カウンター 読書日記 ●杉山茂丸の実弟・龍造寺隆邦
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●杉山茂丸の実弟・龍造寺隆邦
● 53 庵主が懐抱せる支那政策案

  壮図未だ発せず大患を起し  開腹数次俎上に戦う  


 庵主は支那政策につき、また話を続けた。

 龍造寺よ、汝支那に向って日本の政策を定めんと思わば、前に云う通り先ず「支那は永久に亡びざる強国である、日本は支那の行為によりては、直ぐ目前に亡びる弱国である」と云う事を、第1の条件に置いて考えねばならぬぞ、夫から支那に対する外交手段は、他の諸外国に対する(ものと)、同様の心得ではいかぬ、世界中で外交は、支那が1番上手い、又、商業貿易、経済政策で、支那をいじめては駄目である、商業貿易は、世界中で支那が1番甘い(上手い)、又決して組織的兵力で支那を圧迫しては駄目である、組織と器械との圧迫に抵抗するには、支那は無組織と無抵抗力と云う、強き抵抗力を以て世界に抵抗して居る、往昔から英仏共に、軍には勝って支那を領有し得た者はない、支那に向っての百戦百勝は、事実に於て損をする丈けである、夫(それ)が世界中で支那が1番其の抵抗力が強いのである、故に外交と商業と軍事の支那に対する刺戟は、恰も象と云う猛獣に対する、虻や虱の刺戟であると思わねばならぬ、然らば夫を差引いて、支那政策の資料は何が残るか、さあ此の辺を知るのが対支の識者である、其の識者が今日まで殆んど世界中に1人もないのである、世界中皆無駄骨を折りて、無駄損ばかりをして居るのである、日本も正に其の1人である、今貴様は志を其処(そこ)に立てたからには、夫を知らねばならぬのである。

 克く魂を腹の底に据え、落付いて考えよ、宇宙間に造物者の所為を凌駕して、之を具体的に変更する者は、人間より外に無いのである、今富士の山を切崩して、平坦な土地にすることの事業を思い立っても、之に関する器械は出来るであろうが其の器械の能率で、組織的に何百何十年で、綺麗に平坦にする予算を其の通りに器械を運転して実行する者は、人間でなければならぬ、左すれば支那を平穏にするには、物質と予算が入用ではあるが、其の上に人間の行為と云う事を徹底的に考えねばならぬ、故に先ず支那の人間と云う事を考えて見ると、其の端緒が直ぐに開ける。

 今支那に東亜の問題に付いて、咄しの出来る《人間》が何人居るかと云うと、俺の考えでは知らざる者までを入れても凡(およそ)30人である、此の30人と議論が一致結合さえすれば、支那の事は自由自在である、其の僅か30人がなぜ結合せぬかと云えば、各個人に一種の希望があるからである、何の希望であるかと云えば、金と権力が欲しいのである、故に先ず其の希望の金を与えるとしたら、1人仮りに2千万円を与えて、其の欲望を充たすとしたら、全部で6億円でないか、そこで今度は其の権力を与えるに付いて、独り支那だけでなく、東亜の平和に対して、腹一杯に持って居る丈けの議論を吐露し得る丈けの発言権を与えて、東亜大会議なるものを組織し、其の会議員として十分の権力を揮うべき力を与えるのである、此の場合に日本は秋毫の怨望をも有してはならぬ、誠意誠心東亜の平和さえ確立すれば、何等野心は無い単を中心に定めて之を中外に表明せねばならぬ、即ち東亜の平和が先ず消極的に日本を失わぬ第1の政策であることを理解して居らねばならぬ、左すれば結論は、金が6億万円(ママ)と彼等30人に大東洋平和会議の発言権とを与うる丈けとなるのである。然るに大事の問題は彼等が其の生命財産を保ち、また其の権力を行使するの力を維持するに必要なる確固な護衛力を持たぬのである、即ち秩序維持力が無いのである、其の場合には日本の天皇陛下が之を保証して下さるのである、夫(それ)は彼等が日本と共に議定した、東洋平和会議規則の範囲限度に依て働くのである、斯る政策が仮りに確立するものとすれば、彼等は生存中に容易に得がたき金と権力とを得て、永久無限に日本及其の他の強国に侵害せられざる事になるのである、此の場合に成って、平和を希望せざる者は1人も無い筈である、扨、平和と云う事が、仮りに実現したものとすれば、茲に始めて東洋の繁栄、即ち文明の発達を企図せねばならぬのは、又相互当然の思想でなければならぬ、即ち繁栄発達せしむるには、東洋が真丸に一団となり、全世界の諒解を求める事に向って其の宣伝を発表するのが必要となるのである、曰く、

