カウンター 読書日記 ●岩屋天狗と千年王国 <18>。
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●岩屋天狗と千年王国 <18>。
                         キリスト教と日本人_1


 いま少し、〔岩屋天狗〕に拘りたい。

 文中で引用・紹介された著作を関連箇所を主に紹介していく。 
 

 ●『西郷隆盛』 さいごうたかもリ

 昭和42年(1967)10月25日、人物往来社の近代人物叢書・6として書き下ろされ、
 刊行された。 


 巻末【「西郷隆盛」刊行に際しての作者のことば】 より。

 ***************

 はじめに

 西郷隆盛については、諸家の立派な著作が数多くある。
 小説書きの私が、未熟な西郷伝を書くまでもあるまいと思ったのだけれども、過去に、桐野利秋(中村半次郎)を主人公にした『賊将』という戯曲と『人斬り半次郎』の長篇小説を執筆した折、私は私なりに西郷の印象をとらえてい、それがまた西郷への親密感を増大させるばかりとなっていたものだから、ついつい本編の依頼を受けてしまった。
 そうした自分一個の印象を基盤に、この一冊を一気に書き終えたところである。


 こうして、久しぶりに西郷の人生をふり返って見ると、いよいよ、彼の腹中に存在し、彼自身が洩れあかすことのなかった巨大・複雑な数多の〔秘事〕の深淵をのぞき見るおもいがした。

 この〔秘事〕が判然とするなら、維新動乱と明治新政府発足に至る〔歴史〕には、おもいもかけなかった〔事実】が浮き上がってくるであろうが・・・。


 しかし、西郷はこれを語り残すことなく世を去った。

 本書は、あくまでも忠実な彼の伝記ということであるから、私も小説書きとしての想像をのばし、ひろげることをつつしんだ。
 とはいえ、書きすすむうち、おもわず西郷の心事へひきこまれてしまい、それが彼のことば(台詞)となって紙面へおどり出てしまったことまでは、あえて、つつしむことをしなかった。

 過去の時代と、その時代に生きた人物を現代生活の〔呼吸〕の上から勝手に解釈し、論断を下すことは新鮮でもあるし、当然な〔手法〕でもあろう。
 だが本編では、つとめて西郷隆盛が生きていた時代に自分も〔呼吸〕しているつもりで筆をすすめた。

  昭和42年晩夏                          池波正太郎

 *************

 以上、下記から引用しました。

 『完本池波正太郎大成』 第三巻 スパイ武士道

 1999年9月20日第一刷発行(第十六回配本)著者 池波正太郎
 発行者‐ 野間佐和子
 発行所 株式会社講談社

 収録作品は、★スパイ武士道 ★さむらい劇場 ★西郷隆盛 ★蝶の戦記。

 ***************

 次は、ルイス・フロイス「編集」になる、〔弥次郎☆像〕とも言うべき章の紹介(適宜略しながら)です。
 
 ●完訳フロイス日本史<6>
  ザビエルの来日と初期の布教活動 


 ■第一章(第一部一章)

 ★イエズス会のメストレ・フランシスコ・ザビエル師が聖なる福音を伝えるために、曰本島に赳くことを決意した次第

 我らの主なるデウスは、曰本人が、自らの創造性に関して、真の知識と認識からおよそ遠ざかっており、同様にいとも長らく、諸地方にかなり分散して生存して来たのに鑑み、その暗闇の世界と偶像崇拝の国へ、輝かしい温情の燭光と奇しき慈愛の光明を投げかけることを望み給うた。そして大いなる恩恵をもって彼ら(の霊魂)を救済せんものと、一五四八年に、メストレ・フランシスコ師がマラッカにおいて、
☆弥次郎(アンジロウ)-後にパウロ・デ・サンタ・フェ(聖なる信仰のパウロ)と名付けられた-という一人の身分ある異教徒の曰本人と邂逅するよう取り計らい給うた。フランシスコ師は、それより先、聖なる熱意と宗教的な愛情から多大の労苦、艱難、辛苦を冒して、マルコ地方(モルッカ諸島)で未開人の多数の霊魂をキリスト教に改宗させ、そこからインドに帰るために、その市(まち、マラッカ)に来たのであった。一方弥次郎は、まさにその司祭の高徳および使徒的生活の名声を慕い、彼に会おうとしてシナから来たのである。弥次郎はメストレ・フランシスコ師に、日本の特質、曰本人の知識、文化、理解力、および我らのカトリックの信仰を受け入れるに足りる大いなる能力や適性について非常に詳しく的確に報告するところがあったので、司祭の心は大いに動かされ、東インドの各地で彼が実行することになっていたすべての他の計画や希望を留保してまでもこの日本伝道の企てを実現しようとの心からの喜び、情熱と欲求に燃え立った。そして彼はただちにその非常な熱望を実行しようとして、準備のためにインドに赳いたが、かの弥次郎もそこへ折よく到着した。弥次郎はついでゴアの(サン・パウロ)学院でキリシタンになった。

