カウンター 読書日記 <続>水素エネルギー対談。
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<続>水素エネルギー対談。
● 対談<続>
 ★「ジュール・ベルヌ賞」の意味

 太田: 水素エネルギーシステムの開発の歴史を振り返ってみますと、10指ほどの重要なポイントがあります。残念ながら、この中には、私の研究は含まれていません。もうあと5つほどあげていくと、私も必ず入ってくると思いますが。
 一七七六年、最初に化学的水素を発見したのがキャベンデッシュで、ケンブリッジ大学出身の学者で、ケミストリー=近代化学の創始者です。亜鉛の中に希硫酸を入れると、水素ができることを発見した。この時点では物理学が入る余地はありませんでした。

藤原: ちょうど近代化が始まった頃ですね。

太田: その通りです。それから10年後、フランスのラボラジェが、鉄のパイプを真っ赤に焼き、真ん中に水を注ぎ込む実験をしたところ、出てきたガスを分析してみたら水素だったのです。つまり鉄が酸化して水素が出てきた。これでやっと物理学が入る余地が出てきました。
 ラボラジエは、ちょっと変わった人で、大学は法科で学び、当時給料がもっとも良かった税務署に就職した。ところが仕事がつまらなかったのか、物理や化学を勉強するようになっていきました。
 
藤原: それは凄いですね。税金を徴収していた人間が、鉄を酸化させれば水素が取り出せる理論を導き出してしまったのですから。

太田: ところが、この人、フランス革命で、断頭台の露に消えてしまいます。悪徳税理士とされてしまったからで、税務署などに就職せず、最初から物理や化学を志していれば良かったのにということでしょう。
 その次の大きな発明が、今注目されている燃料電池です。グローブという人が、一八四〇年に発明しています。

藤原: やっと今実用化かと騒がれているわけですが、そんなにも前から発明されていたのは驚きです。

太田: 早いです。生物学的な方法で電気を起こしたもので、グロー一才電池と名づけられました。今注目されている、酸素と水素を燃料とする燃料電池は一九五二年です。

藤原: それでも五年も前のことになります。
 
太田: その次が、一八六六年のグラハムの発明。パラジュウムという金属がありますね。自分の体積の800倍ぐらいの水素を、低い温度で、身体の中に吸収できるんです。高い温度になると、それを吐き出す。ですから、水素を吸着吸蔵するには、ひじょうにいい金属です。水素の貯蔵装置として、現在も使われていますし、研究もおこなわれています。ただ高価なものなので、パラジュウム以外に安く手に入る金属で、吸収のいいものはないかという研究も続けられています。
 ジュール・ベルヌという小説家をご存知ですか。

藤原: フランスの有名なSF作家。『海底二万海里』、『八十日間世界一周』などは夢中になって読みました。

太田: 一八七〇年に発表された『不思議の島』という作品にエネルギーとしての水素が登場します。主人公が、南洋の孤島に漂着した。食糧は何とか確保できそうだが、燃料がないので料理できない。そこで水素から燃料作りをしたのです。当時は石炭エネルギーが全盛の時代でした。なぜ水素に注目したかは書いていないのですが、水素をエネルギーにという発想が初めて出てきたということで、評価されているのです。

藤原: 先生のプロフィールの中に、「ジュール・ベルヌ賞受賞」とあります。まさか、SF小説を、お書きになったのではないでしょうね。

太田: 時代は飛びますが、一九七四年に国際水素エネルギー学会が創設されます。

藤原: ちょうど、石油ショックの頃で、水素が石油の代替エネルギーとして注目され始めたので、国際的な学会ができたのでしょうか。

太田: 鋭いご指摘です,発足時、ぼくは副会長についたのですが、いまだに会長が辞めないもので、ぼくも副会長のままです。別にそれでかまわないのですが、この学会が制定したのが、「ジュール・ベルヌ賞」で、総合的なアイデアを出し、実験にも成功し、技術開発をした人を表彰するというものです。ぼくが最初に受賞することができました。
 

