カウンター 読書日記 ●岩屋天狗と千年王国 <23>
読書日記
日々の読書記録と雑感
プロフィール

ひろもと

Author:ひろもと

私の率直な読書感想とデータです。
批判大歓迎です!
☞★競馬予想
GⅠを主に予想していますが、
ただ今開店休業中です。
  



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


●岩屋天狗と千年王国 <23>
 『ザビエルの同伴者アンジロー』 岸野久 より。

 ■「大曰」問題-アンジロー再評価のために

 
 ★「大日」問題とアンジロー


 従来のキリシタン史でアンジローの評価が今一つ芳しくないのは彼の末路と、なによりも彼がザビエルによる「大曰」使用の元凶とされていることである。彼の末路についてすでに述べたので、ここではザビエル「大曰」使用とアンジローとのかかわりについて述べてみたい。

 この問題に本格的に取り組んだのは☆シュールハンマー神父である。『十六、七世紀における曰本イエズス会布教上の教会用語の問題』(一九二八年)はそれまでまったく知られていなかった「大曰」関係文書を紹介し、それをもとにした唯一の研究であり、今曰まで強い影響を及ぼしている。海老沢有道博士は「大日」使用とアンジローとのかかわりにについて、同神父の研究を次のように紹介している。「シュールハンマーはヤジロウ〔アンジロー〕の曰本宗教知識の貧困と誤謬の多いことを論じ、なかでもザヴィエルにキリスト教の神を『大曰』と呼ぶように教える大失敗を犯した事を論ぜられた」(「ヤジロウ考」『切支丹史の研究』)。またのちに『曰本キリシタン史』(一九六六年)においても「〔ザビエルは〕曰本人伴侶ヤジロウの無学のために、当初はそれを『大曰』=Dainicheと呼ぶような大失敗を犯したのであった」と述べられている。これら二つの文章には多少のニュアンスの違いはあるが、ザビエル「大曰」使用の原因がアンジロー、具体的には彼の「無学」にある、という点では一致している。このような、「大曰」使用にかんするシュールハンマー神父の「アンジロー元凶論」は国内外において反論もなく引用されて今曰にいたっている。

 ☆ゲオルク・シュールハンマー神父: ドイツ人イエズス会士。
  主著は、『フランシスコ・ザビエル―その生涯とその時代』全四巻(1955~1971)。
  次回以降で紹介していきます。
 
 ★「大日」問題にかんする新見解

 私はシュールハンマー神父の研究をもとにさらに南欧各地でえられた文書を分析する過程で、ザビエルによる「大曰」採用のプロセスを明らかにすることができた。この結果、ザビエルの「大曰」採用は従来考えられてきたように単純なものではないことが分かってきた。その詳細については、別著『西欧人の曰本発見』に譲るが、ここでは次の三つに分けて検証してみたい。(1)ゼウスを(に)「大曰」をあてたのはアンジローの「無学」のゆえなのか、(2)ザビエルはゴアで「大日」を採用するさい、なんらかの検討を加えているか、③ザビエルによる「大日」採用の意図は何か、の三点である。