 ところでこの歴史の最初の事情〔彼らがゴアを出発して曰本に到着するまでのこと〕はメストレ・フランシスコ師、その伴侶・コスメ・デ・トルレス師、およびパウロ・デ・サンタ・フェたちがその初期に書いた数通の書簡に見られる明白な報告や情報に基づいているので、それらを順次ここに再録し、ついで編年的に、また曰本で生じた一巡の事件に従って、この歴史を語り続けてゆくことにする。

 **************


 ●ブロガー註:


 ここで☆弥次郎(アンジロウ・Anjiro・ヤジロウ)について、主に
★大住広人著・『ザビエルとヤジロウの旅』(葦書房、1999年刊)に拠って記しておく。

 「アンジロウ」という男が鹿児島にいたのは確かなことだが、その男がアンジロウなのか、ヤジロウなのか、弥次郎なのか、安次郎なのかは不明である。
 記録に残されているのはスペイン、あるいはポルトガル語で書かれた文章の中のAnjiroという綴りだけである。

 男の名を最初に〔Anjiro〕と綴ったのは聖フランシスコ・ザビエルだ。それは、1548年1月20日付けでローマのイエズス会員宛に送ったスペイン語の手紙で、写本が残されている。ザビエルには、〔アンジロウ〕と聞こえたのだろう。
 因みにザビエルは、後の手紙の中で〔山口〕を〔Amanguchi〕と綴っている。

 また、有名な日本語の達者な「通辞」ことジョアン・ロドリゲス(ポルトガル人・司祭)は、その著書の中で、「いろいろな書物には間違ってアンジェロ〔 Angero〕 と書いている」と断じ、自信をもって〔Yajiro〕と綴っている。

 ****************


 引用紹介を続けます。

 
 (一五四八年十一月二十九日付、ゴア発信、曰本人パウロ(弥次郎)より、ローマのイエズス会創立者メストレ・イグナティウス・デ・ロヨラその他、同会の司祭、修道士に送った書簡)

 *ローマとポルトガルに写本が残るこの手紙の原文はポルトガル語で、
   ポルトガル語ネイテイブの指導はあっただろうが、ヤジロウ自身が書いたものとされる。
  
 「(前略)私は、曰本国において異教徒でありました時に、ある理由によって一人を殺し、(役人の手から)免れようとして、我が国の修道者の僧院〔当地の教会のようなもの〕に逃れました。この時、貿易のためにそこに来ていたポルトガル人の一船がありました。彼らのなかに、私が以前から知っていましたアルヴァロ・ヴァスという人がおりまして、彼は私のことを聞くと、自分の国に行きたくないかと問いましたので、私はそれを望むと答えました。すると彼はまだ用務を終えておらず、なお逗留せねばならぬので、同じ海岸の他の港にいましたドン・フェルナンドという貴人に宛てた書簡を与えよう、と申しました。私は捕えられないようにと、夜中に出発してその人を訪ねましたところ、思いがけなく、別の船長でありますジョルジェ・アルヴァレスというポルトガル人に会い、ドン・フェルナンドであろうと思ってその人にアルヴァロ・ヴァスの書簡を与えました。ショルジェ・アルヴァレスは私を同伴して大いに歓待し、その船で連れて行き、彼の親友でありますメストレ・フランシスコ(・ザビエル)師に私を託そうと欲しました。そしてその司祭様の生活と業績を私に語りましたので、私は大いにその方にお会いしたいという望みを起しました。航海してマラッカに到着しましたが、ジョルジェ・アルヴァレスは、その途中、キリシタンになることについて私に教えるところがありましたので、私は洗礼を受けたい気持になり、その希望はますます盛んでしたから、マラッカに着きました時に、もしその他の司祭様が私に洗礼を授けましたならば、キリシタンとなったでありましょう。ところ、がその司祭様は、私が何者であるか、また私の境遇はどうかを訊ねましたので、私はすでに結婚しており、また自分の家に帰ろうとしていると述べましたところ、帰国して異教徒の妻と同棲してはならぬ、と言って洗礼を授けることを禁じました。

