそうなる。「尤モ、田中・宇垣ト云フノハ、宇垣ガ人ヲ信用シナイカラ、我々ミタイナ者ガ居ツカナイ。分ドッタ連中ハ軍人ダカラ ソレカラ巻キ上ル宇垣ノ所二届ク時八 三分ノニダラフネ。良クテネ」と言ったのは、首相田中義一と前陸相宇垣一成はワン・セットで、実務は宇垣の分担だが、人を信じない宇垣の下には特務が居つかない。たから仲間の現役軍人を使うしかないが、彼らにも分けねばならないので、宇垣に届く時には三分の二になってしまうという意味である。つまり「われわれ特務を信用した方が安く上がる」と言いたいようだ。

 「貴志サンナンカ、軍人デモ 宇垣ノ云フコトナンカ 聞カナイカラネ。張作霖ノ抱キ込ミモ 必要ダラフシネ。閣下モ金ガ必要ニナッタノダラフト 安太郎氏云ヒナガラ、本當ノ所ハ分ラナイカラネ。閣下ガ一番ノ狸ダカラネト ツクヅク云ハル。然シ 悪イ人ヂャナイヨ トノコト」。貴志彌次郎は大正十三年八月、中将進級と同時に下関要塞司令官に補され、翌年五月には宇垣陸相のリストラで予備役に編入された。以後、上原の命令で満洲に渡り、黒竜江省の各所から黒河砂金を回収していたが、上原の腹心中の腹心だから宇垣の指金など丸で問題にしない。黒竜江省には張作霖の勢力が浸透してきたから、張に与える予定の砂金であっても、回収の安金確保には張の配下の抱き込みも必要になる。「今回の回収は上原閣下も資金が必要になったからであろうが、何と言っても上原が一番の狸だから、本当のことは結局分からないしかし悪い人じゃないから、われわれ特務としては親方を信用するしかない」と、安太郎は状況を分析した。甘粕伝からは逸れるが、これに続く一文が興味深い。「張作霖ヲ弾カフト云フ話ガ 田中ノ方ニアルト云フコトヲ 自分ハ耳二入レテヰル。タダシ、アテニナラナイ」とあるが、分析は後稿で行う。   (続く)。 
                      
 
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