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●月海黄樹 『龍宮神示』 を読む (1)。
 ●月海黄樹 『龍宮神示』 を読む (1)。
  1995年 徳間書店 〔報知ライブラリー〕  


 ★宇宙意志は強制的に宗教をおこす―艮の金神の目覚め

 明治二十五年一月三十日(旧正月の元旦)。
 太古の昔より、世界の艮(うしとら)の方位である日本列島に封印されていた古代神は眠りを覚まし、京都の福知山に貧農の子として生まれ、八人の子供を持ちながら夫に先立たれた一人の読み書きのできない女・出口直(五十六歳)の体の中に白銀の炎として宿った。

 出口家は直が誕生した頃は赤貧の農家であったが、もともとは丹後半島にある元伊勢神宮縁(ゆかり)の名門の血統であった。

 明治二十五年一月三十日より直の体に宿った古代神は、その年の二月初旬、直の口を借りて自らの出現の理由を次のように語った。

 「三千世界に一度に開く梅の花。艮の金神の世になりたぞよ。
梅で開いて松で治める海国の世になりたぞよ。
この世は神がかまわなゆけぬ世であるぞよ。
今の世は強いもの勝ちの、悪魔ばかりの世であるぞよ。
世界は獣の世になりておるぞよ。
これでは世はなりたちてゆかんから、神が表に現れて三千世界の立替え立て直しをいたすぞよ。用意をなされよ。この世は、さっぱりサラつにいたしてしまうぞよ。
三千世界の大洗濯、大掃除をいたして、天下太平に世をおさめて、万劫末代(ばんこうまつだい)つづく神国の世にいたすぞよ。
これが違うたら神はこの世におらんぞよ。
いずれの教会も先走り、とどめに艮の金神が現れて、世の立替えをいたすぞよ。世の立替えがあるということは、どの神柱にもわかりておれど、どうしたら出来るということは、わかりておらんぞよ。
九分九厘までは知らしてあるが、もう一厘の肝心なことは、わかりておらんぞよ。神となれば隅々までも気をつけるが神の役。神ばかりよくてもゆけぬ。かみしもそろわねば世はおさまらんぞよ。
不公平ではおさまらん。かみしもそろえて人民を安心させて、末代つぶれぬ神国の世にいたすぞよ。
あしもとから鳥たつぞよ」

 もともと内気でおとなしい性格だった直は、「やめて下され、そのような大声を出されては」とひたすら声を出す主に訴えるが、静まる様子もない。
 これ以降、昼夜かまわず大声で世界の立替えを叫ぶ直は、近所から気違い婆と呼ばれるようになった。

 しかし日清戦争、日露戦争と次々に預言を的中させ、病気治しまで始めた直の元に、少しずつ信者が集まり始めた。
 とはいえ、集まってくる人々もあくまでも個人的な信仰の範囲であったし、金神の語る言葉の真意も、その正体も誰一人分かる者はいなかった。
 しかし直には、自分に懸かる「艮の金神」が通り一遍の神霊ではないという不思議な予感があった。そのため、直は「この神をわけるものは東からくるぞよ」という艮の金神からの神言に頼り、「東から来る人」を待ち焦がれることになる。

 母の心を知った直の三女・福島久は、京都府船井郡八木町の人口に茶屋を出して「東から来る人」を待つことにした。

 それから三年目の明治三十一年の六月(旧暦)、お歯黒を塗り、陣羽織にコウモリ傘を侍った奇妙な風体の若者が、この茶店の床几(しょうぎ)に腰を下ろすことになる。

 その人物こそ当時二十八歳であった上田喜三郎(後の出口王仁三郎)であった。

 実は喜三郎の方にも郷里の穴太(あなお)で修行をしていた時、「一日も早く北西を目指して行け!神界の仕組みがしてある。待っている人あり」という神命が下っていた。

 穴太から北西といえば園部の方角になる。喜三郎はただちに園部に向かったが、途中の茶屋で一服していると、女主人であった久が「貴方は何をなさる方ですか?」と尋ねてきたのである。
 喜三郎が「わしはなぁ審神(さにわ=神を判定する役)をするものや」と喜三郎が答えると、久は喜んで、母の直(★東洋文庫版『大本神諭』では<ナオ>)に会ってくれと頼んだのであった。
 喜三郎が出口直という女性の存在を知り、お筆先を見たのはその時が初めてであった。
 喜三郎はそこに何か言い知れぬ因縁と自分の使命を自覚した。

 その年の八月二十三日(旧暦)、綾部において喜三郎は直と対面する。この対面こそが大本と大経綸を動かす原点となっていくのであるが、当の直と喜三郎は互いを疑いの目で見合っていた。

 喜三郎にすれば直の妄信的とも言える神懸りと暗い終末預言に自分とは相いれぬものを感じていた。
 一方、直はあまりにもふざけた喜三郎の風体と、当時稲荷講社によって修行したという経歴を聞き、低俗な狐使いではないかという疑惑を持ったのである。
 直を取り巻く周囲の役員たちの反発もあり、喜三郎はわずか三日の滞在で綾部を出て行ってしまうことになった。

