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●疑史(第26回)ユダヤとは何か(1)
 ●疑史(第26回)ユダヤとは何か(1) 落合莞爾
 (『月刊・日本』2006年11月号 株K&Kプレス) 


 7月に始まったヒズボラとイスラエルの軍事衝突は戦争と呼んで差し支えないが、根本原因は宗教的対立にある。そこヘローマ法王が聖戦を批判して火に油を注いだので、イスラム諸国がカソリック教会に猛烈に反発し、今後も対立の激化が予想されるが、イスラム諸国会議機構の議長をつとめるアブドラ・マレーシア首相とブッシュ米大統領は、9月18日に会談し、両首脳は3教の「共通のルーツ」について「相互に学び合う」ことの重要性を確認した、という。

 3教の共通のルーツとはユダヤ教である。ユダヤ教の行者ナザレのイエスの教えに始まるカソリック教会は、ユダヤ教と旧約聖書を共有する一方、偶像崇拝とアニミズムを宿していることから、ユダヤ教がローマ神話と暗合したものと見ることができる。ローマ世界に広まった1因でもあろう。イスラム教はユダヤ教とキリスト教を起源とする新派で、大天使ガブリエルから天啓を受けた預言者ムハンマドが興したが、コーランと剣をかざして中近東を席巻し、アラブ、トルコ社会の文化的根幹となった。

 元祖のユダヤ教は民族宗教だが、他の2教は国際(世界)宗教に成長した。これら3教は「砂漠の一神教」と呼ばれ、他の神を認めないのが特徴である。パレスチナの地は、各民教が唯一神をそれぞれに奉じて雑居しているゆえ、武力紛争が起こり易い状況にある。3教の信者が共通のルーツを相互に学び合うのは善いが、パレスチナのみならず欧米にまで広がった民族間対立を緩和することが、どこまで可能であろうか。

 キリスト教がローマ世界に浸透して生まれた欧州文明が、近世以後の地上を支配してきた。ヘレニズムとヘブライズムを2大根幹とする欧州文明を理解するにはユダヤ教の理解が必須で、民族宗教たるユダヤ教を理解することは、ユダヤ人を理解することに他ならないのだが、彼らの歴史は他民族から見ると多くの謎に包まれている。それどころか、一般ユダヤ人にしても、民族の真相をどこまで知っているのか、疑わしいフシもある。それでも、ユダヤ人と日常接してきた欧米人は、知らず知らずのうちにユダヤに関する最低限の知識を身に付けており、人類65億の中で2千万人足らずといわれるユダヤ人が、地上の出来事に極めて深く関与していることを具体的に感じている。なぜか、口に出すことはあまりないが・・・。

 ところが先進国民の中で日本人だけは、世界史と人類学の基本的な知識を教わっておらず、ましてユダヤについてはほとんど理解しておらず、ユダヤの先祖と日本との秘かな関係について聞くことがあっても、本気にはしない。このため明治維新以後、ことあるごとに国際情勢の判断を誤り、迷走してきた。民族桔抗の場において必要以上に苦闘する根本原因がここにあることを気付いた人は少ないが、これでは今後国家の存立が危ないばかりか、個別企業の企業戦略さえ覚束ない。そこで本稿はユダヤについて追究し、報告する。

ヘブライ族の伝承では、民族の始祖アブラハムは、ノアの洪水の後に召命を受けた最初の預言者で、BC二〇〇〇年ころ、シュメル文明下のカルデアのウル(バビロニアの一部で、現在はイラクの領土)に生まれた。嫡子イサクの子からヘブライの十二支族が生まれ、庶子のイシュマイルからアラブ族が生まれたことで、アブラハムはヘブライ・アラブの両族共通の始祖とされる。

 召命を受けたアブラハムは一家を率いて移ったカナーンの地は、現在のシリア・パレスチナである。子孫はやがてエジプトに移るが、虐待を受け奴隷化されてしまう。BC1200年頃、その苦境から同胞を救おうとしたモーゼの面前に、
 「我は在りて在る者」と名乗る神が現れ、シナイ山でモーゼの民と契約を結んだ。これがヘブライ族のヤーウエ信仰の始めとされるが、アブラハムを召した神とヤーウエこと「在りて在る者」とは、同一神格と解されるようである。

 エジプトを出てカナーンに帰還したヘブライ族は、当初は支族間で対立していたが、やがて団結してイスラエル王国を建国し、ダビデ王・ソロモン王の時代には強盛を誇るが、ソロモンが死ぬ(BC931)や分裂し、10支族が北朝イスラエル王国を、2支族が南朝ユダヤ王国を建てた。イスラエル王国はBC722年、アッシリアに滅ぼされる。10支族はアッシリアに連れ去られ、以後は消息不明となったので、「消えた10支族」と呼ばれる。

 ユダヤ王国もBC586年、新バビロニアに滅ぼされ、バビロニアに連行された2支族は、虜囚の憂き目のなかでヤーウエ信仰を育てていく。2支族はBC538年、ペルシャ王により解放されてカナーンに帰還を許され、ヤーウエ神殿を再建する。そこは故ユダヤ王国の旧領だったから、これ以後2支族は「ユダヤ人」と呼ばれることになる。

 カナーンの地はペルシャの支配下にあったため、ユダヤ人は、日常生活を細かく規定した律法と、ヤーウエ神殿を中心とする信仰による民族共同体を作って、民族意識の統合を図った。今日のユダヤ教はこの時に成立したものである。

