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●疑史(第28回) ユダヤとは何か(3) 
 ●疑史(第28回) ユダヤとは何か(3) 落合莞爾  

 世に言うユダヤとは特定の人種を意味しておらず、いわゆるユダヤ思想を抱く〔特定少数者〕の集合のことだから、ワンワールド勢力と呼ぶべきである、と前号で述べた。彼らは別名「国際秘密結社」とも呼ばれているが、その所以は、表面では各国市民として日常生活をしながら、裏がある。つまり、行動の根底には必ず例の思想とそれに基づく政治性があって、しかもその思想内容と行動目的を、世間に対しては極秘にしているからである。

 さりながら、ワンワールド思想の淵源については、やはりユダヤ教と見るのが常識で、吉薗周蔵も「ユダヤ民族が各地を流浪しながら迫害の中で育てた思想」と記している。普通はそれでも差し支えないのだろうが、私見ではその淵源はもっとずっと古いように思える。

 数十万年前に地上に出現した人類は、7万年前から1万年前までの間、6万年も続いた最終氷期(ヴュルム氷河期)を乗り越えて今日こうして在るのだが、私見では、最終氷期をさかいに旧種人類と新種人類に分かれた。

 すなわち、旧種の1部が結氷下の厳しい自然を生き抜き、寒冷適応により体質的に強化されて、新種が生まれた。病害にもウイルスにも強く、〔何でも喰い、どこでも寝られる〕強靭な生活力を身に付けたのである。後氷期に地上に出てきた新種は、繁殖力も旺盛で、現存人類の大多数を占めることとなった。すなわち、現存人類の多数派は新種が形成しているのである。

 一方、旧種のまま今日に生き延びた種族もいる。歴史の霧の中に消えたシュメルがその例である。今から5千年前に人類最古と謂われる文明をメソポタミアで開いたシュメルは、その出自がいまだ明らかでない。タミル盆地ないしイラン高原に発祥したとする説もあるが、仮にそうだとしても、最終氷期をその地で過ごしたとは思えないのは、身体形質が寒冷適応を経ていないからで、海人的性洛も窺えることから、ペルシャ湾からメソポタミヤ南部の低湿地帯に上陸した海洋民族の1派と見るのが正しいと思う。

 人類学的な位置は未詳だが、シュメルの自称が「髪の黒い人」を意味するところから、から、黒髪黒眼の白人の1種と考えられる。シュメル語は膠着語で、アルタイ語とは単語も共通し且つアルタイ語の特徴たる母音調和の傾向も強い。これは注目に値するもので、ウラルーアルタイ語系の日本語に通じるところに、シュメルと日本文明との関係が窺えるのである。

 南部バビロニアに開花したシュメル文明は、人類最初の文明とされるが、最盛期はウル第3王朝(BC2113~2003年)で、BC2030年には抗争が始まり、民族の統一を崩して衰え、その後は地域支配権をセム系アモリ人に奪われる。シュメル文明とその文化的伝統は、以後もバビロニアに残ったが、バビロニアのハムラビ王が公用語をシュメル語からセム語系アモリ語に変えたBC1750頃から、シュメルは次第に歴史の闇に解けていく。

 その間にヘブライ族の始祖がシュメルと関係を結んだのは確かである。史学もヘブライ族の始祖アブラハムがウルに実在したことを認めるが、推定生存時期はBC1900~1750年で、ウル第3王朝の終焉とハムラビ王の在位期(BC1728~1686)に挟まれた転換期である。

 折りしもアブラハムが生まれ育ったウルでは、シュメルは政治的に失墜しながらもなお文化的余光を放ち、シュメルとセムの混淆も進んでいた。アブラハムは、父がセムの遊牧民テラで、母はシュメルである。正妻サライもシュメルだから、嫡子イサクはシュメルの血量75%の混血児であった。

要するに、ヘブライ族の始祖はシュメル文明下に生きたシュメルとセムの混血家系であった。とするならば、アブラハムを召命してカナーンヘ行けと命じた神が、実はシュメルの神々の中から出現したとの推察を否定することはできまい。

 イサクの子孫ヘブライ族がセム系と見なされるのは、代々同族婚のほかに、セムとの交配を重ねてきたからであろう。しかしながら、彼ら自身はセムとは一線を画し、独自の選民意識を持してきた。それは、彼らが奴隷に陥っていた時、指導者モーゼの眼前に神が現れて「我は汝らの神」と名乗り、彼らを選民化してくれたからである。その神エホバが、かつてウルでアブラハムを召した神と同神格なのは言うまでもないが、そうすると、エホバの神格的淵源は、実はシュメル神だった可能性が高いことになる。

 モーゼから千年以上経ったBC586年、ヘブライ族の子孫ユダヤ王国が新バビロニアに滅ぼされる。虜囚となって再びバビロニアの地を踏んだ2支族は、現地思想に触れたことでエホバ信仰を高めたとされるが、その意味は2支族がバビロニアでシュメルの遺民(ないしシュメルの遺文明)と接触して、シュメル思想を再継受したことではあるまいか。

 つらつら思うに、ワンワールドの淵源は、高度の文明下に生きながら、体力と繁殖力の差でセムに敗れて少数派に陥り、歴史に消えていったシュメルで、それを継承したのがユダヤ思想であろう。前述した通り、アブラハムをカナーンに向かわせた神は、本来シュメルの《神》であったが、万物の創造主として現れた所に、深い神慮があったと思われる。

