カウンター 読書日記 10。鮨―知るは不幸のはじまりか
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10。鮨―知るは不幸のはじまりか
●小僧・仙吉と神様・議員の『小僧の神様』については、しばしば「階級性」、「白樺派の限界」などの「論議」の的になって、付き合いはあった。
 しかし、『伊豆の踊り子』→「鮨の階級性」には、参ったというのが正直な感想で、如何に「読み残し」が多いものかと嘆きたくもなる。
    
 
 私の「メモ」にはこうある。

 『小僧の神様』 

 ●24枚の短編、大正8年の暮に書く、直哉36歳。(発表は翌9年)

 日露戦争― 長い不況(たとえば、漱石の主人公たち)― 大正5(1916)年からの第一次大戦バブルー 輸出急増・海運界の活況・株の急騰― 「成金」の誕生=金歯・金時計
― 金兌換の停止― 通貨膨張― 株価は四年で三倍になった。
(一個4銭の鮨が6銭=1.5倍=なら、まだましなほうだった。) 
ー大正中期・大恐慌― 大正6(1917)年ロシア革命(資本主義の限界・宿命)― 大正12(1923)年関東大震災―とどめを差された。

 ●第七節  「救命院日誌」の真相 には以下の記あり。

 「周蔵手記」昭和二年正月条(大正十五年が昭和元年となる)。要約。
薩摩治郎八のことは、やけに詳しい。フランスで会ったことがあるのかと思い、聞くと、米子からの情報だという。芥川の道かと思いながら尋ねると、やはり米子は芥川を知っているという。
 藤山雷太を周蔵は、若松安太郎から紹介されたが、別に大谷光瑞師の所でも会ったことがある。しかし、藤山の知人の安井曾太郎という画家は、名前しか知らない。多分、以前に白樺関係で会ったと思うが、★白樺は所詮「股ぐら膏薬」で、深入りしても無駄と思い、つき合わないようにしている。それなのに佐伯が日誌に、いかにも自分が親しいように作るのが、不可解であった。
 ***************
 
 以下、引用です。
   

 Ⅱ 食のざわめき
 10。鮨―知るは不幸のはじまりか

「知るは不幸のはじまり」という言葉を思い知らせてくれるのに鮨ほどぴったりの食物はない。と、そう私は信じてきた。いったん旨い鮨の味を知ると、もうそうでない鮨は食べられなくなるという意味においてそうであり、旨い鮨は値段がむやみに高いからでもある。
 私自身は鮨については至極安上がりに出来ていて、比較的値の安いネタである光ものが好きだ。アジ、サバ、コハダ、キス、コノシロ、サヨリ、イワシ・・・。それでも、ちゃんと「下ごしらえ」したものを食べさせる店に入ると、そう気軽にはつまめないものと覚悟しなければならない。

 「鮨文学」なるものがかりに存在するとすれば、どうしても落とせないひとつは志賀直哉の「小僧の神様」であろう。神田の秤屋に奉公している使い走りの小僧・仙吉は、店の番頭たちが話題にするうまい鮨屋の暖簾をいつかは潜れる身分になりたいと思っていた。
あるとき彼は片道の電車賃を節約して屋台鮨屋に飛び込む。しかし、四銭しか持たぬ仙吉は鮪をつまんだものの、六銭だよといわれ、「落とすように」それを台に置いて去る。たまたまそれを目撃していた若い貴族院議員が、のちにこれまた偶然に仙吉の店を訪れる回り合わせになり、口実を作って仙吉を連れ出し、鮨屋に金をあずけて腹いっぱい食べさせる。そういう話なのだが、議員は自分の行為の後味の悪さー「変な淋しさ」― に悩む。他方、仙吉の心のなかでは、見知らぬ客がだんだんと神様のような存在に育っていく。大正元年、第一次大戦後の社会的激動期の作である。

 一銭の今川焼きや一銭洋食でも腹をふくらせるのに、四銭を投じてたった一個の、味わったことのない「脂ののった鮪」のにぎりに手を出す小僧はなかなか英雄的な冒険者といっていいだろう。ここでの志賀の語りは、見ようによってはずいぶんときわどい。つまり飴を食べられる身分と食べられない身分があり、その境界領域が、通のあいだで評判の屋台鮨屋という設定だ。
 議員にとっては身をやつして通う場所であり、小僧にとってはもしかしたらひとつぐらいは鮨がつまめるかもしれぬ場所である。仙吉の味わった屈辱は越境を挑戦して果たせなかったコストであり、議員の「変な淋しさ」は一時的で偽善的な越境幇助行為にたいする自己嫌悪というべきか、どちらもが「分不相応」なことをして報いをうけるのである。

 同じく鮨文学の名作、岡本かの子の「鮨」にもそうした鮨をめぐる線引きは、テーマではなくても背景に色濃くにじんでいる。
 舞台となる「福ずし」の位置からして「山手と下町の境目」である。娘の「ともよ」は五十年配の常達客・湊にほのかな思慕の念を抱いていたが、ある日思いがけず外で出会い、湊の幼年時代の鮨の思い出噺を聴くことになる。彼は家産が傾きはしめた旧家の末子で、偏食がひどく、いり卵と海苔ぐらいしか食べられなかった。病的に繊細で潔癖、母親以外の女の手に触れたものは、無理に食べてもすぐにもどした。(鷗外へ)

