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●『考証 ノモンハン事件』・楠裕次
                       ハルハ河付近_1
 


●「『ノモンハンの真実』に寄せられた63人の所感集」という小冊子がある。
著者・楠裕次氏が「ノモンハン60周年(1999年)」にあたり、自身のシリ-ズに対する読者からの「声」を2000年4月に私家版としてまとめられたものである。 

 
 先ず、「はじめに」から紹介していきます。

 *****************

 昨年1999年は、ノモンハン事件60周年に当り、9月15日はその停戦協定の結ばれた記念すべき日であった。拙著『ノモンハンの真実』は、前述のことに拘りすぎて、上梓を焦ったため、書き残しや編集ミスがあり、慙愧に堪えないものがある。
 しかし、異色な写真家・新井利男氏のご厚意により、貫重な写真で冒頭を飾ることができ、マイナス面をカバーできたことは幸せであった。
 新井氏のほぼ同じ作品が『文芸春秋』7月号や、『週刊新潮』でも見受けられたが、拙著の方がそれらよりはるかに見栄えがよく、新井さん及び製版・印刷の永井君に改めて謝意を表明する次第である。
 さて、私としては不本意な出来であり、読んで頂いた方々に申し訳ないと思っていたにもかかわらず、大勢の方から心温まる励ましのことばや賛辞、及びご批判を賜り、恐縮しつも厚く御礼を申しあげる次第である。

 マスコミ関係には、全然無視され、数十部無駄にしてしまった感があるが、数百人たちからの反響の大きさが、それを帳消しにしたと思える結果をみて、「本音」を訴えるをものにしてよかったと痛感している。

 寄せられた数百の私信の中には、貴重な情報、意見がいっぱいあって、私ひとりが目を通しただけではもったいないと思うようになり、随所に面映ゆい個所があるが、一冊にまとめてまた皆様に読んでいただきたいという思いが募り、その趣旨を伝えてご協力をお願いした次第である。

 ごく最近、拙著の第一弾『私説・あゝノモンハン』を、古書店から入手され読んだという元満鉄社員だった方から頂いた便りの中に次のようなくだりがあった。「私はノモンハンを語る場合、相手を見ながら用心をして話します。なぜならその人が、かつて軍人だったらなおさらです。今でもあの戦争は悪いとは思わず、運が悪かっただけだと言う人が多いからです」と。
 この方の言う通り、大勢の中にはまだまだ「皇国史観」の呪縛が解けてないケースが見受けられるからである。この人たちは、「日の丸」「君が代」礼賛、「靖国神社奉賛」の人たちでもあるといっても過言ではない。
 
 『広辞苑』によると「皇国史観」とは、「国家神道に基づき、日本歴史を万世一系の現人神(あらひとがみ)である天皇が永遠に君臨する万邦無比の神国の歴史として描く歴史観。十五年戦争期に正統的歴史観として支配的地位を占め、国民の統合・動員に大きな役割を演じた」と、実に明快な説明を書いている。

 昭和史の落丁といわれ、未解明な部分が多くあるノモンハン事件の歴史的位置づけ、歴史認識を深めるとともに、日本のいま(現在)のまことに苦々しく、危険を孕んだ政治・社会のあらゆる面に対して、正鵠を射た警告がこの小冊子に盛られていることを確信するものである。

 ※本文中の人名は全て敬称を略した。

 ここに掲載するについては、一応、諒解を得る手続きをふんだつもりであるが、万一、ご迷惑をかけるような仕儀に至った場合は何卒ご容赦頂きたい。尚、標題は、私が適宜つけさせて頂いた。(前文略)は、殆ど、時候の挨拶や送本に対する儀礼的なことばであるのでカットした。
 本文は、記述通りとし、明らかに誤字やまちがいに限り正した。順序は不同である。

 上の冊子にNHKディレクター、鎌倉英也氏の送付礼状兼書評がみえるので、以下紹介します。。

 *************

 ●『ノモンハン事件・60年目の真実~』を担当
  鎌倉英也(NHK教養番組部ディレクター)

 冠省 突然の書状FAXをお送りする失礼をお許しください。
私は、このたびのNHK特集番組『ノモンハン事件~60年目の真実~』を担当致しましたディレクターで、鎌倉英也と申します。
 このたび、私どもの番組のプロデューサーを勤めました井上隆史のもとに、御著書『ノモンハンの真実』をお送り頂き、まことにありがとうございました。
       
