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●杉山茂丸の実弟・龍造寺隆邦

 『百魔』 魔人龍造寺隆邦

 ●44 家運挽回に志す勇少年  <続> 
 


 と、是を聞いた養母も、只の者ではなかった、

 「お前さんが今一々私に咄す事は、よく分りましたから、私も一切決心をして、お前さんの云う通りに任せますが、何様お前さんが柄は大きいが、年が11じゃから、そんな仕事を仕終るかどうか、夫(それ)を第一に心配仕ます」

 「いえ、夫(それ)は御心配に及びませぬ、私の実家は兄がまだ幼少の時に、実父が熱病で精神が昏耄(こんもう)しました時に、兄が幼年で家督を相続して、母が一切兄に任せて一家を経営した事をよく聞いて居ますから満更やり切れぬ事もござりますまい、又仮令(たとい)遣りそこねて全くの失敗になりましてからが、夫を限りと思うて下されば良いではござりませぬか。夫がお母さんの御決心と云う物でございます」

と、淀みもなく述立てたので、養母は店の有金全部と、自分の貯金等まで集め、又、父が内所の金をも集めて茲に5700円を計上したので、養母は具申の金700円を自分の手許に置き、全くの背水の陣を張りて、残りの5千円を11歳の龍造寺と云う小僧の養子に渡したのである。
庵主は今も人に咄す事があるが、人間が大節に臨んで為す決心は女性でも男子を凌駕するものであると、此の養母は全く男勝りの人であったと思う、龍造寺は其の金を受取って、扨(さて)是からどうしたであろうか。

龍造寺は母より5千円の金を受取り、母と相談の上、父の病気見舞いにとて、他より送って来て居る菓子折の底を二重にして彼の金を入れ、上に綺麗に菓子を並べ、夫を又病気見舞の贈物の体に拵えて風呂敷に包み、弁当其の他の旅装束も洩れなく拵え、夫から母と共に父の枕辺に至りて介抱し、鶏鳴頃にも成ったので、父の寝顔に対して丁寧に暇を告げ、母丈けが呑込みで、家内は誰も知らぬ中(うち)に我家を飛出したのである。
龍造寺は家を出る時、店先きに有った○に一の字の入った、材木商の★極印入りの鉄槌を一挺提げて出たとの事、(此の材木に打つ極印は、柄の長き鉄槌の小口に、自家の印の文字を彫りて、夫を以て材木の切口にとんとんと打込む道具である)夫より龍造寺は、川傍(かわべり)街道を夜と共に辿りて、豊後の日田の郷へと向うたのであるが、易水ならぬ千年川、流れも寒き暁の、草葉に宿る露にさえ、幼な心の儚なくも、一家の安危と父母の、身に降りかかる災難(まがつみ)を、我身一つに引受けて、道の2里ばかりも来た時、路の側なる庚申の森の中から、一人の男がつかつかと出て来て、じーっと龍造寺の顔を覗き込んだが、東雲の光に分かったか、

「おや、貴方は西原の若旦那ではございませぬか」
 と云うから、龍造寺はぎょっと度肝を技かれたが、能々見ると店で使う船頭の要吉であるので、少し落付き、
 「要吉じゃないか、今頃何の為めにこんな処に居るか」

「私は船の方は元通りのからから川では駄目でございますから、漁師の利蔵と組んで、鰻の穴釣りを仕て、僅かに渡世をして居ります、夫で今利蔵の来るのを待って居る処でございますが、若旦那ぱ今頃どこへお出になりますか」

「俺は親父の使いで吉井の親類の病人を見舞に行って、夫から日田に行くのじゃが、お前は俺の親父もお袋も探して居たぜ、夫は俺を一人日田に遣るから、要吉でも附けて遣らねばならぬと云うて居たから、俺が酒代を遣るから、お前ぱ是から直ぐに日田のカネ又の店に往って、待って居てくれ、鰻釣りなどはもう今日から止めよ」
 と云うたので、要吉は大変に喜び、

「夫(それ)は有難うございます、夫では吉井まで若旦那をお送りして、夫から直ぐに日田に参る事に致します。併し大旦那の御病気はどうでございますかな」
「ああ、親父の病気は、此の45日前から大変良くなって、お医者方も皆口を揃えてもう大丈夫じゃから安心せよと云われ、熱も下り食物も段々食べて来たよ」
「へぇ夫は結構でございます、昨日友達に聞きましたら、此の23日が危険い(あぶない)のだと申しましたから、私はがっかりして居た処でございました。永年お出入りを仕たお店の大旦那も、今度と云う今度は、もうお別れかと思うて居ますが、夫はまあ結構な事でございます、さあ若旦那、往きましょう」
 と云うて先に立つから、龍造寺も共に道を辿ったが、其の道中で要吉が咄に、
 「若旦那、是程春口から夏口を追通(おっとう)して、旱り続いたお天気も、もう10日と立たぬ中に、大雨に成ますぜ、一昨日の朝から、高良山(こうらさん)に雲柱が立始めました。今度雨の足さえ見ましたら、筑後川一帯の人気は大変な物でございましょう。そこで一儲けせねばなりませぬと、昨日から力瘤(ちからこぶ)を入れて待って居る処でございますよ」