 そうしたある日、母は縁側に新しいござを敷き、やはり新しい包丁やまな板、蝿帳(*虫除けネットカバーのようなもの)を用意して、ままごとのように鮨を握って食べさせた。最初のひとつは卵焼き、次の白い長方形の切片は烏賊で、子供は警戒するが、母は怖くない程度の居丈高になって、「なんでもありません。白い卵焼きと思えばいいのです」と言ってきかせ、子供ははじめて烏賊を食べるという冒険に成功する。つづいて、母の選んだ色も生臭みもない鯛と平目が出てきて、子は魚が食べられた自分に興奮する。母の手製の鮨がきっかけで、子は偏食から抜け出した。

 この話を語り終えたあと、湊はふっきり「福ずし」を訪ねなくなるというところで小説は終わる。幼少時神戸の「山手と下町の境目」で育ち、偏食のひどかった私はつくづくと身につまされてこの話を読み、同時にこうも思った。
こういうことが出来る家庭は下町にはないだろうし、こういう子供も下町では生まれないだろう、と。作者のかの子自身富豪の娘で、下町の味はだめだった。駒形の「どぜう汁」には、挑戦した後嘔吐したという。

 ところで「鮨の階級性」ということなら川端康成の『伊豆の踊子』は欠かせないよ、といえば、たいていの人は、鮨がどこに出てきたかしら、といぶかるだろう。

 出てくるのはラストシーン、主人公の一高生「私」が下田港で踊子と別れたあと、船室で泣くところである。「私」はとても素直な気持ちになっていて、横に寝ている受験生の少年に泣くところを見られても平気で、少年の差し出す海苔巻きを「それが人の物であることを忘れたかのように」食い、彼のマントにもぐりこむ。自分の性質が孤児根性で歪んでいるとの思いからの息苦しい憂欝に耐え切れず出てきた旅の終わりを集約する重要な情景だが、映画ではそこまでは撮らないこともあってか、気づかない人が多い。

 一高生というのが今日では想像しにくい特権的な立場であることは、彼が行をともにした旅芸人一座との関わりからもわかる。「私」は一座にすっかり溶け込んだつもりでいるが、宿は別であり、何かにつけて金を与える。あるときなどは宿の二階から「失礼ですが、これで柿でも」といって金包みを一座の男に投げる。数えで二十歳の学生といっても「檀那さま」なのである。
好きになった踊子と結ばれることがないことは彼自身がよく承知している。旅費がなくなったとき、擬似恋愛も擬似御大尽旅行も終わる。だからこその涙なのだろうが、いい気なものという気がしなくもない。庶民との融合を象徴する海苔巻きに、若かった私などは甘美な共感を覚えたものだが、本当はだまされてはいけないのだ。

 文士の語り口には往々種も仕掛けもあるから、気をつけねばならない。二十三歳の貧乏学生だった小林秀雄はランボオの『地獄の季節』の廉価版を手に、一日おきに吾妻橋からポンポン船に乗って向島の銘酒屋の女のところに通いつめた。穴子の鮨がつぶれやしないかと案じながら、というところが、自らをランボオに擬した、ちょっぴりやるせないこの叙情的放蕩文(小林訳『地獄の季節』の序文)のミソだった。この作りを、当時の小林と似たり寄ったりの年頃に読んだ私などには、この鮨は、今日で言えばパックいりのコンビニの鮨ぐらいにしか思えなかった。

 ところが、野々上慶一 『小林さんとの飲み食い五十年』によると、どこで穴子鮨を買ったのかという問いに小林は「ミ・ヤ・コだったかなあ」と呟くように答えたらしい。浅草の弁天山・美家古(みやこ)は、私も知っているが、慶長以来の老舗でありながら、大衆食堂の門構えのニクイ店である。味は一流、値段は準一流。これが岡場所の女(といっていいのかな)への学生の手土産なのだから、さすがと唸るほかはない。というよりは、もしかしたら小林こそは「知ってしまった不幸」をその若さで背負い込んでしまった人なのであろう。川端もその精神的同族であるにちがいない。
 
 「仙吉」にはじまる原罪にも似たこの鮨をめぐる「知ることの不幸」への流れ、人間の業にも似てどこまでも続くかと見えたが、幸か不幸か一九八七年、ある若い歌人のあっけらかんとした恋の歌によってさわやかに解毒剤が投じられた。


 ★ 君と食む 三百円のあなごずし そのおいしさを 恋とこそ知れ
 
    俵万智(『サラダ記念日』)
  

 
 以下の章ー「競馬放浪日録」にアップ-もどうぞ。

● 鷗外のミスマッチ
 http://blogs.yahoo.co.jp/sckfy738/27606492.html
●<続>うどん王国の不思議
 http://blogs.yahoo.co.jp/sckfy738/27603806.html
●うどん王国の不思議。
 http://blogs.yahoo.co.jp/sckfy738/27603493.html
● 21、塩釜のさんま-東北幻想 (続)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sckfy738/27568879.html
●高橋哲雄・『東西食卓異聞』 21、塩釜のさんま-東北幻想 (続)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sckfy738/27566040.html

 
 
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