 ノモンハンの番組に関わった者として、大変勉強になる著書とお見受け致しました。本日、井上より私の方に連絡があり、今、手にしたところでございますので、これからじっくりと拝読させていただきます。
 実は、私どもは、『ノモンハンの真実』の巻頭グラビアを飾られているカメラマン・フリーシャーナリスト 新井利男さんにも、今回の番組にいろいろとご協力いただきました。先日、番組が無事放送されたお礼に、新井さんとお会いして一献傾けた時、楠様から、ということで、『ノモンハン それは日本陸軍崩壊の序章であった!』をいただいております。

 これは拝読させて頂きましたが、貴重な大量の資料をよくここまで対照検討されその上、揺るがない視点に立たれて文章を綴られていることに感銘致しました。私どもの番組の取材記を来年あたり出版してはどうか、という企画もいただいておりますが、そもそも私が「ノモンハン」を描いてみようと思いましたのは、それまで私が担当しておりましたNHKスペシャル『司馬遼太郎街道を行く』の取材の時に、彼の書斎から手つかずだった「ノモンハン関係取材資料」を見つけたことにきっかけがあります。こうした経緯がありましたため、ノモンハン事件そのものと記述はもとより、楠様が御本の中で書かれていました「ノモンハン事件と司馬遼太郎」の項目を興味深く読ませていただきました。かれについても、私なりの取材動機を、もし取材記出版いうことになれば、書いてみようと思っております。私も司馬遼太郎氏がなぜ「ノモンハン」を書かなかったのか(書けなかったのか)については、楠様の見解と概ね同様の意見を持っておりました。

 それはさておき、私どもがこのたびロシア軍事史アルヒーフで探索・取材発掘しました資料は、番組中でも申し上げました通り、膨大な数のファイルのうちのほんのわずかです。しかし、その中にも、捕虜問題、兵たん問題、ソ連軍の作戦問題に関わる資料がいくつか眠っておりました。今後、さらに全文を調査研究してゆけば、きっと今までの定説であることが(細かなところでも)訂正されてゆくと思われます。事実、★ジューコフのハルハ河現地派遣は(多分ジューコフ回顧録の記述が信用されてきたためかと思いますが)、★実は6月ではなく、5月末であったことも、ジューコフの現地からのモスクフ宛て電文の存在でわかりました。ソ連・モスクワは、5月からこの国境紛争が大規模な戦闘に発展することを見通して、初動は実に旱かったのです。

 今後の全文公開・調査が待たれます。もっと驚くべき事実が眠っている可能性があると思われますし、また、この9月から一部公開され始めたと聞いているクレムリンの大統領府アルヒーフ(これは今まで完全非公開です)の中に、スターリンのノモンハン事件に対する見解や指令、戦略の痕跡が出ないものかと期待しています。

 私は番組制作者として、さまざまな他の番組を作ってゆかねばならず、ノモンハンに、時間を割き続けることができません。しかし、今回の取材で知己を得ました鈴川さんや、楠様といった、生涯かけての追求をされている方々が、この問題を、まさに現在の日本の問題として根気よく調べ続けておられることに、頭がさがります。と同時に、その成果を祈っております。現在の日本は、またまた過去の教訓と反省を「修正」して、自由主義史観だのといいながら歴史を歪曲しようとする勢力が多過ぎますし、いったん権力を握ると国民への公約を無視して独走的な政治状況を後押しするような勢力がはびこっています。お手紙にもありましたように、まさに「ノモンハン」の事実の見直しが、これらの政治状況や文化状況を許す人々への警鐘になれば、と思っております。

 私は個人的には、まだまだやり残したテーマが多数あります。そのひとつは、戦場となったモンゴルから見たノモンハン事件、否「ハルハ河戦争」とはどういうものであったか、ということです。今回、初めて接することができたウランバートルに眠るモンゴル側資料も完全な調査はまったく始まっておりません。また、同じモンゴル民族でありながら、満州国側に組み込まれ、日本軍を友軍として、同族を敵として戦った人々のこともまだまだ調べられていないと思います。新井さんたちのご努力によって、内モンゴル側の人々の体験がようやく調査の端緒についたと思われますが、この視点については、私も時間が許すかぎり、番組でも取材公表したいテーマでした。

 従来、日本とロシアという二極構造の中で論じられることの多かった「ノモンハン」ですが、新たに大きく目を開いて見据えるべきは、戦場となった場所に暮らしていた人々に対する視点だと自戒しております。

 以上のような次第。乱文を脈絡なく綴りまして恐縮でした。まずはお礼まで、と思った次第です。(後文略)
  平成11年(1999年)10月5日

 ************

 ★誤字訂正 2013.12.14 未明

 

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