一、全東洋の資源は、全世界の前に提供せられて、其の開拓を待って居ますぞ。

二、全支那全日本の商業貿易は、全世界の力を招来して其の接触を期待して居ますぞ。

三、夫に対する秩序上の危険は、根本より一掃せられて東洋に於ける其の各自の財産と生命とは、絶対に保護せらるゝの 組織が出来て居ますぞ。

四、東洋の資源は、世界と均等共通の力に依りて開発せらるゝ事に根本的に理解確定して居ますぞ。

五、日支の両国は、全財産と全精力とを挙げて、オリエンタル・オーバアランド・エンド・オーバシー・ゼネラル・インシューランス・コンパニーの資本に投入しましたぞ、安心してお出なさい、安心して事業をお起しなさい、安心して利益をお取りなさい、と広告し得らるるのである。

 以上のような意味が、日本支那政策の根本でなければならぬ、其の外にはどんな事を試みるも、皆怨みを買い禍根を醸すの外、見るべき
成績はないのである、予は或る時、軍事当局を元老の前に引き出して、諄々と此の論を説いた事がある、

 元老曰く、「実に名論である、世界中是程穏当なる支那政策は有るまい、併し一つ合点の行かぬ事は、日支相談の上、世界に向って、『東洋の資源は無条件にて世界の前に提供するから勝手に利益を獲得せられよ、秩序の維持即ち泥棒防ぎは自費で日本が引受けて上げます』と云うと『利益は世界が取って逃げて行くに、其の事業安全の保護は日本が自費でするわ』とは道理のない事ではないか、そんな事でどうして日本の軍隊の費用は、何処から出て来るか、君は軍隊の費用は幾干(いくばく)の物と思うて居るか、殊に支那に出張すれば、日本に居るよりももっと多額を要する事になるが夫は分って居るのか」と云わるると、其の軍事当局は其の尾について「帝国の軍人は、人の営利事業の寝ずの番は御免を蒙る、第一軍隊の威厳に係わるから」と云うた。

 さあ其処で予が折り合わぬ、
「其の御両君の根性が、帝国軍人の威信を墜落し、世界に忌憚せられて終には我国を国家的盗賊呼わりをさるる元であります。
第一、軍人は平和秩序のサーバントと云うが本旨でございますぞ、夫から日本に居る時は腹干し働いて居るのですが、支那に行けば只だ増手当を取る丈けですぞ。
第二、軍隊は国家防備の完全を限度とすべき物で、果して圧制侵掠の力まで蓄えねばならぬ物でございますか。
第三、夫に我国の軍隊が、平和秩序維持専門の事業をして、何処に威信が汚れますか、防備以上の力を備えて、若し夫が圧迫を超過した侵略にまで疑わるゝの行動をしたら、何処に威信が保てますか、私は両君を前に置いて、帝国の威信を汚すものは軍隊であると叫びます。

 又元老閣下のお咄の、利益は他人が得て、秩序維持の費用は自弁とは、道理にないとの御説は一応尤ものようですが、夫が大間違いでございます、人に向ってウェルカムを云う者は、之を云う資格が無ければなりませぬ、仮りに或る商店が今日売出を致しますに付き、花客(とくい客)にウェルカムをしてどうかお出を願いますと云う其の主人の家は、其の家族中に下駄泥棒も居れば、外套盗人も居る、其の主人も隙を窺うてちょいちょい其の客人の持物をちょろまかす根性があって、客人が呼べますか、そうして其の盗人根性の取締費用は一切客人持ちとして、其の商店は客人を案内すると云う人格ある主人と云えますか、其の商店は少なくも、主僕総て一団となりて、真剣に善意を持って花客を送迎し、万一紛失物等があったら、弁償する位の覚悟が無くては相成らぬものでございます、心を静かにしてお聞きなさい、

