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●『ノモンハン隠された「戦争」』 ・エピローグ
 ●『ノモンハン隠された「戦争」』

  エピローグ より 。


 ・・・「ノモンハン事件」は、太平洋戦争の序曲でもあったのです。

 これは、2年前に私が記した番組冒頭のナレーションである.
 1999年は、日本でさまざまなことが起った。番組の取材を始めた4月末から、8月中旬に放送されるまでのわずかな期間に限定しても、国会議事堂の中では小渕内閣のもと「ガイドライン関連法」「国旗国歌法」「通信傍受法」「住民基本台帳法」という懸案の法案が次々と成立していった。

 私は、ロシア、モンゴルを旅しながら、以上の法案が立て続けに通ったという国際ニュースに接し、いま、日本では一体何が起こっているのかと考え続けた。

これらの法案がいずれも私たちの生活を「開放」する性質のものではなく、「管理」する性格を内包しているであろうことが、私にとっては深刻な問題に思えた。

 それと同時にこの期間、1930年代の「事件」を追って取材の旅を続けていた私は、その年代における「国家的」動静とそこに底流する「国民的」情念のようなものに触れる機会が多かったため、それらを現実に暮らす1999年と比較してみることが多かった。その結果、私には二つの時代が極めて似通った国際的・国内的ストレスを抱えているように思えた。

 言うまでもなく、1930年代とは、日本が敗戦の破滅に向かって突き進む準備段階の期間で、あった。

それは1929年10月のニューヨーク株式市場株式市場大暴落が連鎖的に引き起こした世界恐慌によって幕を開け、31年の満州事変、32年の満州国建国、35年の天皇機関説問題、36年の二・二六事件と日独防共協定、37年の日中戦争勃発、38年の国家総動員法公布という、相互に因果関係をもって連続した事件・立法が重ねられた季節であった。その週末的局面が39年の「ノモンハン事件」だったと言えるだろう,

 この「ノモンハン事件」によって準備された新たな種子が、翌40年の大政翼賛会政治で十分な水を吸収したあと、41年「アジア太平洋戦争」開戦となって発芽、その戦城の広がりとともにアジア中の地中に根をはびこらせて行く。

 国際情勢も国内情勢も経済も異なり、単純にこの図式を現在に当てはめるつもりはないがある種、通底するものを感じ、戦慄を覚えるのは私の「臆病さ」ゆえのことだけだろうか。
 
1990年代は、91年の株価・地価暴落に始まる「バブル崩壊」を出発点とし、出口のない経済不況の中で、抑鬱したエネルギーが充満、ときに暴発する事件が相次いだ。このような社会的不安は誰しもが認めざるを得ない時代事実であろう。その10年の締めくくりの年に、いままでいくつかのストッパーがかかっていた法案の留め金が外れ、堰を切ったように成立していったことは、極めて象徴的なできごとのように思えるのである。

 警戒しなければならないのは、こうした社会的不満・ストレスを「国家」的「公」優先の論理でからめとり、各々が自律的に持つべき「公」的主体を「国家」に一極集中してゆこうとする権力側の心理誘導操作である。化け物のように巨大化した怨念や鬱屈は、やがてその餌食を物色し始めるだろう。その駒に使われるのは必ず市井の名もなき人々である。

 「国旗・国歌」は公的に決めたというだけのものであるから強制はしない、という。しかし、教員人事問題をからませた圧力をもって、全国の小中学校に式典での掲揚・唱和を強制する力が働く。児童・生徒が主体的にそれを拒んだところには「国を愛する心」がないとして、誹膀されるような事態も起こっている。私は、そのことを知るたびに、1938年の「ノモンハン事件」勃発前年、大陸侵略を続ける「国家」に抵抗したために「売国奴」呼ばわりされた一人の女性の声を聞くのである。 


 「お望みならば、私を売国奴と呼んでくださってもけっこうです。
決して恐れません。
他国を侵略するばかりか、罪のない難民の上にこの世の地獄を平然と作り出している人たちと同じ国民に属していることの方を、私は大きい恥としています。
ほんとうの愛国心は人類の進歩と対立するものでは決してありません。そうでなければ排外主義です。しかし、何と多くの排外主義者がこの戦争によって日本に生まれたことでしょうか」
 
 
 反戦運動家・長谷川テルのこの叫びこそ、雪崩をうって狂気の道へ転がり落ちていった「国家」が聞くべき声であったと思う。

 ナレーション原稿には、その危惧を、「ノモンハン事件は、太平洋戦争の序曲であった」という歴史的事実から、私なりに表したつもりだった。

 2001年3月現在、再び「教科書検定問題」が浮上している。
 暗い側面にばかり光を当てた「自虐史観」を排し「明るく国を愛する心が育つような教科書を」推進する勢力が出そうとする教科書が、アジアの国々から批判の的となっている。

 今こそ、長谷川テルの言葉に耳を傾けるべきときが来ているように思う。彼女の声を抹殺し、突き進んだ戦争の残したものの決算はいまだなされていない。「戦争責任」を果たしてこなかったことは「戦後責任」として引き継がねばならない状況にある。
 「ノモンハン事件」の取材時も、現在も、慎重であることを心がけたのは、軍部の暴走、多数与党連合の横暴について、その一番の責任を問われるべきは、私たち一人一人なのだということであった。
 
 権力の責任を追及することは当然の私たちの責任である。それに加えて、いや、それより前に、そういう人々に権力を与えてしまった主権者としての私たちの責任が問われなければならないということである。              
  <続く>
 

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