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小泉、御手洗ほかへ!「ソースライスと醤油ライス」
               ソースライスもどき_1

                     ソースライスもどき(失礼)。


●『東西食卓異聞』 高橋哲雄 (ミネルヴァ書房 2007.4.20) 

 Ⅱ。食のさざめき
 14 ソースライスと醤油ライス

 テロだのリストラだのと、のんびりご馳走話を書くのもはばかられる、おかしなご時世になってきた。今回は一服して少々貧乏くさい話に付き合って頂く。

 失業者がふえている。関西はとくにわるいようで、今月(★2001年7月)はついに失業率6.6%。たしかに大阪のターミナルを通ると、身なりのいい中年ホームレスの新顔が増えているのに気づく。山本周五郎の「プールのある家」(『季節のない街』所収)の世界だなと思う。

 この小説のあらすじは、紹介するのがちとつらい。ホームレスの親子が、どことも知れぬ架空の街の「のんべ横丁」でもらってくる残飯で飢えをしのいでいる。40年輩の父親のグルメ談義や夢のような豪邸のデザイン考に、大人びた7歳ぐらいの男の子がけなげに付き合っている。
「(牛肉は)生のまま食うんだぜ。バイエルン地方だけのやりかたかもしれないがさ、玉葱と月桂樹の葉をレモン漬けにしてさ、その中に入れておいたのを出してさ、玉葱の微塵切りとスパイスをのせてさ、生のまま黒パンといっしょに」と、ローストビーフらしい肉の小片を拾い出しながら父が言うと、子は「粉チーズもね」と口を添える・・・といった調子で。
 しかし、そのある日、息子は残飯のしめ鯖にあたって死んでしまう。火を通そうとした息子に父がしたり顔で「しめ鯖に火を通すなんて」と講釈し、それに子が従ったためであった。父も寝込むが、命はとりとめる。
 
 この残酷なおとぎ話は当時の世相をなぞったものではない。それが書かれた1962年頃には、こうした贅沢の味を知ったホームレスなど、現実にはどこにもいなかっただろう。それがそろそろ怪しくなってきた。何しろバブルの宴のあとである。私など、あと30年も若ければ、この父親のモデルになりかねないであろう。
 歴史上、これに近い事態が大規模に起こった時代があった。昭和初年のサラリーマン大失業時代である。「大学は出たけれど」という映画が出来、エリートであった大卒も就職難に苦しんだものだ。

 その頃大阪を中心に「ソースライス」なるものが流行した。
 失業サラリーマンが町の食堂でライスだけを注文し、テーブルに備えつけのウスターソースをかけて昼食をすませるといった情景が続出し、それをソースライスと呼んだ。阪急百貨店の大食堂では、小林一三社長の直じきの指示で、「ライスだけ」のお客様には盛りをよくして福神漬けをたっぷり付けるようにしたというのである。当時その恩恵に与かったサラリーマンの間には、終生阪急以外の百貨店では買物しないと、眼をうるませて思い出を語る者も少なくないという。
 
 この話を何で読んだか、古いことで記憶にない。事実を確かめようと、インターネットで調べてみてびっくりした。ソースライスは今や★「ソーライス」と愛称され、B級(C紙?)グルメの雄とされているのである。雁屋哲の『美味しんぼ』(第三〇巻第六話「恥ずかしい料理」)に登場する若者は「これが俺の大好物」といい、「むほほ!ピリリと辛い味の下から甘い味が広がって、それが飯粒の甘みとまざり合って!はあ極楽極楽!」と舌鼓を打つ。昭和恐慌下のサラリーマンの悲哀感など、かけらほどもない。それが「恥ずかしい料理」であるのは、上流の令嬢と彼が思い込んでいる恋人に知られたくないからにすぎない。
 
 私がそれ以上におどろいたのはその恋人も、彼に知られたくない好物があって、それが「醤油ライス」だということだった。彼女によるとそれは「バター醤油まぶしご飯」で、「とけたバターがなんとも言えないよい香りを放って、しっとりとご飯粒をつつむ! そこに醤油の風味が加わると、ご飯の甘みバターの甘みが一気にひきしまって!」となるのである。そして、それらは「トンカツの皮」や「(残り物の)何でも焼き」「大福とご飯の茶漬」などと並ぶ「恥ずかしい食物大会」の目玉的存在であるらしい。

 私の知っている「醤油ライス」は、こういうものではない。それは古典的貧乏の産物であり、戦前の少年小説ではおなじみのものだった。家が貧しく母親が病に臥せっていて、主人公の少年は自分で弁当を詰めねばならなかった(給食のない時代だった)。おかずはあっても、弟妹に回すので、自分の分はご飯に醤油を二筋、三筋掛けただけのものを学校にもって行く。昼食時には友達に中味をみられぬよう、蓋で隠しながら食べる。もちろん、バターなんてぜいたく品は使えるわけがない。それが元祖醤油ライスなのだ。

 「ソースライス」も「醤油ライス」も、戦前日本の貧しさの、何とも切ない落し子だった。対するに「ソーライス」とニュー「醤油ライス」は、およそ二世代を隔てたポスト飽食の時代を象徴する食物にみえる。食はもはや空腹をしのぎ、グルメを娯しむ手段というよりは、遊びであり、フアッションであり、自己表現や社会批判の媒体となった。深読みは承知でいうなら、「恥ずかしい料理」は「恥ずかしい」社会批判でもある。一見屈託なくみえるこれら若者食文化のうちに、私などは元祖のそれよりいっそう深い哀愁の影をかぎとらざるをえない。

 思えば昔の貧乏は、歯をくいしばって耐えたその先には希望の光もあった。少年小説の主人公たちは身を立て名を挙げた。若い失業サラリーマンにも成長の時代が待っていた。しかし、現在のように先のみえない時代、いや窮乏の予兆だけは申し分なく充満している社会にあっては、若者たちには何か残されているのだろう。貧乏はビンボーと読み替え、粗食の予行演習をやり、パロディー仕立てで娯しむほかないのではないか。40年前の「プールのある家」の黙示録的預言を若者たちは皮膚感覚で受けとめ、「泣くがいやさに笑うて候」としゃれのめしているのだといえば、あまりに買いかぶりというものだろうか。
 


 
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