カウンター 読書日記 ●『期待と回想』 鶴見俊輔
読書日記
日々の読書記録と雑感
プロフィール

ひろもと

Author:ひろもと

私の率直な読書感想とデータです。
批判大歓迎です!
☞★競馬予想
GⅠを主に予想していますが、
ただ今開店休業中です。
  



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


●『期待と回想』 鶴見俊輔
●『期待と回想』 鶴見俊輔 朝日文庫 2008.1.30
(原著は1997.8月刊 晶文社。) よりのメモ。

 4.転向について(質問者は北沢恒彦 日時は1993.9.25)

 ★転向よりも重要な問題  p216~


 いま自分は「転向」よりも重大な問題があると考えるようになった、と最初におっしゃいましたね。それはどういうことなんでしょう?

 転向論をやってるあいだは何でもかんでも転向と結びつけて解釈していたけど、30年たって、いまの私は、転向は人間のもっとも重要なテーマじゃない、という感じがしているなにがもっとも重要なテーマかというと、「生きていていいのか」「なぜ自殺しないのか」という問題なんですよ。哲学の問題としては、転向よりもこっちの方が重いんですね。
  
 この考え方に光を当てるために、『西田信春 書簡・追憶』(土筆社)という本を待ってきたんです。石堂清倫(社会思想研究家)、中野重治、原泉(女優。中野重治と結婚)の三人の共著。本のタイトルになってる西田信春という人は、戦前の日本共産党の九州地方委員長だったんだが、警察のスパイだという説があった。当時の共産党の資料は調べることができませんから、戦後もながくスパイだったと思われていた人なんです。

私がこの本と出会うのには因縁があってね、夢野久作(作家)の伝記を書いていたときに読んだ。夢野久作が福岡で秘書役に採用した紫村一重という人物がいるんです。当時、かれは共産党員ということで起訴されて裁判が進行中だった。にもかかわらず夢野はかれを自分の秘書にした。紫村は転向したんだけど、底の底までは転向してなかった。監獄で雑役をしていたとき、自分たちの指導者を売った西田信春のことを探って、とうとうかれの警察調書を発見するんです。それを読んで西田はスパイどころか、拷問にあっても自白をせず、警察署の階段をズルズルと何度も頭から落とされているうちに死んだということがわかった。逮捕されたのが1933年2月10日で、死んだのが翌日です。その事実を警察は嘱託医をごまかして、「職務熱心でこうなりました」といっている。

 そのことが戦後になって明らかにされた。それは西田と交渉のあった中野重治や石堂清倫にとってはたいへんなショックだったんです。それでこの本ができたんです。

 この本に西田の配下だった前田梅花の書簡がおさめられている。西田にはハウスキーパーがいた。北村律子というんです。この北村律子は笹倉栄というスパイと結婚していた。そのことで前田は、西田の疑いが晴れたあと、「なぜあんたは西田ではなく笹倉と結婚したのか」と律子を詰めるんです。それに対して、律子は「たとえかれがスパイであったとしても、私はかれを愛しているから離婚するつもりはない」と答えた。前田は、それはいやだな、と思うんですけども、ついに最後は気持ちの整理がついた。「笹倉は許さなくても律子は許してやらなくてはならないと思いました。西田が遠いところから、ああもういいよといっている気がしますね」。これが前田梅花の最終的な結論なんです。

 政治行動というのは表面のことのように私には思える。それに魂を奪われたくない。スパイと一緒に暮らすことは悪いことなのか。かならず離婚しなきやいけないのか。私は、政治思想を共にしなくても、旦那がスパイであっても一緒に暮らしていくのは一つの立場のよう  な気がします。前田梅花が最後に達した結論は私には理解できる。転向よりも裏切りよりも深い問題がある。転向者として同志を売るようなことをやって、どうして生きていったらいいだろう。そこで自殺するという考え方もあるでしょ、熊沢光子(てるこ)のように。生命のかたちはそれを否定するものとの葛藤なのであって、そこまで降りていくと政治的転向より深い問題に出会うと思いますね。

 生命のかたちはいつでも生命の否定とない合わせになっている。どうしたら生きていけるのか。いっそ自殺しようか。それが根本の問題なんです。転向研究から離れたあとの30年で、私の中に定着した考え方なんです。
 私の姉はアメリカに行ったときからマルクス主義者で、その後、離れた。そして親父が選挙戦に出て倒れたのち、ひとりで膨大な借財を整理して親父の面倒をを見ていたんです。ところがプリンストン大学で博士号を取るためにアメリカに行かなければならなくなった。姉のほかに私と妹、弟と三人いたけど、引き受け手がいなくて、結局、私が家にもどってしばらく世話をした。私は1951年から15年間、親父の家に足を踏み入れたことがなかったんですけどね。

 思想の表面だけを見れば、姉には一貫性がない。だけど彼女が親父の面倒を見ていたから、私はデモとか座りこみとか自由にやることができた。親父が倒れたあとだって一文も家に入れたことはありませんよ。もし姉がいなかったら私が親父の世話を引き受けなければならない。社会的、政治的な活動もしなかったでしょうね。家のこと、親父のことを考えると、姉に対して頭が上がらない。そういう問題があるんですよ。著作の上での一貫性とはちがう問題がある。転向だけを問題として他人を押しまくることはできやしない。それが現在の立場ですね。転向よりも重大なものがあるということなんです。

  <続く>
 

スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://2006530.blog69.fc2.com/tb.php/446-79229267



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。