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●『小泉純一郎と日本の病理』 藤原肇
 ●『小泉純一郎と日本の病理』 藤原肇

 ●ジョークは下ネタばかりで、国際舞台でも連発

 小泉の番記者たちが、思わず自分の耳を疑ったという発言は、例えば以下のようなものである。
 「鳥はいいよな」
 「どうしてですか? 総理」
 「いつでもヤレるからだ」
 
 これは、2005年の夏、自民党内で郵政民営化をめぐって、激しい攻防がくり返されていたときのことだという。さらに、小泉は「総理をやっていると溜まるんだよ、アレがね」とか、「疲れマラよろしくで、今日はビンビンだよ、ビンビン!」「最近また朝立ちするんだ」「オレ最近、夢精しちゃうんだよね。しかも、それが相当濃いんだよな」「今日からしばらくは右手が恋人だな」などと彼らに向かって言い、1人でニヤニヤすることがあるという。だから、番記者は小泉を密かに「エロ魔王」などと呼んでおり、「山拓(山崎拓)と話が合うわけだ」と納得しているという話を週刊誌が書いている。

 しかし、こうした下ネタ(blue jokes)連発が、日本的なインナーサークルである取り巻き連中の間で行われているなら、まだくつろいだ会話として許されるだろうが、国際舞台においても行われているというのだから、彼の人間性は私たちの常識を超えている。

 「私はかつてイギリス人女性とおつき合いをしたことがあるが、(セックスの)相性はバッチリだった。実によかった!素晴らしかった!」
 これは、ブレア首相との雑談で言ったとされるが、もちろん、本当かどうか確認できるものではない。しかし誰かが創作したジョークだとしても、国際舞台で許されるべきジョークの域を超えている。国際舞台では、いずれも自己諧謔したジョーク(自分を笑うことで相手の共感を誘引)を言うのが大人の作法であって、このように自分を肯定しては相手を立てたことにはならない。もし、これで小泉がイギリスを賞賛しようとしたなら、ユーモアの本質を解しない彼の人格は破綻している。

 夏目漱石(1867-1916)の作品の中に「ニル・アドミラル」という言葉がよく出るが、紳士は、はしたない話題や行為を慎むもので、喜怒哀楽の感情を表に出さない節度を保ち、それをたしなみにする素養が求められているのだ。趣味や育ちの良さは品格として個人に属し、肩書きや地位で虚勢を張っても無意味であり、それが外交や社交の基礎であるために、成り上がり者はすぐに馬脚を現してしまうのである。

 さらに、カナダで行われたサミットでは、シラク仏大統領(Jacques Chirac)やブッシュ大統領(George Bush)の前で、こんな話をしたとも伝えられている。
 「日本の家庭では、夫婦が別々に布団を敷く。(セックスが)終わったら自分の布団に戻って寝る。それが日本の文化なんです」
 いったいどこにそんな日本文化か存在するのか、教えてもらいたいものであるし、一国の首相に「旅の恥は掻き捨て」は許されない。


 ●女系家族の中で甘やかされた男ほど「自己愛」が強い

 小泉家という女系家族について、佐野真一は『小泉純一郎―血脈の王朝』(文芸春秋2004)の中で、次のように書いている。
 〈初代(小泉)又次郎は石川ハツに一人娘芳江を産ませ、自分の籍に入れた。芳江は養子に入った純也を「種馬」として、三女二男を産む。その長女・道子は夫と別れて小泉家に戻り、娘の純子を純也の養子にする。そして独身を貫いた三女・信子と、純也の幼女になった純子が純一郎の身の回りを世話し純子の夫まで秘書として取り込む。〉

 また、ノンフィクション作家の松田賢弥は、横須賀を丹念に足で取材して書いた『無情の宰相・小泉純一郎』(講談社2004)の中で、身重の妻・宮本佳代子との離婚劇を描き、興味深い指摘をしている。

 それは、小泉純一郎が離婚後に引き取った2人の息子に、姉の道子をママと呼ばせていたことである。また、宮本佳代子との結婚前の小泉が、姉の信子と東京の議員宿舎に一緒に住んでいたことを指摘し、「部屋の隅には信子の趣味であるフラワー・デザインの花瓶が並んでいた」というエピソードも紹介している。

 小泉より4つ年上の信子は、1972年の初当選以来、30年以上にわたって小泉の秘書を務めてきた。そして、童女のようなそのオカッパ頭から、政界では「クレオパトラ」とも呼ばれていたようで、小泉が首相になるとともに、小泉内閣の「影の女帝」 とも囁かれるようになったという。
 
 つまり、小泉純一郎はこうした姉たちに依存して育った男であり、自分の妻となった女性については、同じ人間や家族とは考えないという心性を持っている。それは、佳代子と離婚するとき、自分を取るか家族(姉たち)を取るかと迫った彼女に、「家族を取る」と言い放ったという話が象徴している。

 松田賢弥は、次のように書いている。

 〈小泉が言う家族とは、突き詰めれば、いつも一心同体の信子に他ならない。そして妻の座についたのが信子である。弟を抑え込み、他人を排し、陰で弟を操るまでの実権を持つに至った信子。かつてこの国の首相にこのような深い関係の姉がいただろうか。〉

 このような女系家族が、結局は「レイプ疑惑」を起こしたり、「身重の妻を冷酷に離婚する」男をつくってしまったのであろうか?そして、女性を同じ人間と思わず、無神経に下ネタを誇示するという彼の野卑な性格をつくったのだろうか?

 小泉純一郎という人物の精神は、病理学的な診断を必要とする対象として、興味深いと感じる専門家が多いならば、この問題は改めて検討する必要があるだろう。
 
 一般的に、女系家族の中でスポイル(甘やか)されて育った男ほど、自己愛が強いとされる。小泉の場合は祖母や母だけでなく、姉たちの影響を強く受けているのは間違いなく、この自己愛の強さを指摘する心理学者や精神医学の専門家らは多い。そして、そうした心理の深層には「エディプスコンプレックス」が潜むとされ、それを近親相姦というタブーの問題と結びつけて、精神分析の理論をつくったのがフロイド(Sigmund Freud-1856-1939)であるのは言うまでもない。

 ●選挙で選ばれたわけでもない「女帝」による支配 へ続く。





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