之を聞いた龍造寺は、我家の厄難と境遇との全部を洗い流す、天上の神の福音ではないかと、耳に響いたのである。兎角して往く中に、吉井駅の棒鼻に来たから、幾千(いくら)かの小遣銭を遣って、要吉を直ぐに日田に馳せ上らせたのである。
夫から龍造寺は、何様数日父の介抱にて、毎晩の徹夜をしたので、父の知る辺の吉井の宿屋に立寄りて、昼より其の夜に掛けて十分に寝て、暫く不足した睡眠の疲れを取返したのであった。夫から其の宿屋には程能く(ほどよく)云いなして、其の家を立出で、心窃かに今後の大勇断、大勝利を期して日田の郷へと向うたのである。

名にし負う九州の大河たる筑後川は、彼の山陽の詩にも有る如く、忽然として激流急湍(きゅうたん)なるかと思えば、見る見る長湖一帯鏡の如くなり、山渓は長え(とこしえ)に緑樹の影に添うて、幽遠四方を囲むの仙境に辿り込むのであるが、大事を荷える幼稚の龍造寺には、脳中更らにそんな考などはなく、只だせっせと足に任せて進んだが、とうとう日田を距る(さる)4里ばかり手前の山中にて、日がとっぷりと暮れた。気は勝って居ても子供の足、疲れに疲れて引摺る如く、草鞋の紐の食込みに、痛む踵を厭いつつ、爪先き上りの山道を、上る処に向うより、下り来る一人の男、.突然に、
「小僧待て」
 と云うて襟髪を摑んでで引止めた。龍造寺は恟り(びっくり)して、薄明りに透し見る中に、ぷうんと酒の香が鼻を突いた。ははあ、酔払いじゃなあと思い、
「叔父さん御免なさい」
 と云うと、其の男は濁声高く、
「小僧、汝が頚に括って居る風呂敷包は何だ。金になる物なら小父に渡せ。俺は士族じゃ、軍用金に入用じゃ、さあ渡せ」
 と云う。(此の頃は前に書く通り、両肥、両筑、鹿児島等の間は、何時爆発するやら分らぬと云う物騒の形勢であったので、正真の士族が軍用金じゃと云うて押込や追剥などする。又、全く贋物の士族泥棒と名称詐欺で追剥等をするものが、豊後路には沢山あったのである)龍造寺は平気で、

「叔父さん、此の風呂敷包はお菓子だよ、叔父さんお菓子を喰うのなら遣るよ。私は川下の材木屋の小僧で、お使いで日田に行くのじゃが、是は主人が託けた(ことづけた)病人見舞のお菓子だよ」
「何、菓子などが喰われるか、どれ見せよ」
 と云うので、仕方なく頚から卸して開いて見せると、其の男マッチをパッと付けて蓋を明けて見て、
 「むう成程、菓子だ。早く仕舞え、そして酒代になる程銭は持たぬか」
 と云うから、
 「むう、叔父さん酒を呑むのなら、私50銭なら持ってるよ。併し此の先のお春婆さんの茶店に行けば私本当に懇意じゃから、いくらでも酒を呑ませるよ」
 「むう、其の茶店はどこじゃ」
 「今叔父さんが通って来た、45丁向うの小滝の落ちている、大石の曲角の一軒茶屋だよ」
 「む・・・そうだな、好し夫ならそこまで迹返えろう、小僧は中々の気転者じゃのう」
 と、呑気な泥棒もある者で、其の店に着いたから龍造寺はつかつかと這入って、
 「お春婆、今晩は」(幼少よりしばしば父に連れられて来たから此の婆と懇意である)
 「おや、西原の若旦那、夜々中今頃どうして入らしった、大旦那も御一所でございますか」
 「いや、親父さんは明日迹から来るよ、又、要吉も来る筈じゃ」
 「はあ、要吉どんは昨晩方此処を通りましたよ。おや、お連れ様でございますか」
 「むう、此の叔父さんはね、私の路連(道連れ)で、此まで送って来て下さったお方故、お酒をたんと上げてお呉れお父さんが払うから」
 「へいへい畏りました。さあ貴方こちらでゆっくり召上りませ」

と云うので、泥棒はのそのそ婆の云う処に行って、ぐいくと飲んで居た。其の中下地が飲んで居たものと見えて、急に酔いが廻ってきて、こくりこくりと睡を催して来たので、龍造寺は婆に小声で、

「お婆さん、どうしても私は今夜の中に日田に着かねばならぬから、此の家の爺さんが隣の小屋に繋いで居る、あの駄賃馬で送って貰いたいが、駄賃は50銭遣るから」(其の頃1里=五銭から六銭位であった)

 「えーえー若旦那、そんなに下さればお爺さんは大喜で夜通でも参りますよ」

 と云うて、隣の馬小屋で馬の始末を仕て居た親父の処に婆が駈けて行って、相談を極めて来て、龍造寺はまんまと此の爺の馬に乗って、日田に着いたのが夜の9時過ぎであった。夫より警察署の前でぴったり馬を止めさせて、龍造寺は馬方と共に、「今是々の追剥を欺き、酒を与えて滝の一軒茶屋に止めて置いたから」と訴え出たので、警部はソレと一隊の警吏を伴いて馳せ向うたのである。是より龍造寺が材木買占めの商略を開展すると云う咄しである。

因に日う、彼の一軒茶屋に酔潰れて寝て居た追剥は、豊前の炭山から流れ来たった、極低級の泥棒であったそうじゃが、幼年にして金を持って居た龍造寺の驚きは嘸かし(さぞかし)であったろうと察しられるのである。

 ******************

 ●44 家運挽回に志す勇少年  了。


 ●45 11歳の少年大山師 へ。

  


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