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 ●疑史 (第27回) ユダヤとは何か(2)
 ●疑史 (第27回) ユダヤとは何か(2) 

 今日ユダヤ人の大多数はアシュケナジムである。その出自の究明はしばらく措き、従来ユダヤ人と総称されてきた民族的概念の正体が、2つの種族が9対1で混在したものと判れば、もはや民族的概念としては扱えない。それならば、セフアルディムとアシュケナジムを全然別の人種と定義したら決着かというと、そうもいかぬのは、言語・血統を異にする両者には重要な共通点があり、ユダヤ呼ばわりの根底には正にそれがあるからである。つまり、「ユダヤ人とは何か」を示唆するのは、この両者の共通点なのである。

 イスラエル共和国は唯一のユダヤ民族国家である。同国は世界中のユダヤ人に帰化を呼びかけているが、帰化の資格は 「ユダヤ教を奉ずるユダヤ人女性から生まれた者に限る」というものらしい。血統のみならずユダヤ教徒に限るとしたのは、同国がシオニスト国家だからである。アシュケナジムもセフアルディムも、ユダヤ教徒である限り、この条件を満たすから、同国にはアとセの両民族が混在し、人口比率はアが9割で、セが1割と聞く。

 右記条件を満たす中には意外な面々もいる。蓋し、流浪の歴史が生んだ混血と風土の影響により、毛髪や膚色などの形質が変化し、民族的理念と現実の間に著しい相違が生じたからである。現に中国の開封やインドのゴアには、代々ユダヤ人を自覚してきたユダヤ教徒がいて、劉少奇もその1人と噂されていた。その開封ユダヤが近年、大挙して帰化を申請し、イスラエル当局を当惑させたとも聞く。この他にもユダヤ人口がが多くを占める国として、リトアニアやポーランド、ロシアがある。アメリカでもニューヨーク州は、別名ジューヨークと呼ばれるほどユダヤ人の人口密度は高いが、彼らの大半はアシュケナジムである。ところがアフリカの奥地にもユダヤ教を奉ずる黒人部族がいて、最近の遺伝子分析により、ユダヤ人との血統的関係が立証されたというが、これはセファルディムであろう。

 ユダヤ人の本質が血統にないことは以上から判るが、百科事典に「多くがユダヤ教を信じる」とある通りで、ユダヤ人が必ずしもユダヤ教徒ではない。実際、ユダヤ人を自覚する非ユダヤ教徒も多いが、無神論者とは限らず、キリスト教徒もいる。誰しもがユダヤ人と思うカール・マルクス、本名モルデカイは、セファルディムの無神論者だが、父はプロテスタントの牧師であった。その妻も同じ宗旨だろうから、この一家は非ユダヤ教徒のユダヤ人で、マルクスはイスラエルヘの帰化条件を2つとも欠くわけである。
 
 要するに、ユダヤ人とは血統的にも宗数的にも定義できないのだが、かといって空虚な観念ではない。外部が彼らをユダヤ人として総括してきたのは、彼らに通用する特性を感覚的に捉えたからである。それを仮に「ユダヤ的特性」と呼ぶとすると、結局ユダヤ人とは「人種・宗教に関係なく、ユダヤ的特性を共有する人的集団」と定義し直すこととなる。

 世間で民族性を無視してユダヤ呼ばわりする人々は、もし無知でないのならば、右の意味で「ユダヤ」と言っているのである。しかし、すでに人種的概念でないと判明した以上、そのような呼称は1刻も早く棄て、ユダヤ的特性に即した適切な呼称に改めねばならない。

 ユダヤ的特性とは何か。経験則からしか得られないが、私見では「ヘブライ族が古来から秘かに守ってきた特定の思想を保持し、それに基づく実践を行い続けようとする集団的意思」と考えたい。ここにいう「特定の思想」とは、後述する 「ワンワールド思想」のことだから、結局「ワンワールド勢力」と呼ぶのが相応しいことになる。省略して「ワンワールド」と呼んでも良かろう。

 ワンワールドという表現は、フランクリン・ルーズヴェルトの元女婿ドール大佐の著書に見られる。義父が操縦されていたことを指摘した大佐は、黒幕を「ワンワールド・バンカー」と呼んだ。これは普通「国際金融家」と翻訳されているが、「ワンワールド思想に基づく秘密結社に加わっている資本家たち」が正確な意味であろう。

 個々の民族国家に散在する人々が、思想を共有しながらそれに基づいて行動するには、バラバラでは効率が悪い。お互いにしっかり結合することが必要だから、ワンワールド勢力は、何らかの結社形態を採っていると見るべきである。現に「フリーメーソン」とか「イルミナティ」と称する結社の実在が確認されており、内情を世間に対して厳秘にしていることから、「国際秘密結社」と呼ばれている。彼らは明らかにワンワールドの1派である。

 彼らのことを「コスモポリタン」(世界市民)とも呼ぶ。この方がワンワールド思想を表現して本質に近いのだが、それよりも「ユダヤの陰謀」「ユダヤの秘密結社フリーメーソン」という表現の方が一般的であったのは、ワンワールド思想の淵源がユダヤにあり、構成員もユダヤ人が大多数だったからであろう。しかし、近世の結社員は何もユダヤ人に限るものではなく、またフリーメーソンなどは幾つもある結社の1つに過ぎないのだから、ドール大佐はより正確に表現したことになる。ただ大佐は、考察の対象をワンワールド勢力全体よりも、その指導的・中心的な立場にいる国際金融家に絞ったのである。