★小型低コスト燃料電池の可能性
 太田: 話を戻します。燃料電池が発明されたものの、問題は金属の水素化物は重たいものなので、実用化が難しいとされたことです。
 そこで、一八九八年、もう二〇世紀になろうとしている時に、デュワーが液化することに成功したんです。
 当時の物理学者はこぞって、気体を液化する技術の開発に取組んでいました ところが水素とヘリウムの液化がなかなかできず、ヘリウムは絶対無理だということになり、後はもう水素しかない、誰が最初に液化できるか、という時でした。
 液体水素の開発で、ガソリンよりも軽くなった。それなら車の燃料にもなるじゃないかということになったんです。でも、新たな問題が生じた。水素液化は、難しい行程ではないのですが、大型の機械でなければできない。それと、蒸発しやすいという欠点があります。蒸発しないように魔法瓶のようなものに入れておくのですが、それでも蒸発していく。完全に防ぐことが出来ない。だからまだ実用化というところまでいっていないのが現状です。

藤原: しかし、トヨタやホンダは燃料電池車の開発をして、まもなく売り出すようです。

太田: それは今から10年ほど前にホンダのバラード社が、一個が紙の薄さはどの燃料電池、PEMFCの開発に成功したので、それを取り入れたからです。しかし、コスト的には、まだ採算が取れない段階です。
 他にも注目しなければならないのは、水を分解する方法です。「本田・藤島法」と命名された半導体電極による水分解法が1969年に発見されました。
 私も以前から水分解の研究をしていたのですが、半導体熱電法でやっていて、残念ながら効率はそれほどに上がらなかった。もしも私が開発に成功していたら、この10の重要なポイントに入ったでしょう。
 でも私は、コストもかからず、小型にするためにはどうすればいいのか、新しい提案を最近しています。国際水素エネルギー学会報の今年八月号の巻頭第二の論文として掲載されていますが、超伝導を取り入れたものです。小型で、蒸発予防装置もついている。今実際に予備実験をしている最中で可能性としては高いという結果が出ています。

藤原: それは凄い。今後のエネルギー問題の解決につながるのではないでしょうか。きっと一一番目の重要なポイントになりますね。
 

★精神文化が欠落した科学技術立国

 藤原: さらに先生にぜひともお伺いしたいことがあります。ヒンデンブルグの飛行船事故がありますね。水素に引火して、爆発、炎上した、水素は爆発しやすいという不幸なイメージが定着してしまいました。

太田: その通りで、ヒンデンブルグの飛行船の話も10の主要なポイントの一つで、このため開発が遅れることにもなったのですが、一方で安全性に最大限気をつけるようになったのですから、プラスの面もあるんです。

藤原: 問題は、それが原子爆弾から進んだとされる水素爆弾の問題に繋がるのでしょうか。

太田: 原子力は、水素とは別問題です。人間の命を育んで、知的な世界を構築したり、ハードな世界を作ったりしたのは、すべて原子核以外の世界なのです。原子核の内部の世界は、人間の生というもの、生活、環境に関与してきませんでした。
 ですから、水素エネルギーが重要視する安全と、原子力の安全性とをごっちゃにして論じてはいけないということです。

