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*急遽、追加!
*以下藤原氏のHPからのコピーです。当ブログで論じている関係で、あえて全文を紹介します。

コピー始
2006/11/19(Sun)

新興宗教と市民
 藤原新也様

 はじめまして。
『黄泉の犬』を入手したばかりで、主に松本死刑囚関連の部分を拝読しただけですが、僭越ながら、藤原様とどうしても意見を交換致したい問題に気づき、メールを差し上げる次第です。

 まずですが、本年9月16日に次の読売の報道がありました。《公安調査庁は教団施設を一斉立ち入り検査し、「事件に対して反省を示しておらず、松本死刑囚崇拝の実態も改めて確認された」という検査結果を公表した。》(この記事はオンラインで配信されましたが、現在ではリンクが切れて確認できない状態です。)

 公安調査庁のこの検査結果は、見方によっては、公安調査庁が自らのリストラを回避する目的で、誇張したものだとされます。しかしながら、仮にこれが誇張だとしても、信者の数からすれば、若干でも検査結果に該当する者がいても不思議はないと思われます。

 一方、藤原様が新著で書かれた松本死刑囚と水俣病の関係の問題がもしもこれらの信者の間で共有されているとすれば、「松本死刑囚崇拝」に十分以上な<正当性>の根拠となっているはずです。とすると、松本死刑囚がやがて処刑されたときには、その死によって松本死刑囚はほとんど絶対的に「聖化」され、それはちょっと想像のつき難い大きな心的な力を信者たちに与えることが容易に考えられます。(宗教の歴史にいくらでもみられる<殉教者>のパターンです。)
 こうした場合、その信者が仮に若干名に過ぎなくても、オウム真理教の過去からすれば、相当な<危険性>を予期せざるを得ません。藤原様はどのようにお考えでしょうか?




  ○○○○さま(藤原氏の返信)
 
 ○○さんは、この宗教がオウム神泉の会からオウム真理教となり、その後、早川紀代秀(ホーリーネーム・ティローパ)が教団に入り、この集団が北朝鮮の息のかかる過激な政治集団となった過程をご存じですか。
 麻原の地位の下にありながら麻原を支配していた早川紀代秀がこの集団が利用できると考えたのは、オウム真理教が世間から叩かれることにより除々に怒りを貯め込んだモンスターと化しつつあったからです。
 まだ弱者の1救済組織に過ぎなかった初期のオウム真理教が叩かれるきっかけは入信者の中に多数、崩壊家庭の家族から逃げ出した者がおり、世間とマスコミはきわめて小市民的な反応(家族から信者を誘拐したという)によって除々にオウム真理教と麻原を追いつめて行きます。彼らは追われるままに日本国中をさまよい、最後に麻原の故郷である熊本に居を構えるのですが、そこでも迫害に会い世間を完全に遮断し、敵にまわすことになります。

 いわゆる私たちが認識しているオウム真理教とその犯罪は麻原とその信者が起こした事件であるとともに、小市民が起こした事件でもあると私は認識しております。つまり小市民も迂遠して殺人を犯しているということ。ジム・ジョーンズ率いる人民寺院の信者たちが起こしたガイアナでの集団自殺もそうですが、世界の宗教集団がカルト化し、攻撃的に変容するか自傷化するかの過程には必ずこの小市民による根拠のない迫害がその芽を作っております。オウム真理教の場合もその例外ではありませんでした。

 私はオウム真理教の残存組織の内情を知らないわけではありません。
 彼らはすでに政治集団として利用されるほどの怒りも体力も財力もありません。
 ただし、その集団の前歴が大きな犯罪が関わっていることにより、過剰な監視と、再びの小市民的迫害がなされるなら、また再びその集団がカルト化するおそれは決して皆無ではありません。その時にこそ神格化される麻原は意味を持つわけです。
 そしていっかいのただの人間をモンスター化させてしまう小市民的な感性が貴方の中にも眠っていることを、残念ながら貴方の文面からも感じざるを得ません。たぶんそれは私の中にも眠っているはずです。
 それがいかに私たち小市民感覚とはかけ離れた集団であろうと、信教の自由を私たちの手によって迫害するのではなく、守ることが敷衍して人々の命を救い、民主主義を守ることだと思っております。

                          藤原新也

      コピー終わり。
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