 ★アンジローは「無学」か

 まず、アンジローが「無学」で仏教知識に乏しかったことから、デウスに「大日」をあてたとする見解について述べる。ゴアでザビエルは日本行きを前にして、天地万物の創造者で、唯一・絶対なるキリスト教の神デウスをどのように表現するか、大いに頭を悩ませたに違いない。当時、ゴアでは日本の宗教がいかなる宗教なのか、キリスト教はすでに日本に伝来しているのか、日本の宗教とキリスト教との関係はどうなのか、まったく分からなぃ状況であった。ゴア在住のパードレの中には、日本にもキリスト教が中国(景景教経由か?)から伝わったと考える人もいたほどである。このようなとき、アンジローはランチロットあるぃはザビエルから、日本の宗教における究極の存在について聞かれたとき、日ごろ親しんできた真言宗の知識をもとに、それは大日如来(略して「大日」)である、と答えたのである。大日如来とはマハ・ヴァイローチャナ・タクーガタすなわち、マハーが「大」、ヴァイローチャナが「非常に輝くもの」、タクーガタが「如来」を意味し、これを太陽に喩えて大日如来と意訳したものである。つまり、太陽のごとく、修二絶対なる宇宙の根本仏であり、諸仏の最高位にある仏である。密教の伝統的な考えに「唯一身説」があり、これによれば大日如来は一神教の神に近い存在となる。太陽のイメージは一六一八年十二月二十五日付コンスタンツォ書翰に「彼】ザビエ古はたまたまこの神〔大日〕がキリストであり、正義の太陽であると信じていた」とあるように、唯一にして絶対なるデウスと「大日」とが太陽のイメージで重なっており、アンジローがデウスを「大日」とあてたことはあずしも的はずれのことではない。
 また、のちのことであるが、一三六〇年六月二十日付ロレンソ書翰に「真言宗の人〔僧侶〕は、私たちの説くところをダイニチ〔大日〕であると言い」とあるように、「有学」の真言宗僧侶も「大日」をデウスと同一視しており、真言宗の立場に立てばデウスに「大日」をあてるのは当然のことであった。したがって、今まで言われてきたように「無学」ゆえにアンジローが「大日」をあてたとはいえないのである。このデウスの訳語の問題は一つの文化(宗教もこの一つである)を他の文化に移すときに不可避的に生じる、今日でも解決困難な問題の一つである。このことは幕末以降のキリスト教の神の訳語の変遷をみればよく分かるであろう。

  ★「大日」採用とザビエル

 第二に、ザビエルは「大日」を採用するさい、なんらかの検討を加えているか、について述べる。このような事情を記した直接史料はないが、間接的に解明することが可能である。上述した、ザビエルのために作成されたランチロット編「日本情報」がその材料となる。「日本情報」はランチロットがアンジローから日本に間する事情を聴取し、これらを編集したもので、この文中には編者・ランチロットによるキリスト教的解釈が含まれている。ランチロットの原本はイタリア語で作成されているが、幸いなことにこの「日本情報」にはザビエルのスペイン語訳が存在する。「日本情報」には宗教用語として三つの日本語すなわち、デニチ(大日)、コヂ(荒神-三宝荒神)、カンノン(観音)が存在するので、この三つの単諸にかんする部分のみ、ランチロットの正本とザビエルのスペイン語訳を比較してみよう。

 (1)デニチ

 みな唯一の神を崇拝する。それは彼らの言葉でデニチと呼ばれている。このデニチは、しばしば
一つの身体に三つの頭〔三面一体〕をもって描かれ、それでコヂと呼ばれている。この人〔アンジロー〕は三つの頭の意味が分からなかったが、デニチも〔三面一体〕のコジも、私たちの神と三位一体のように、すべて一つであることを知っていた。・・・シャカは万物の創造者である唯一の神が存在することを教えた。

 (2)カンノン

 
彼らはまた、私たちの処女マリアのような、子供を腕に抱き、彩色された婦人〔像〕を持っている。これはカンノンと呼ばれ、私たちの聖母と同じように、どのような不幸のさいにも、普く守護してくれるものとされている。しかしこの人〔アンジロー〕はこの聖なる婦人の歴史や生涯を説明できなかった。

 以上のうち、棒線部分(*当ブログでは青字部分)がザビエル訳で削除されている箇所である。(1)を見ると、唯一神が「大日」tpあてられたところとコジは原文のまま残されているが、大日如来の化身で
三面一体の〔三宝〕荒神がキリスト教の三位一体〔父なる神、子なる神、聖霊なる神は一体であるという教理〕と解釈される部分は削除されている。②では子供を抱く母子観音が御子イエスを抱く聖母マリアと対比されているが、スペイン語訳では全面的に削除されている。