 戦前の日本人は、ワンワールドの存在を実感していなかった。大正中期、共産主義の勃興を警戒した1部欧米通が、反共的意図から、「ユダヤの陰謀は怖いぞ」と吹聴したが、聞きかじりのためか、中途半端な説明しかできなかったから、国民も本気で受けとめなかったのである。それでも、真相を知る者はいた。その大半は洋行の際に自身がワンワールドに人会した新知識人たちであったが、当然ながら厳重な守秘義務に縛られ、内情を洩らすことはなかった。

 しかし、たまたまその実在を知った者もいた。毎回紹介してきた吉薗周蔵がその1人である。周蔵は陸軍元帥・上原勇作の従兄弟の子息で、上原の命令で陸軍スパイとして諜報活動に携わった。以下は、大正初年から終戦にかけて周蔵が書き残した手記の1部である。

 大正中期からパリに住み、財力にまかせて放埓な生活をしていた薩摩治郎八を観察した周蔵は、次のように記した。

 〔薩摩は秘密結社に入ったことを内心誇りとし、常々「自分は日本人ではない、コスモポリタンだ」と嘯き、「戦争に反対し世界を1つにして考える平和主義を信奉する」と言う。確かにワンワールドの末端は「世界は1つ」と叫び 平和を歌い文句にするが、それが実現した暁には、薩摩流の財力支配世界になり、財力を利用すべく知力も働く筈だ。

 財力と知力といえばユダヤ人である。ローマ帝国により解体されたユダヤ人は自らの国を失い、さりとて武力に長けた方ではないから戦争による他国乗っ取りもできず、遂に本国を持てなかった。人間として生き技くには、財力と知能しかない、と考えた彼らが、営々として頭脳と財力を磨き、自らの能力を最も良く発揮しうる世界、つまり武力を使えない皮相的平和の世界の実現を期したのは当然で、そのために秘密結社を作ったのである〕。

 周蔵は、第16師団長として京都に閉塞を余儀なくされた石原莞爾中将にも、次のように報告した。

 〔ユダヤの基本は、財力と知力に立脚した実効的な権力であり、ユダヤは唯一エホバなる創造主しか信じず、他の宗教と偶然を全く認めない。しかし、ユダヤこそ世界の非差別民族であるから、迫害された長年月の間に当然その人格 が変化してきた筈で、弱肉強食の中で生き残ったのは、当然それだけの強さを蓄えたからである。彼らがもし弱者ならば、基本的に善良と見てよいが、弱者は当然淘汰されて しまい、世に残っていない筈である。だからこそ、金力と財力のある者が仲間の実権を握り、そのために優秀な学者が排出したのであろう。エホバという造物主は、各国に分散したユダヤのアイデンティティを保持するために信仰対象として決めたものに過ぎず、ワンワールド首脳の本音は、自己のための世界平和を追求することだけで、エホバの崇拝は絶対的に必要なものとは考えていない筈である〕。

 ドイツに留学した石原はさすがにワンワールドの実在を知っており、大いにに頷き「どこでそんなに勉強したか?」と問い返した。「妻が親しくしていた麻布市兵衛町の日本福音教会の宣教師から教わり、自分なりに判断した」と答えた周蔵だが、実は日露戦争中多くのユダヤ人の協力を得て欧州にスパイ網を張っていた明石元二郎大将からも、教わっていた。明石は次のように教えた。
 〔欧州には、はみ出している人種がいる。ユダヤ人である。ユダヤは各国にその国の人間のような顔をして、なりすましているが、不満を身体中で支えているようなものだ〕。

 明石の言うユダヤ人は、キリスト教徒になりすまして各地の国民として生きる陰のユダヤ人で、これが本当のワンワールド・ユダヤなのである。ユダヤ教徒としてのアイデンティティを振りかざすシオニズ人は転宗者アシユケナジ人が主導したもので、セファルディムの本旨とするワンワールド思想とは矛盾する。ワンワールド・バンカーのロスチャイルドがバルフォア宣言を後押しして、イスラエル建国をもたらしたと言うが、それは建前だけであろう。

 周蔵はワンワールド思想を好きになれなかった。それは、財力知力による世界支配が確立したら、アフリカの部族のようにのんびり生きている人種が不当に抑圧されると考えたからである。また、歴史のなかで幾多の民族を融合して単一民族意識を形成してきた日本人は、今更国際化するとその利点が失われる。つまり、ワンワールド思想が秘かに抱く人種差別思想は日本人の利益を害するもの、と考えたのである。

 上原元帥の死後、石原莞爾を信奉した周蔵は、あらゆる協力を惜しまなかった。しかし、世界最終戦論を建てた石原とワンワールド勢力との関係は、実際にはどうだったのか。謎が残るが、それはともかくも、石原の思想はいわば日蓮流のワンワールド哲学であって、ワンワールドの本家に見え隠れする人種差別の思想は希薄である。だからこそ、周蔵も信奉したものと思う。

(次号に続く) 
 

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