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●陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 15-2
 ●陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 15   
   薩摩ワンワールド総長・高島鞆之助の代理人こそ杉山茂丸

 ●定説と矛盾する新資料が背負う運命と検証の困難

 巷説、台湾経営の成功は児玉総督、後藤民政長官のコンビに負うと言う が、真相はどうか。

 本稿が紹介した堀雅昭『杉山茂丸伝』は、★「其日庵資料館」というところから、筆者の想像による部分が多いとして、批判を受けている。しか   し一般論として言えば、既公開の資料はおよそ遺族ら関係者に都合の良い もので、言い換えれば、遺族・関係者らが公開資料を私物視して、史   実の解釈を独占しすぎるきらいがある。

 
 [註] ★「其日庵資料館」は次からどうぞ。(←左のリンク先からも)
    ●其日庵資料館  http://www1.kcn.ne.jp/~orio/sonohi-an/sonohian_idx.html
    ★虚構と妄言の偽伝 -「杉山茂丸伝」批評-
      http://www1.kcn.ne.jp/~orio/sonohi-an/shohyo002.html
      日付は、2006年2月5日となっている。 
  
 
 好例は画家佐伯祐三で、従来の公開資料なるものは、祐三生前から作品に加筆していた米子未亡人が、亡夫の画業の真相を隠すために広めた虚説に符合する資料の集成である。西本願寺の末寺・光徳寺に生まれた佐伯は、北野中学以来ずっと大谷光瑞の諜者であったが、自身がそのことを□にしなかったのは当然で、実家でも兄・祐正以外はそれを知らず、公開資料にも「諜者一件」を示唆するものは一切含まれていない。こうした状況の中で、定説と矛盾する新資料が出ると、関係者はまず感情問題に因われ、新資料を容認しないのが一般的性向である。佐伯の真相を追究した私はそれを実感したが、本誌から新発見の資料『周蔵手記』を解読・解説する場を与えられ、巷間一定の理解を得るに至ったのは希有のことで、ありがたい。

 堀の前掲著は、新資料の発見というより、公開資料を検討した上で新しい杉山観を打ち出したものである。検証作業が必ずしも充分ではない中で、杉山を暗殺魔なぞと断ずれば、遺族・関係者の感情を逆撫ぜするのは当然で、細かい点では批判を受けとめるべき部分もあろう。しかし関係者は従来、杉山の遺した資料をひたすら奉るだけで、大策士だの超フィクサーだのと怪物視するに終始し、当時の日本社会の真相に即した立体的な解読を志さなかったきらいがある。これに対し堀氏の説は、従来の杉山観を改める契機を提供したものとして注目される。尤も、杉山側からすべてを見た一面性には注意すべきである。

 ●台湾経営の根本を策定、成功に導いたのは・・・

 明治25年8月、児玉源太郎は欧州から帰国の船中で、高島陸相の辞任に接した。新任次官の児玉が前陸相に挨拶に伺ったのは、突然の辞任のため高島がまだ居すわっていた陸相官邸であった。4年後の明治29年9月、高島は再び陸相に就くが、陸軍次官は依然児玉であった。第二次松方内閣は、台湾経営に莫大な国庫補助金を傾けたとして31年1月を以て崩壊、第三次伊藤内閣が成立し、蔵相も松方から井上馨に代わる。高島は陸相を解任されて予備役編入、同時に児玉次官も第三師団長に転じるが、翌月乃木総督が休職するや総督に補せられた児玉は、内務省衛生局長の後藤新平を抜擢して3月に民政局長、6月には民政長官にした。

 堀前掲著は述べる。「台湾経営の成功は児王源太郎(台湾総督)と後藤新平(民政長官)の裏側に杉山茂丸がいたからだといわれている。当時を知る陸軍中将の堀内文次郎によれば、茂丸と児玉とは異体同心だったということだ。茂丸の意見はことごとく児玉に採用された。というより、茂丸の考えに児玉が従う形で台湾経営が行われたといってよかった」。この言は蓋し耳目を欹てる。スキー界の先人として有名な堀内は、宇都宮太郎大将と同期の士官生徒7期で、31年合湾総督副官となり、台湾文庫の前身たる台北図書館の発起人に名を連ねた。

 「台湾経営については杉山が児玉を指導していた」との堀の指摘は正しいが、ここで止まってしまうと、「其日庵資料館」のみならず、一般の児玉・後藤ファンからも、「そんな馬鹿な」との批判に会う。それはしかし、杉山の背後勢力を推量しないからで、本稿のごとく高島鞆之助の側から観れば、たとい文献資料が見当たらなくとも真相を洞察することは難しくない。つまり「6年前に陸相官邸で児玉を杉山に引き合わせた高島が、ずっと杉山の裏で糸を引いていた」と観るべきだが、その逆に「杉山こそ日本ワンワールドの中心で、児玉は勿論、薩摩ワンワールド総長高島さえも、杉山が糸を引いていた」との仮説も成り立つ。いずれが正鵠を得たるか、究極的には後の仮説が正しいと思えるが、当面は★高島主体の仮説を進めていく。
  