藤原: つまり原子力は、人間が本来持っている知恵の延長線上からは、ちょっと離れているということですね。

太田: その通りです。離れている。よく原子力はC02を出さないからいいんだ、などと言う人たちがいますが、今のところはほんの僅かな量でしかないから、何も問題は起きませんが、それでは将来地球上に放射能が増えてもかまいませんか、ということです。増えないと言う人もいますが、それは明らかに嘘です。
 私は、太陽エネルギーによる水素のクリーンシステムを1973年に提唱しました。つくづく思ったものです。太陽エネルギーをもらって、効率良く利用しているのは植物の葉っぱなのです。可能な限り知恵をしぼり、眠らないで研究し続けても、葉っぱにはかなわないということです。自然の偉大さが判りました。しかも、植物がそういう技術をものにするまでには二億年もかかっているんです。我々が一朝一タにできるわけがないということです。
 太陽エネルギーは太陽にまで行けば核融合の世界ですが、地球上では植物がそれを受けて、酸素を出して、光合成をして、まさに生命の基の世界になっている。これを大切にしなければいけない。
 ところが簡単じゃないか、原子力で電気を起こして水を分解すればいい、難しいことは言うなと言う。でもそういうことをするから問題が起きる。問題が起きても対応ができない。フィロソフィとしては、納得しがたいのです。
 日本は科学技術立国を目指しているそうです。しかし、現状は経済界主導ですね。人間の立場が二の次になっている。何か問題が起きないと、人間の立場に立って考えない。
藤原: 経済主導になると、どうしても大事なことが忘れられてしまう。精神文化が欠落しているということですね。それが先生のおっしゃるフィロソフィなのでしょうか。

太田: フィロソフィなきところに、生命なし―です。命というのは、必ず環境とインタラクティブ(相互の情報交換、相互作用)されていなければなりません。それがエコです。人間が生きていくことに対するフィードバックがフィロソフィです。お金で結びついているのではなく、精神的なものが基本です。「偽りなき空の色」なのです。
   

★ 論文も俳句もトイレで練る

藤原: 今日は、たいへんクオリティの高いお話をお伺いすることができました。それも、感心させられたのは、80歳代半ばのお歳なのに、新しいテーゼまで提唱されたことです。
 構想を練る、ロジックを生み出す、先生にとって、どういう場ですと、冴え渡るのでしょうか。
太田: トイレです。私の論文は、ほとんどトイレでイメージされています。だから、トイレットペーパー論文ということになる。トイレは長いですよ。一時間ほどこもりますから。

藤原: 日本民族だからできることですね。腸が長い、そして草食動物。

太田: そうなのかもしれません。トイレは書斎のようになっていて、筆記用具やカレンダーなど、みんな備わっています。ただ、病気をしてからは、少しずつ短くなりつつありますが。

藤原: 意外といっては失礼ですが、先生は俳句を詠まれる。これもトイレですか。

太田: 俳句を詠むきっかけになったのは、やはり京都にいたからでしょう。俳句の会に入っている友人がいて、それも従来の俳句とは異なったもので、興味を持った。そのうち本格的に勉強したいと思い始め、二年生の時に、加藤楸邨先生の門下に入りました。
 ただ、私の場合、1954年、物理に専念したいから筆を折りますと、楸邨先生に句の別れをしまして、以来、自分で俳句はつくるけれど、公表はしない、結社に入らないということにしたのです。
 ところが1988年、私は横浜国大の学長になり、しばらくして有馬朗人さんが東大の学長になられた。私と同じ物理学で、俳句がお好きだった。刺激されまして、復帰することにしました。
 
藤原: さきほど「偽りなき空の色」というロマンあふれる言葉がでましたが、これも先生の句の一節なのでしょうか。

太田: まさしくそうですが、まだ完成していません。
藤原: 最近詠んだ句で、これぞというものをご披露していただくとありがたいのですが。それが今日の対談を閉めるのに、何よりふさわしいと思います。
 
太田: お恥ずかしい限りですが・・・。

これはこの  業火の如き  彼岸花
生命尽きんときも  蟷螂  斧かざす
 
水素エネルギー開発に半生を捧げて

水燃ゆる  陽炎透けて   明日燃ゆる

 いかがでしょうか。

藤原: 名句ばかりです。ありがとうございました。 

 ********************* <完>。
 

 ★以下は、参考までに。
 ★<佐伯祐三調査報告>より

 ・・私(落合莞爾氏)は武生市のこの姿勢に対抗して、真贋事件の始終を世に問うべく、「天才画家『佐伯祐三』真贋事件の真実」を執筆した。原稿はほどなくできた。出版をめぐって時間が掛かったが、最終的に、時事通信社の★藤原作弥解説委員長(現日銀副総裁)の推挽で、時事通信社から出版することができたのは、平成九年五月三十日のことであった。この拙著が事実上の落合報告書である。・・

 

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