 
 先年英米のイ(エ)ンジニヤ・クラブの報告を調査した事がございます、曰く強国が殖民若く(もしく)は未開の地を開発するには既往の統計に依るに、山岳を拓き、河川を浚渫し、諸建築をなす、所謂固定資本なる物が、資本の百分中62で、残る38が流動資本である、而して利益は大抵1割を目的とするのであると、さすれば彼等は、一朝事変があった時には抱えて逃げられない固定資本を、仮りに1千万円の資本中620万円は其の土地に投入せねばならぬのである、其の620万円は着手第一に、先ず其の土地の人、即ち東洋ならば日支の人民が頂戴するのでございますぞ、夫から1割の利益を得んには仮りに資本1千万円の或る事業に対しても、凡(およそ)3割のモンス(マンス)ペー即ち月払金凡3百万円計りは、労銀其の他の諸掛費に向って仕払わねばなりませぬ、此れも其の土地の人民が、永久に頂戴致しますぞ、即ち年額3千6百万円の仕払いである、夫に彼等の目的とする1割の利益即ち1百万円を加えて都合3千7百万円が、其の製品の売価となって世界に売出すのでございます、其の売った代価を、又持って来て其の翌年も翌年も又3千6百万円宛を日支の土人に払うて、彼は1百万円宛の利益を所得するのでございますぞ、即ち機会均等、門戸開放なるものの、日支両国の土人に対する賜物、即ち利益は仮りに1千万円の1会社を、英米の人が東洋に拵えたとしても先ず一時限りに620万円を頂戴し、次には永久に年々3千六百万円宛(ずつ)を、日支の人が頂戴するのでございます、そこで其の莫大の金を得た日支の労働者などが、セービング或は消費に対する向上は、忽ちにして購買力の増進となります、即ち其の労銀の過半は、酒を飲み煙草を吸い、毎日の放歌高唱は総て是れ民族消費の音響でございます、夫れ(それ)に対する供給の物資は、日本の努力でなければなりませぬ、四面環海であるから、原料の集収に便利である、器械と勤労の算用に敏捷な民族であるが為め、能率の増進を図る事が容易である、東亜の各国に距離が接近して居る為め、フレートその他のエキスペンスが安価である、其の結果は遠距離で、費用の沢山掛る国の商品と十分競争が出来る余地があります、斯る努力の為めに其の向上した民族の消費丈けでも莫大で、今から其の数を計算するに苦しむので有ります。、


 況んや日支の単独経営権や、合弁経営権は元の通り依然として残存するに於てをでございます、これらが世界に幾多の強国を産んだ、民族向上の顕著なる一大歴史の現象と云うのでございます、さあ斯う成った時の日本の利益は、秩序維持の軍隊費の幾倍を支払い得ると思いますか、今閣下方の権威とする、海陸の軍隊は、無用の日月を煉瓦の家の中で弁当を喰って寝て暮して居ります、幾多の軍艦は振り金玉でぶーぶー屁を垂れ、用もない海上を遊んで暮して居りますぞ、夫を世界人道の為め、東洋開発の為め、機会均等門戸開放の為めに、自発的に支那と相談をして、世界に之を高唱して其の為めに此の海陸の軍隊が、善意に努力するのが何で威信に係りますか、何で損が行きますか、私は茲に閣下方の為めに門戸開放機会均等の国家の為めに、有難い1例をお咄し致しましょう、