 その後、抵抗運動を繰り返す度に制圧されたユダヤ人は、AD132年、ローマ帝国の領土から完全に追放され、以後はディアスポラ(流浪の民)と呼ばれて、各地を流浪しながら、民族統合の象徴としてユダヤ教を強化していった。

 イスラエル王国の10支族の方は、元来はヤーウエ信仰であったにしても、ソロモン神殿を壊された後は、バール神やアシュラ神など異教の神々の信仰に傾き、2支族のバビロニア虜囚以前、すでにアッシリアから東方に消えてしまった。要するに10支族はヤーウエ信仰とは縁が薄く、ユダヤ教とは無関係である。この10支族と日本史の関係は、絵空事ではないのだが、それは後回しとしたい。

 百科事典の解説は「ユダヤ人はバビロニアから帰還した2支族の子孫で、多くはユダヤ教徒である。カナーン帰還後は移住の経路により使用言語に方言を生じ、ラディノ語を話すスペイン系(セフアルディム)とイディッシュ語を話すドイツ系(アシュケナジム)の2大集団に分かれた。世界のユダヤ人口は1966年の推計で1330万人いるが、前者は1割もなく、大多数は後者である」という。要するに、ユダヤ人とはヘブライ族のユダ族とベニヤミン族の子孫で、移住の経路によって2つの集団に分岐したもの、とされてきた。

 消えた10支族をユダヤ人に含まないのは明白だが、そこを混同する人々が多いので、本稿では10支族を含む広義の場合をヘブライ族と呼ぶことにする。故王国に因み、イスラエル人と呼ぶのが適切とも思うが、現イスラエル国民との混同を避けるためである。

 ユダヤ人に関する上記の定義は、しかしながら70年代までのもので、その後根本的な修正が必要になった。ハンガリー生れの哲学者アーサー・ケストラーが1977年、『第13番目の部族』を公刊したからである。ケストラーはアシュケナジムの歴史について述べ、「元来中東カザール王国の民であったが、8世紀にギリシア正教とイスラム教の双方から圧迫を受け、それをかわすために両教共通の起源であるユダヤ教に、人民をあげて改宗した」ことを明らかにし、「自分はその子孫である」とも言った。ここに、ユダヤ人の定義は一変を余儀なくされた。

 それまでは、ユダヤ人の謎の1つとして、同種とは信じがたい2種類の混在があった。つまり、身体形質が異なり使用言語にも大きな差があり、余り混淆しない2種の人々を、同じくユダヤ人と呼ぶことに対する疑念である。つまり、金髪・碧眼・紫髭白肌の人々を「セム族」と呼ぶのに首肯しがたいものがあったが、その疑念がケストラーにより解けたのである。アジュケナジムはトルコ系白人で、人類学的には2支族はおろか、ヘブライ族でもセム族でもない。これをケストラーがヘブライ第13番目の支族と呼ぶのは、単なる比喩に過ぎないのである。

 それはさておき、ユダヤ人はカナーンの地でユダヤ解放運動を続け、BC168年には遂にハスモン朝を建てるが、ローマ帝国に征服され、次いでローマの宗主権の下でヘロデが建てた王国もローマに反抗したため滅ぼされる。ナザレのイエスが登場したのはこの時期である。ソロモン第2神殿も完全に破壊されて「嘆きの壁」を残すのみとなり、マサダ要塞も陥落し、AD132年に最後の反乱が鎮圧された時、ユダヤ人の反乱は永久に終わった。ローマ帝国領から徹底的に追放されたユダヤ人は、イベリア半島に渡り、ディアスポラと呼ばれながらイスラム教支配下のスペインで繁栄したが、やがて半島支配権を奪取したキリスト教徒から冷遇されたので、スペインを逃れて北アフリカからエジプトにかけて拡散するが、1492年には30万人のユダヤ教徒が当時スペイン領であったオランダ地方に放逐された。セファルデイムとは、彼ら2支族の子孫を呼ぶのである。

 一方、カザール王国も11世紀にビザンチジ帝国とロジア人の挟み打ちを受けて滅び、遺民は東欧に入ってポーランドからロシアのスラブ世界に拡散し、アジュケナジムと呼ばれることになった。以上がケストラーの説である。

 改宗の際、ユダヤ人に対して10支族の中のシメオン族の末裔と称したというアジュケナジムは、その後も出自をカサール族と訂正しなかったのは、ジオニズムの純粋性に曇りが生じるのを恐れたからだという。シオニズムは「約束の地」カナーンの旧領回復を目的とする運動だが、ユダヤ王国の子孫たる2支族にとってはともかく、カサール族の後裔としては気がひける。あたかも拾った手形を交換に出す時のような後ろめたさがあるのかも知れない。

 ケストラーの説に対して、アジュケナジムの用いるイーディッジュ語が、スラブ語系ならばともかく、完全なドイツ語系であることを根拠に、疑問を呈する声も少なくない。しかしながら日韓合邦わずか百年後、今や完全な日本語で話し合う在日韓僑を見ても、民族の固有言語などは現実の前には極めてうつろい易いようで、ケストラー説を否定する根拠としては薄弱と思われる。

 ユダヤ人は、ワンワールド思想の発祥(とされる)ことで、人類史上最大の意義を持つが、それについては次号に。
 

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