 私見では、人類文明はシュメルが最古ではない。ヴュルム氷河期の前に石器文明としていったん完成していた。その有形遺物は今日も各地に散見されオーパーツと呼ばれるが、無形の文明遺産としては、漢方処方、ゾデイアック(12獣)、陰陽思想、四(五)大の哲学などがある。いずれも人類が突然与えられたごとくに見え、史家が発祥を解明できないので、世俗は宇宙人から授かったものと揶揄している。

 最終氷期が終わった頃、旧文明の成果を携えた旧種人が何処からか来てメソポタミア南部に上陸し、シュメル文明を開花させた。シュメルがセム族との生存競争に疲れて各地に散るや、混血のアブラハムが召命によりカナーンに向かう。その折の「決して帰るな」との神諭は、遠い将来にわたりセム族を教化せしめるための神謀と見るほかあるまい。

 各地に分散したシュメルのうち、東方に去った1派がたどり着いたのが日本列島である。ワンワールド思想を抱く彼らは、縄文社会に溶け込み、後に来た弥生人とも親和した。

 それから千数百年後のBC722年、イスラエル王国が滅亡して10支族が4方に流移するが、その中に日本に渡来した1派がいた。時期は縄文時代晩期と考えられるが、彼らもシュメル由来のワンワールド思想を受け継いでいた。

 シュメルとイスラエル10支族が日本列島社会にワンワールド思想を応用したのが、日本特有の単一民族・万世一系の政治思想となったものと考えられる。

 ユダヤ王国の滅亡後の流浪の中で2支族が確立したユダヤ教の根底にもワンワールド思想があったのは、沿革からして当然である。それがシュメル由来であることはいつしか忘れ去られ、ワンワールド思想がユダヤ起源と見なされるようになったものと見て、誤りはあるまい。

 その後、新種人のトルコ系カザール人がユダヤ教徒に加わってアシュケナジムとなり、選民思想を強調してシオニズムを生む。いわゆるユダヤはここに、ワンワールドとシオニストに分岐したが、後者は第二次大戦後に出現したイスラエル共和国のおかげで、実態がわりに透けて見える。前者こそ、他民族からも有志を勧誘し、国際秘密勢力を形成してきた真のユダヤ(ヘブライ族)なのだが、世俗のユダヤ観は皮相に傾き、シオニスト的側面を重視しすぎて、ワンワールド的側面を軽視した。そこを★ドール大佐はじめ、識者が指摘したのである。

 発祥の詮索はともかく、少数勢力となった旧文明の遺民が地上を生き抜くための戦略を模索し、遂に完成したのがワンワールド思想であるとの説は、誤っていないと思う。

 周蔵によれば、ワンワールドは「表面にエホバ・キリスト・孔子・釈迦など何を祀ろうとも、その心底では、唯一造物主たるエホバしか信じず、偶然なるものを一切否定する」。

 だが、それは実は末端員の信仰にすぎず、「エホバに関しては、ユダヤという人種を統一する対象として決めているだけで、ユダヤの首脳は、そんなものどうでも良い、と思っている筈だ」と銘記した。

 つまり、エホバは末端ワンワールドの信仰対象に過ぎず、首脳の考えは違うというのである。

 ならばワンワールド首脳は無神論なのか、それとも?

 注目すべき見解は、彼らはルシファー崇拝だという。ルシファーはラテン語で「光を帯びたもの」を意味し、明けの明星(金星)のことで、カナン神話の雷鳥神・アンズーもカナン神話のシャヘルも同じ神格である。前者が父神・エルの地位を狙い母神・アシュラを娶ろうとしたのは、父に代わり至高神となるためで、後者にも反逆的要素がある。しかし、両者とも元来は、悪魔や堕天使とは無関係であった。

 旧約聖書にもギリシャ語聖書にも出てこないルシファーを悪魔と結びつけて堕天使としたのは3世紀の神学者・オリゲネスで、新約聖書に隠された堕天使の存在を指摘した。また4世紀のヒエロニムスは、イザヤ書の「明けの明星」を、ラテン語でルシファーと訳したが、この箇所は本来バビロン王を指したものだという。

 私見では、ルシファーはシュメルで生まれた神格で、ワンワールド首脳は古来これを崇拝し、その眼を「ホルスの眼」 「すべてを見通す万能の神の眼」と呼んでエジプトの棺や修道院の高僧墓に盛んに描いた。ルシファーが天帝に逆らったとされるのは、少数派の神たることを示している。

 アブラハムの子孫が信仰したエホバは、当初は民族宗教の神であったが、それから生まれたキリスト教と、さらに生まれたイスラム教は、いずれも世界宗教である。蓋し、エホバは万物の創造主として、多数派の神たる資格を12分に有するからである。1民族の祖神では、こうはいくまい。

 内心はエホバだけを崇拝するというワンワールドの中で、首脳だけは少数派の神たるルシファーを密かに拝んできた。

 ワンワ~ルド史上最大の発明品は通貨(紙幣)であるが、その代表格たる米国の1ドル札の裏面にルシファーの眼を描いたところに何よりの証拠がある。

 
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