 昔日(むかし)浅草観音様の境内は、あの池の畔に榎の並んで居る所までで、夫れ以北は全部浅草田圃と云うて、水の溜った沼田でございましたのを、飯田某とか云う者が、1坪20銭1反60円で買って、池を掘り縦横に溝を通じて、其の土を左右に刎ね上げて、僅かに地面を拵えましたとの事故、今でも1尺か2尺も掘れば水でございます、其の地上を浅草六区と称して、門戸開放、機会均等を宣言しました処が、八方の商人が押寄せて来まして、安芝居や、女義太夫、尻振踊り、手品軽業等が集って幾多の繁栄を累(かさ)ねまして、一時は其の土地の6尺真四角の地上権が、6百円にもなったとの事でございます、さあ門戸開放、機会均等の賜はこんな物でございます、其のお蔭であの場所に、20幾万の人口が群集して生活をして居るので、即ち東京人口の10分の1は、あの場所に集って、其の利益にあぶあぶして居るのでござります、故に日支の両国は、満韓から西比利亜、松花江、沿海州、黒龍江沿岸まで、皆1坪6百円の地上権になして、世界人口の10分の1、即ち23億の人口を招集したいのでございます。只だ此処に重大なる要件は、秩序維持の法規でございます、夫が即ちちゃんと日支両国が最も鄭重に審議すべき、彼の東洋平和会議で極まる規則条件でございます、夫さえ強固に厳立して、之に対する警備さえ永久不抜の法を立て得たならば、門戸開放、機会均等位、世界に結構な物はございませぬ、
 元来が私は生れるからの軍備拡張論者でございますが、其の拡張は基礎ある計画の下にでなければ、此程恐ろしい戯れはござりませぬ、古人曰く『天の時は地の利に如かず』と、左すれば我日本は、亡ぶべき天の時は幾度有ったかも知れませぬが、地の利が世界中絶好の優勢を占めて居る為めに1度も外国に取られた事はござりませぬ、又『地の利は人の和に如かず』と申しますが、此程地の利に富んで居ても、人の和には敵いませぬ、其の人の和が3千年の訓練を経て、1種義勇の風を成して居ますから、相待って他から掠奪せられなかったのでございます、第1絶東と云うて世界の絶倫に位して、気候が中温である、夫から強国は、太平洋5千海里の向うか、又は印度、ベンガル、スエズ、地中の諸海洋を隔てておりますが、まだ器械の進歩は、北海を隔てゝ戦う程になって居ませぬ、今仮りに米国が1万噸(トン)の軍艦1艘を以て日本を敵として攻撃するとしても、其の燃料が1昼夜3百噸と見て、バンカ、ハッチに1千噸入るとし、3昼夜をはしったら、其の軍艦は息の切れた人間のように、船の土左衛門であります、左すれば又3日の航海をなさんには、又1千噸の石炭船がお供をせねばならぬ、又其の3日の後は又1千噸の石炭船がなければ、9日の航海は出来ませぬ、日本の海岸まで来るには、少なくも五艘や6艘の壱千噸の石炭船を、お伴に連れねばなりませぬ、其の石炭船に、又護衛艦が入用です、夫から日本の海岸に其の軍艦が到着した丈けでは駄目だ、夫(それ)が活動する丈けの石炭供給船が、米国から日本まで続き続きて供給して呉れねば、其の軍艦の活動は出来ませぬ、一般の軍艦でさえ夫です、少なくも日本の艦隊を打潰す丈けの軍艦に供給する運送船でも、米国から日本まで幾千万艘を要するので御座います、其の運送船を米国から日本まで連続せしむる丈けが、現代ではまだ不可能の事であると、欧米の軍事当局にはちゃんと勘定が出来て居ります、さあ御覧なさい、それ程不便な所に日本と云う国を建国して呉れた人は誰です、吾人は伊勢の天照大神宮様にお礼を申さねばなりませぬ、夫から此の民族を教養する事、茲に3千年にして、世界から見たら一種の狂人とも云うべき敵愾心が練習して有ます、其の上日本を亡ぼす丈けの軍艦を、東洋にもって来たらば、其の軍艦と兵士との食う物資がございませぬ、東洋には熱帯地も有って、1年に米が2度出来、4度も筍の生える土地は有ますが、夫は皆地の底に有る物資でございます、そこで東洋を攻略する為め、欧米の強国は、其の物資収集及製造所から拵えて懸らねばなりませぬ、好し夫程にして日本を取ってどうかと云えば、土地狭小にして山岳多く、水力燃料とも不完全にして、経営の十露盤(そろばん)が持てませぬ、1本の狭軌鉄道を布くにさえ、1,2マイルカーブと勾配なしでは出来ませぬような貧弱な国柄である為、只で貰うても引き合わぬと云う事を独逸と米国の参謀局はちゃんと数字を示して発表致しています。