  堀説のみならず台湾経営に関する所説は多数あるが、どれにも高島の名を見ることはない。しかし高島は、29年4月から30年9月まで拓殖務相に就き、台湾経営の最高責任者として樺山総督とともに、台湾治政の柱として官業政策を練ったことは間違いない。二人は薩摩藩士として薩摩藩の特産品専売政策に通じており、台湾特産の砂糖・樟脳、および島民間に需要の多い阿片と煙草に注目して、専売政策を練ったのである。29年6月に樺山と交替した桂太郎は短期間の腰掛けで、実際は赴任せず、乃木希典が29年10月から31年2月まで第三代総督に就く。桂の後任に乃木を推挙したのは、折しも総督府の監督役で、乃木の大阪時代の上官だった高島の可能性が高い。桂・乃木時代の台湾行政は、ゲリラ討伐に明け暮れて実績に乏しいと評されるが、30年に阿片、32年に樟脳と食塩について専売制度を実施した。台湾専売制度の根幹は、右の経緯を見ると、高島が立て乃木はその路線に忠実に従ったものと分かる。


 31年1月に陸軍次官から第三師団長に転じた児玉は、わずか1ケ月で乃木の後の合湾総督になるが、この人事も、数か月前まで陸相として児玉の上司であった高島が推薦した可能性が高い。24年10月からの欧州出張で、ワンワールド最高首脳にお目見えしてきた(と思われる)児玉は、高島の背景を十分理解していた。挨拶に行った陸相官舎で、児玉が高島から杉山を紹介されたのは、決して偶然でない。二人はしだいに接近し、やがて杉山の指示通りに、児玉が(後勝新平を使って)台湾経営を実行していくのである。 

 
 それにしても、高島はなぜ自ら敷いた台湾行政の後事を、乃木・児玉ら長州勢に託したか。敢えて疑えば、薩摩ワンワールドはこの頃から、軍政や内務行政など表面的権力を長州勢に譲り、自らはワンワールド流に「隠れ長老」を決め込んだものと思う。そこで、薩摩長老の意を受けて長州権力との間を周旋したのが若干30代の杉山茂丸であった。なぜ杉山がその役割を担ったのか。それが明治史最大の研究課題だが、鍵は龍造寺家にある(後稿で述べる)。

 
 **************

 ●閑話休題

 2月14日の記事で、
 [傑作★『犬神博士』より。]と題して、次のように紹介した。

 ・・・興味深いのは、ここ(夢野の『犬神博士』)で示されている、玄洋社の楢山(頭山)と安場の交際の「印象風景 描写」=「場面描写」の見事さである。・・・以下略。

 これと全くと言っていいほど同様な「脅し」といって支障があれば「圧迫」を、日露開戦ムードのたかまるなか、頭山(当時48歳)は、伊藤博文に向かって仕掛けている。

 黒竜会編『東亜先覚志士記伝・上』の当該部を紹介すれば、次のようである。

 ・・・頭山はまたズイと椅子を進めて、伊藤公に向かい『伊藤さん、あんたはいま日本で誰が一番偉いと思いますか』と意外きわまる一問を放った。
 明治政界の第一人者として、われも許し人も許す伊藤公も、この意外なる質問にたいしてはただちに答えることも出来ず、しばらく躊躇逡巡していると、頭山は粛然と襟を正し、『おそれながら、それは天皇陛下に渡らせられるでしょう』と言った。
 荘重なるその一語に一座襟を正すうち、頭山はさらに『次に人臣中では誰が一番偉いと思いますか』と二の矢を放ち、伊藤公が黙して頭山の顔を見守っていると、『それは、あんたでしょう』と唸く(うめく)がごとくに言い放ち、『そのあんたが』と厳然として辞色きびしく『この際しっかりして下さらんと困りますぞ』と圧しつけるごとく言い放った。
 ここにおいて伊藤公もはじめて胸襟をひらいて頭山らの意見を迎え、ついに『その儀ならばご心配下さるな、諸君のご意志のあるところは、確かに伊藤が引き受けました』と断言した。
 頭山は『それだけうけたまわればもうよろしい、サア、皆さん帰ろう』と河野ら(対露同志会の面々)をうながしてゆうゆうと辞し去った。

 

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