 直と喜三郎の互いに対する疑いと反発。これは大本教の歴史において、その後も不断に繰り返されたものであった。そしてそのこと自体、大本が世界の雛型であるところの、雛型経綸の一環でもあった。

 直と喜三郎は、預言の指し示すところには一致を見ながらも、その宗教的スタンスはまったく正反対であった。この因縁は未だもって、王仁三郎から裏神業と預言を継承する大本の分派と、開祖・直を絶対視する大本数本部との反発にも継続されている。

 両者は互いの主張を認めてはいない。大本教側から言わせれば、裏大本・裏神業などというものは「認証できない」としており、裏神業をしている分派たちから言わせれば、「大本は形骸化している」ということになる。しかしこれは必然的な型であり、直と王仁三郎の演じた終末の神界逆転の型なのであった。


★宇宙意志の縮図としての王仁三郎


 王仁三郎は明治四年旧七月十二日、丹波国桑田郡穴太村の農民、上田吉松の長男として生まれた。幼名は喜三郎。出口姓は出口直の娘・澄(★<すみ>とも。直の五女)をめとって以降に名乗ることになる。

 上田家は穴太では聞こえた名家で、先祖には天才画家の円山応挙=上田主水(もんど)などがいたが、代々極道者が相次いであらわれ、喜三郎の時代には家は零落し、あばら家で農家を営むようになっていた。

 この穴太村という所は穴太衆という海人の石工集団がいたところである。その土着の名家である上田家は生粋の海人族(朝廷に漁業をもってつかえる一族。漁業のみならず石工、製鉄、木師などの職人集団を形成した)であった。

 こうした環境から知識を得ていたのかどうかは定かではないが、喜三郎が後に大本の神を古代海人族の氏神・国常立大神(くにとこたちのおおかみ)と位置づけたことと彼の出自が深く関係していることは疑う余地もない。

 喜三郎を育てた祖母・宇能(うの)は言霊学者の妹、あるいは縁者であったと言われ、古神道と、深い関りをもった環境は喜三郎の幼い頃から整えられていた。頭は良かったらしく、幼い頃には「神童」「八耳」などと呼ばれ、代用教員を経て獣医を目指したが生来の奔放な性格が災いして長くは続かない。牛乳搾取場を経営したり、他にも様々な仕事に手を出して自由気儘に暮らしていた。

 歌や座興が好きで、若い頃には村の女たちの全員と懇ろになってやると豪語していたという話も伝えられている。

 ところがそんな喜三郎に一大転機が訪れた。

 たびたび喧嘩していた地元の侠客に殴り込まれ、リンチを受け、半死半生になった。そのことが原因で喜三郎は「過去・現在・未来」と自分の使命をすべて知らされるという神秘体験をし、そのことから霊学を志すようになるのである。☆


 ☆鎮魂帰神法(P117~118)ではこのあたりの事情は、概略次のようになる。
 〔・・・王仁三郎は地元侠客の殴り込みで半死半生のリンチを受けて、傷の痛みに数日苦しんだ。そのある夜、放心状態に陥った王仁三郎は自分を呼ぶ声に目を覚ました。
 見るとそこに松岡芙蓉仙人と名乗る男が立っていた。仙人は「これからお前を富士に連れていく」といい王仁三郎の魂を抱いて天に駆けた。
 恍惚の時間が過ぎふと気づくと半里先の高熊山の岩窟に座っていて、そこで神の命ずるまま一週間の荒行を行うことになる。

 王仁三郎は行を終えると、今度は突然寝たまま硬直状態になる。
 はじめのうちは行の疲れで寝込んでいるとおもっていた家族も異常に気づき四日目には医者が呼ばれ、診察するが、全く原因が摑めない。
 とにかく、王仁三郎は仮死状態を一週間続け、生き返った。
 それからの王仁三郎は不思議な力を発揮しはじめ、病気治しなどをおこない「喜楽天狗」とあだ名されるようになる。

 しかし、独学では頼りないというので、明治三十一年長沢を尋ね、鎮魂帰神法を伝授される。・・・〕


 喜三郎は、霊学者として高名な本田親徳(ちかあつ)の弟子で、静岡に住む長沢雄楯(かつたて)の稲荷講社で修行をした。直との出会いはこの修行を終え、郷里の穴太に帰った直後のことであった。
 たった三日で綾部を出た喜三郎であるが、喜三郎を狐使いと訝しがる直のもとに神示が下る。

 「あのおん方は、この艮の金神が引きよこしたのざよ。神が守護のしてあること」

 このような神示が次々と下るようになったため、さしもの直もそれを無視することは出来ず、喜三郎を綾部に迎え入れることを決心する。

 同じ頃、喜三郎も、直が語った神の経綸にただならぬ因縁を感じていた。
 神々の謀略により封じ込められたと語る憤怒の神。終末の預言を語る神を、喜三郎は直観で、自分の先祖に縁ある国常立大神に違いないと察していたからである。

  続く。
 

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