 夫ご覧じませ、人の取って引き合わぬような処に、国家を建設してくださったお礼はまた伊勢大廟に申し上げねばなりませぬ、其の上寒熱帯の分岐点に在るが為め、気流の険悪は世界1で、元寇の乱から、今度の日本海の海戦まで、皆之を神風々々と云うて居るではございませんか、夫で世界は屹度確実に日本は欲しくない厄介千万である事を自白して居ます、只支那が欲しい為めに、総て日本に考慮の交渉を持つのでございます、故に日本の軍備は国家の防備を限度とし、次ぎには東洋の秩序維持を限度として、其の得たる平和は、夫程欲がる世界の前に、支那と共にさらけ出して、両国の誠意をさえ披瀝すれば、東洋は只だ向上進歩する計りで、来る物は幸福より外ござりませぬ、夫は門戸開放機会均等を、日支の自発的に発表するのでございます」と、予が攻め付けたので、其の元老と軍事当局の人は、永年の日支交渉の方針を誤まって居た事を繰返して、全然同意をして呉れた事があった。

 併し斯る大局の大議論は、50年弁当飯に馴れた役人には中々実行が出来ず、俺は爾後怏々(おうおう)として沈黙して今日を送って居る所であるから、予は、貴様が今度の支那行を賛成すると同時に、此の意義を含ませて、彼の地の志士をして、此の議論の圏内に入れたく、斯くは心中を披瀝して云い聞かす訳であると云うた所が、龍造寺は手に持った1杯のコーヒーも、水の如く冷えて頭と共に冷化して仕舞い、暫くして初めて口を開いた。



 「お兄さん、私は初めて支那と云う物の咄を聞きました、否、日本と云う物の咄を聞きました、今日まで私の考えて居った事は、全部間違うて居ました、是から好く前後将来の事を考え、大略の方針を極めまして出発する事に致しまする」

 と云うて、其の日は別れたのであった、夫から数日の間、音信も無かったが、其の月の22日に愈々新橋から出発すると云うから、庵主も夫是(それこれ)と気を配りて、其の日の時間前に馬車を共にして新橋停車場に往ったが、見送りの人など1人も来て居らぬから、

 「家族も書生も朋友も誰れにも知らせぬのか」
 と聞くと、

 「是はお兄さんの米国行の例に倣うたので、家族共には見送りを禁じ、友達には乗船後知らせる積りでございます」
と云うから、

 「夫(それ)もそうだ、1人の真身の兄が見送る以外、別に見送人の必要もあるまい」
 と云うて居る中に、段々時間も切迫して来て、多くの乗客も立騒いで来た頃に、龍造寺は一寸用達(ちょっとようたし)に行って来ますからと云うて、便所の方に行った、暫時待って居ても来たらず、もう発車の振鈴(しんれい)が響いてきたのにどうしたかと、気を揉んで居ると、1人の赤帽が来て、

 「龍造寺の旦那が一寸貴方を呼んで来て呉れと申されます」

と云うから、一寸吐胸を突かれ、便所に馳せ付けて見ると、龍造寺は小便所の階段の上に立って居る、其所に行って先ず一驚を喫した。それは彼の横長き尿樋の流しは全部鮮血が漂うて居る。

 「どうしたのか」
 と聞くと、

 「何だか分りませぬが、放尿後尿道より出血してどうしても止りませぬ、此の通り尿口を摘んで居りますが、出血が尿道に充満仕ますから、離すと此の通り滝のように出ます」
 と云う中、見るく顔色も蒼白を呈して来たから、此れは大変と思い、直ちに車を飛ばせて龍造寺の親友なる、木挽町の池田病院に連れ込んだ、院長は直ちに診察をしたが、何だか原因が分らぬ、種々手当の結果、一時出血は止まったが、又放尿時になると出血を伴うので、暫くは大騒動である。其の中池田院長の診断で全く膀胱内よりの出血と極まって、其の施術を行うたので、稍緩和して、10数日の後退院するの運となった所が、自宅療養後、数日の後、又々出血を初めて、体力も漸次弱るから、今度は順天堂に入院せしめ、阿久津博士の専門治療を受けて居る中、膀胱鏡などにて実見の結果、いよいよ膀胱癌と病名が確定して、入院より7日目位に腹部を切開して膀胱内より葡萄の実の加き物を幾房となく取出し、内部を電気で焼灼(しょうしゃく)して、一旦施術は終ったが、是が龍造寺最終の病気とは素人の庵主に気も付かず、只だはらはらと心配ばかり仕て暮して居たのである。

  ●53   <了>。 
 

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