カウンター 読書日記 *森達也 『 A 』
読書日記
日々の読書記録と雑感
プロフィール

ひろもと

Author:ひろもと

私の率直な読書感想とデータです。
批判大歓迎です!
☞★競馬予想
GⅠを主に予想していますが、
ただ今開店休業中です。
  



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


*森達也 『 A 』
 *<誠実な、等身大の自己を晒すことに、躊躇しない、やや強情なやさしさをもった、稀有なドキュメンタリー・ディレクター。> これが、私が森達也という人の著作 (この『 A 』はわたしにとって、森氏の著作としては三冊目の本である。はじめは『下山事件』、二冊目は『「麻原死刑」でOKか?』で、これは集会参加者という立場での発言をしているのみで、著作ではないが、・・) を読んだ今、抱いている森氏に対するイメージだ。

 奇をてらうことも無く、しかし内に秘めた「熱い志」が、日々の淡々とした記述のそこここで、感じられるのである。「1968年」には12歳だった、1956年生まれの男性である。

 こんな、森氏が、1995年9月27日にオウム真理教の荒木浩に初めて会う。荒木氏を「 A 」の主対象に決めた経緯はこうだ。・・・
オウム(麻原)をドキュメントで捉えるという構想を以前から持っていた森氏だが、麻原逮捕でその対象を失い、替わりの「対象」を捜し求めるが、なかなかそれに叶う人物に巡り会えない。そんなとき、テレビに登場して「必死に言葉を模索しながら口ごもり、押しつけられるマイクに絶句しながら立ち尽」す荒木浩氏を見て、「彼だと直感した」 。そして何度も<手紙>(*電話やファックスではなく)を書く。

こうして、はじめて荒木氏に会い、「オウムにはドキュメンタリーの撮影依頼が殺到しているだろう。」と思っていた森氏は、そこで驚くべきことを聞かされるのだ。
 
<引用始>
(荒木)「・・・逆にお聞きしますけど、私を素材にするようなそんな内容のドキュメンタリーが本当に放送されるのですか?・・・」

(森)「わかりません。僕はフリーランスですから局との交渉はこれからです。でも現役信者達の日常を主題にしたドキュメントはまだどこも成功していませんし、もし実現できるなら、どこに企画を持っていっても局が断ることはまいと思っています」

「・・・森さんは今、どこも成功していないっておっしゃいましたよね」

「ええ」

「でも、ドキュメンタリーって依頼は森さんが初めてですよ」

「・・・初めて?」

・ ・・中略・・・

(あれほどの「マスコミの狂乱」が演じられた裏で、こんな事実があったことを、銘記しておきたい。何度も繰り返される、今現在もテレビをつければ、新聞・週刊誌を見れば氾濫する「ニュース」「情報」とはこんな程度の代物なのだ。「談合」「寄り合い」の垂れ流し!に踊らされる我々。・・・いい加減、なめらるのはよしにしよう。)

<引用再開>

(荒木)「・・・ただ、そう簡単には結論(撮影依頼を受けるかどうかの)はだせません。上(オウム指導部)にも森さんの申し出については報告していますが、この人物が本当に信頼できるという保証がないと、今のところは却下の状態です。それにモザイクの件もありますし・・・」

(森)「難しいんでしょうか?」

「私はもちろん必要ないですが、・・・他の信者たちもですよね?」

「すべてです」

「それは、・・・かなり難しいと思います」

「とにかく上をもう一度説得してみます」

「私が今日お会いした森さんの印象を伝えてみます。約束はできませんが」

「・・・荒木さん、念を押しますけど、僕はオウムを窮地から救いたいとか、オウムの宣伝をしたいとか、そんな気はありません。あくまでも僕自身の目で、今のオウムの本質を捉えたいだけです。」

「わかっています」

<引用終わり>

 こうして、稀有な、貴重な「オウムに関する一次資料」というべきドキュメントの撮影が動き出した。

*一気に読み終えての率直な印象は、「違和感のなさ」という「違和感」というものだ。思慮深い・少し晩生の・それでいて率直な意見も述べる、どこにでもいそうな真面目な青年、荒木氏と信者たち。

 ここには、暴力集団化の兆候など微塵も見つけることはできないというよりも、それとは最も遠い「空気」が充満している!

 「ためらい」・「熟考」・「躊躇」・「よき優柔不断」「他者へのやさしさ」・・・からは、「暴力」の「組織」は生まれ得ない。
 荒木氏には「千石イエス」との親和性すら、感じられた。

 <暴力集団化>は、「外からの力」のなせる業だったのだろうか? ・・・(続) 


 
スポンサーサイト


この記事に対するコメント
<暴力集団>というのは、確かに適当な言葉ではないかもしれないです。
 戦争については、オウムの既成の組織(信者を軍人へ)では無理・無謀ということは明らか。それに向けてのきっかけが欲しい一群が存在した(する)のではないか?という問題意識なんです。
 
【2006/12/01 12:24】 URL | ひろもと #- [ 編集]

暴力集団化とゆうが、私はオームの場合、集団化とはほど遠く個人テロとしか思えない。
弁護士殺害、2つのサリン事件、たかだか10人くらいの人、それも幹部だけの行動、ある程度の
組織なら末端が実行するのに。薬物や武器をただただ弄び、集団で軍事訓練などしたんだろうか?21世紀になっても戦争は歩兵できまるのはイラクでもあきらかだ。宗教がらみならば、信長をおそれさせた一向一揆は本物の戦争だった。違和感は当然あるとおもうよ。ちなみにオーム関連の本はよんでいない、わたしの感想です。
【2006/12/01 12:00】 URL | ringomoon #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://2006530.blog69.fc2.com/tb.php/37-22b9bf7b



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。