カウンター 読書日記 ●『岩屋天狗と千年王国』(5)
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●『岩屋天狗と千年王国』(5)
 ■西郷と征韓論、西南戦争に関する謎の数々 

 明治維新(西暦1868年、慶応四年九月八日に明治元年と改元、一世一元の制を定める)政府発足早々の昏迷、遑急の間に、全く突然、疾風のごとく廟室に吹き荒れて、大政治家群を二分した明治六年の参議征韓論争なるものは、単に「韓国が非礼である」とか「溟濛韓国を開明させるため」などとするこじつけ論理だけの、当時の世相からも世論からも遊離した、全く社会的必然性のない断絶の思考だったため、「何とも解釈のつかない奇怪千万な征韓論」とされ、今に至るもなお、その起こった原因は実質的には皆無とされているのが一般である。

 ★征韓論に関する諸説 


 このように、西郷征韓論なるものは、その当時における正しい真相、が不明であるため、西郷が、生命まで賭して熱望した朝鮮大使就任希望の目的について、現在、多くの学者識者によって複雑多彩な説が唱えられているのである。

 ① 巨大な落魄者西郷が、征韓という国家大芝居をうつことに己れの命を賭けて死場を求めんとした。
 ② 大陸侵略を意図していた西郷が、日韓戦争を開始するきっかけをつくるため、朝鮮使節となって殺されることを狙った。
 ③ 維新戦争を終った武断派西郷が、新しく征韓戦争を開始して権力を壟断することによって己れの存在価値を発揮して生き甲斐を求めんとした。
 ④ 士族ボス・西郷が、全国二百万の失業武士の働き口を大陸に求め開拓しようとした。
 ⑤ 薩摩藩閥頭領・西郷が、鹿児島の余剰没落士族を征韓戦争において死滅せしめんことを狙った。
 ⑥ 愛国者西郷が、日本国内の不平不満を外征戦争に振り向けることによって、明治政府に対する反革命への動きと農民一揆を事前に防除せんことを狙った。
 ⑦ 西郷は、日韓清三国が相提携して攻守同盟を結ぶことによって、対露西亜戦略態勢を確立することを狙った。そのために、まず、朝鮮の政府、人心の頑迷固陋さを洞開することによって、朝鮮に、新国家新政府を樹立するという革命の輸出を図らんとした。
 ⑧ 西郷は、征韓戦争によって、士族の武力を誇示することによって、士族による農本主義軍事国家を夢みた。
 ⑨ 西郷は、日本が資本主義化することを恐れて、征韓戦争を開始することによって己れの勢力を扶植し、国家の経営を、農本共和主義政体樹立へ指向せしめんことを狙った。
 ⑩ 明治六年の政争は、西郷が、征韓戦争を主導することによって、政治的覇権を握らんとする長州派(木戸派)に対抗する薩摩派(西郷派)の藩閥抗争であった。
 ⑪ 岩倉遣欧使節団派と西郷留守内閣派の、対韓問題処理をきっかけとする権力争奪競争であった。
 ⑫ マルクス主義史学の立場から、封建勢力と反封建勢力(近代勢力)との階級的対立関係から生まれた歴史的必然の抗争であった。
 ⑬ 士族軍国主義を狙った西郷と、官僚国家主義を狙った大久保の、国家権力をめぐる政治的対立であった。

 上の井上清氏の説は、現在、通説、定説とされているのであるが、その見解が牽強付会の域を出るものでないことは、それを立証できる征韓論議内容に関する合理的説明がなく、また、「愛」なる人性を説く西郷の人格的光芒と民衆を思う西郷の至誠からみて、西郷を単なる士族ボスとか国家主義者、軍国主義者などと規定することはできないからである。とくに、板垣退助が主宰した『自由党史』が「西郷、板垣等征韓主張派とされているものこそ立権自由派であり、岩倉、大久保等内治派とされているものこそ非立憲の保守専制派(有司専制)であった」と規定している見解は、従来史の見解を根底から覆し、心ある日本人をして、左右の判断を迷わせ苦悩せしめるものとして強く瞠目せしめているのである。

 ★真相を語らなかった大久保利通

 過去の汗牛充棟ただならぬほどの西郷研究書はもちろん、幾十百の征韓論研究者のほとんどすべてが、西郷と征韓論に関する謎を決定的に解明することを不可能としている事実は、徳富蘇蜂氏が「西郷と征韓論の謎は西郷の心中にあり、西郷を知らんとすれば、まず、その心を把うべし」と叫ばれたごとく、過去のすべての西郷研究者が、西郷心理の扉を叩きながらも、しかもなお、その心理深層を把握できなかった苦悩を叫ばれたものであるといえよう。

 とすると、幼少年時代から、西郷と苦難をともにした莫逆の盟友でありな、がら、最後には、征韓論争で死闘した大久保利通こそ、西郷の人物、心理を知る最大の人物であるといえるのであるが、その大久保が「偉丈夫西郷の血性燃ゆるが如き熱情と求道心(探求心)との不幸な結びつきこそ、西郷悲劇の原因であった」と暗示的に結論づけている発言(前島密著『鴻爪痕』ほか)こそ私たちが最も留意すべき点であるが、これは、征韓論と西南戦争に関する真正の実相を知り、かつ、西郷の全人格を見抜いていた大久保が、西郷悲劇の原因をなすものは西郷の心理深層にあったと断言したものと言えるのである。

 ところが、その大久保にしても、西郷の心理深層にあったというその「西郷の血性燃ゆるがごとき熱情と求道心」とは何であったのか、「その不幸な結びつき」とはどういう意味なのか、その実態については、『異端記』『かたいぐち記』のほかには、それを具体的に物語り、記録したものは何もないのである。

 続く。

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