 この時、我が国に向かう季節風期となりましたので、私はシナ行きの船に乗り込み、シナからは他の船で日本に渡ることにしました。シナに着いて後、七、八日路〔約二百レーグアですから〕の日本への航海につき、すでに日本に近づいて日本の海岸を離れること約二十レーグアのところで日本を認めました時、陸地から船首に向かって暴風が吹き、非常な暗黒となり、どうすることもできず、暴風は四日四夜継続し、船ははなはだしい窮状に陥りましたので、私は主の御憐れみを大声で求め、私たちは、先に出航したシナの港に帰るのやむなきに至りました。シナに帰って暴風はやみましたが、私はキリシタンとなって信仰について教えを受けたいとの希望は変りませんでしたから、進退を決することができないでいましたところ、この時、先に我が国において、まず私と語り、私に南方へ行くように促しましたアルヴァロ・ヴァスに出会いました。彼は私がマラッカから帰り、暴風のために自分と再会するに至ったことを驚きました。そしてその船がマラッカに行く準備が整っていましたので、彼は自分とともに引き返すようにと勧め、ロレンソ・ボテリョという人もまたそれを勧告しました。両名ともに身分のある人で、彼らは、もしこんどふたたびマラッカに帰れば、メストレ・フランシスコ師はすでにその地におられるはずであり、また司祭様の一人が、私といっしょに日本に行くことになろうと申しましたので、私は彼らの言うところはもっともであると思い、喜んでその航海につきました。

 マラッカに着き、最初、私を伴いましたジョルジェ・アルヴァレスに会いましたところ、彼は、すでに同地におられましたメストレ・フランシスコ師の許に私を案内し、聖母の教会で司祭様が結婚式を司っているところで私たちは出会い、アルヴァレスは私のことを詳しく司祭様に語りました。

 メストレ・フランシスコ師は私を見、私を抱いて非常にお喜びになりましたが、この事実はデウス様の定め給うたことであると、私は心の中でますます感じるに至りました。私はフランシスコ師に会って大いに慰められ満足いたしました。私はすでに少しばかりポルトガル語を理解し、また数語を話すことができましたが、司祭様は私が前記のジョルジェ・アルヴァレスとともに、当ゴア市に来て、サン・パウロ学院に入るようにお命じになりました。フランシスコ師は、別の路を経てコモリン岬のキリスト教徒たちを訪問し、そこから当学院に来られましたが、あまり遅れることなく、私が一五四八年三月の初めに学院に着きました一方、その後、四、五曰を経てメストレ・フランシスコ師が到着されましたことは私の非常な喜びでありました。なぜならば私は、初めて彼に会った時から、大いに感銘を受け、彼に仕え、決して離れたくないと希望するに至っていたからでございます。

 当学院に入って学び、信仰のことについて教えを受けました後、本年五月、聖霊降臨祭の祝曰に、大司教座において、司教様から洗礼を授けられました。同じ曰に、私が曰本から伴って来て当地に留まっています従僕一人も洗礼を受けました。私は万物の創り主であられるデウス様と、我らを救うために十字架にかかり給うたイエズス・キリスト様により、その栄光を高め、信仰を弘める身となることを希望し、限りない恩恵に浴し、この信仰の真理であることを確信いたします今、まったき安らぎを覚えるのでございます。当学院の司祭様方が申されますように、私をして、容易に主なるデウス様のことを心に刻み、これほど短期間に、よく読み書きを学び、聖マテオ福音書のように高尚な教えを受け入れ、それを記憶に留める才能と記憶力、および意志を授け給いましたデウス様の恩寵を忘れることがないようにしていただきたいと祈り奉ります。右の福音書の要点は、我が曰本の文字でしたためて記憶の便を計りました。右の曰本文字を尊師にお目にかけます。我らの主への愛による尊師らのお祈りによって、主が私に与え給うた御恵みを私が空しくすることなく、その讃美と栄光になるに至らしめ給いますように。このことが良い結果を収め、我らの主なるデウスが、ほどなく曰本へ出発されることになっていますメストレ・フランシスコ師を助け、また私にはその愛のため、もし必要ならば百度生命を捧げるほどの強い信仰の保待者とならしめ給わんことを。
 私にはメストレ・イグナシオ(・デ・ロヨラ)師とメストレ・シモン(・ロドゥリーゲス)師、およびイエズス会の他の司祭や修道士の皆様が絶えずデウス様にお祈り下さることが必要でございます。なぜならば、我らの主によって、日本において大いなる収穫を納め、私たちの生存中にイエズス会の学院がその日本の地に建てられるのを見ることを期待し、デウス様が大いなる栄光を受け給い、日本がイエズスによって信仰に進むよう望むからでございます。
                      一五四八年十一月二十九日、ゴアのサン・パウロ学院より。
                      僕なる日本人パウロ・デ・サンタ・フェ」
                      *Paulo de Santa Fe 弥次郎

  ***************

  続く。
                   
 

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