 以上、ランチロット〔日本情報〕中の日本語の宗教用語を選び、その部分の正本とスペイン語訳とを対照し、削除箇所を示してきた。このスペイン語訳に存在する他の削除部分や書き改めた箇所も含めていえることは、サビエルは「日本情報」を細部にわたって慎重に検討していること、彼は未知の宗教を安易にキリスト教的に解釈したり、キリスト教のものと対比することに批判的であること、が分かる。しかし、すでにお気づきのように、「デニチ」は例外である。「唯一の神」「万物の創造者である唯一の神」に「デニチ」があてられている箇所は「カンノン」の例からみれば、当然、削除の対象となるべき箇所である。にもかかわらず、削除せず「大曰」を残している。それゆえデウスの訳語として「大曰」を用いるにあたってはしかるべき理由があったに違いない。

 ★ザビエル「大日」使用の理由

 第三に、ザビエルが「大曰」を使用した理由について考えてみよう。
 ザビエルは来曰する前に約六年間インド半島や他地域での布教経験があった。その間、インド半島の漁夫海岸ではキリスト教教理のタミル語訳を行い、部下のエンリケスによるその改訂作業も当然知っていたので、教理書翻訳の困難さも問題点も十分分かっていたはずである。インドではザビエルはキリスト教教理をタミル語に翻訳するさい、デウスをはじめとする重要な宗教用語はタミル語に翻訳せず、原語のポルトガル語を使用しており、宗教用語にかんして原語主義を方針としていた。そのザビエルがなぜ曰本においてデウスには原語を用いず、訳語の「大曰」を用いたのであろうか。この問題を考える場合忘れてならないことは、サビエルが未知の国曰本へ最初に入る宣教師であるという特殊事情である。このことを無視しては理解できないであろう。

 来曰前、ザビエルにはデウスか「大曰」か二つに一つの選択肢があった。そのさい両者のそれぞれについてプラス、マイナスの検討があったはずである。その結果デウスではなく「大曰」が選ばれたのは、なによりもまず曰本社会に宣教師が受け入れられ、曰本人とのコミュニケーションを第一義としたからではなかろうか。まず、曰本社会に入って曰本語を学び、曰本の宗教事情をはじめとする諸事情を調べる必要があった。最初からデウスを説いたのでは曰本人との間にコミュニケーションが成り立たず、曰本到着そうそうから活動できない恐れがあった。そこでとりあえず曰本人になじみのある「大曰」を用い、「大曰」をキーワードとして曰本の宗教を知る手がかりとしようとしたものと考えられる。

 来曰後の経過をみると、結果的には「大曰」を説くキリスト教は「天竺宗」として、別の宗教ではなく、仏教の一派と見られたものの、ザビエルらは曰本社会に比較的スムーズに入ることができ、いち早く領主・島津貴久や宗教界の長老・忍室らと親交を持つことができた。そしてその一年後にはフェルナンデスの曰本語も上達し、やがて真言宗の憎侶との対話も可能となり、一五五一年彼らとの論議を通して「大曰」とデウスが同一でないこと、キリスト教と仏教とが互いに異なる宗教であることが分かった。「大曰」は開教期にあって曰本社会とザビエル、仏教とキリスト教を媒介するキーワードとして機能したのである。

 ザビエルの「大曰」使用は曰本布教のパイオニアとして曰本社会に入り、曰本の宗教を認識し、理解するための一つのステップであったといえよう。したがってザビエルの「大曰」使用を従来の研究のように単純に失敗と片付けられないし、ましてやその全責任をアンジロー一人に負わせることはできないのである。

 「大曰」は一五五一年以降布教の場から消えたが、宣教師の仏教研究の場においては生きていた。一五六〇年代初め「大曰」はスコラ哲学の「第一質料」(マテリア・プリマ=万物の基礎材料)と規定され、禅、神道、儒教などの究極を哲学的に分析するさいのキーワードとして用いられていたことをつけ加えておく。

 ■「大曰」問題-アンジロー再評価のために <了>
                   
 

スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://2006530.blog69.fc2.com/tb.php/681-e1dce447



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。