カウンター 読書日記 『貧困襲来』(6)
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『貧困襲来』(6)
●「地域福祉の北九州方式」-餓死は誰の責任?

 さらにややこしいことに、問題は「ヤミの北九州方式」だけにとどまらない。
 稼働年齢層を徹底的に排除した結果、北九州市の生活保護受給者に占める高齢者の比率は異常に高くなった。今では保護受給者の三分の二が高齢者だ(全国平均で約50%)。北九州市はこれを「地域の高齢化が進んだため」と説明しているが、それは事実の一部でしかない。
 北九州市はこの問題に対して二つの対応をしている。

 一つには、「高齢者は生活保護とは別枠で対応すべき」と、生活保護法改定を主張している。これは全国知事会・市長会報告が06年10月に出した「新たなセーフティネット検討会」の報告書にそった意見だ。というより、全国知事会・市長会報告が、北九州市の意向をふまえた報告書を出しているのかもしれない。
 もう一つは、高齢者が福祉予算を圧迫しないように、1人暮らし高齢者の「見守り」を地域社会にやらせようとしている点だ。これは、あまり指摘されていないので、くわしく見ておく必要がある。
 「ヤミの北九州方式」はなぜヤミ(影)と呼ばれるか。それはオモテ(光)があるからだ。北九州市は、93年に「北九州市高齢化社会対策総合計画」をつくり、それ以来「地域のことは地域で」のスローガンのもと、高齢化社会に対応するための地域福祉システムをつくり上げてきた。この★「地域福祉の北九州方式」は「北九州市の高齢化社会対策は、単に介護保険の準備がよく整っているだけでなく、国の政策のずっと先を行き、『北九州方式』とか『21世紀のモデル都市』と呼ばれるほど先進的である」とほめそやされている(岡本栄一・山崎克明編著『北九州市発21世紀の地域(コミュニティ)づくりー参加型福祉社会の創造』中央法規出版、2001年)。これがオモテの北九州方式に当たる。
 「地域福祉の北九州方式」は、地域そのものをつくり変える。まず、各小学校区を地域コミュニティの単位と設定する。そこに公民館に代わる「市民センター」を設置する。その管理運営を自治会・社会福祉協議会などの住民組織を再編した「まちづくり協議会」に担わせる。「まちづくり協議会」内で民生委員の活動をサポートする「福祉協力員」を地域住民の中から集め、一人暮らしの高齢者宅の訪問活動を行う。また別に「ニーズ対応チーム」をつくり、ゴミ出し・買い物・薬取りなどの家事援助を行う。
 地域の単位も、地域の責任者も、みんな再編成して、新しい地域グループで一人暮らし高齢者の生活支援を行いましょう、ということだ。地域のみんなが協力して、孤立しがちな一人暮らし高齢者をサポートする。なるほど、孤立しがちな高齢者を支える「地域福祉」のあり方として、すばらしいシステムのように見える。家庭訪問をつうじた見守りを行う「福祉協力員」、家事援助を行う「ニーズ対応チーム」は、ともに地域住民による無償ボランティアだから、安上がりでもある。
でも、末吉興一前北九州市長の次の発言を見ると、雲行きがアヤシクなってくる。末吉氏は、餓死事件についてのコメントを求められて、次のように答えた。「市の対応には何も問題はない。孤独死を防ぐために重要なのは、地域住民の協力体制だ」(読売新聞2006年10月8日)。
 北九州市の対応に何の問題もなかったのならば、どうして男性は餓死したのか。末吉氏は、その回答を地域住民の協力体制にもっていった。まるで地域住民がしっかりしていれば、男性は餓死しなかったかのようだ。「地域福祉」とは、住民が住民の生死の責任を持つことを言うのか。★餓死を防ぐ第一の責任は、行政でなく地域住民にあるのか。「地域福祉の北九州方式」はこの点を問うている。
 
●ボランティアは賃金ゼロの労働力?

 07年3月16日から17日にかけて、私は雑誌論文の執筆のために北九州市で自治会長や福祉協力員を務めている5人の方からお話をうかがった。オモテの北九州方式がどう機能しているか、現地の人は「地域福祉の北九州方式」をどう感じているのか、実情を聞くためだ。みなさんが異口同音に語ったのは、案の定と言うべきか、地域住民を一人暮らし高齢者の「見守り」に動員する北九州市への不満だった。
 「市は私たち地域住民を利用しすぎている」
 北九州市若松区で3年間福祉協力員として活動している三輪幸子さんは、孤独死防止を福祉協力員制度で「できるわけがない」と言う。彼女が活動するのは月1回、訪問するのは7~8件(軒)。「気をつける程度の役割」であって、訪問を「『いらない』と言われたら、それ以上立ち入らないし、立ち入れない」。ボランティア活動は、本来自発的にやるものなのに、今は市のやるべきことを住民が肩代わりさせられている、と感じている。
 餓死事件のあった門司区後楽町団地で町内会長を務める井上泰明さんも、同様の意見だった。「これでも若いほう」と、65歳の井上さんが真顔で答える後楽町団地の少子高齢化は極端に進んでいる。約200世帯いる団地住人の中に、小学生は2人しかいない。最近の様子を聞くと、「あそこも、あそこも」と、たてつづけに三件の救急搬送があったことを教えてくれた。
 餓死した男性宅に門司区職員が最初に訪問したのは05年8月末だったが、その前に井上さんは男性の健康状態がよくないことを知って、門司区の福祉事務所に電話を入れていた。福祉事務所の対応は「それなら救急車を呼んでください」と言うだけ。井上さんたちが救急車を呼んで一度は入院になったが、医療費を支払えない男性は、たったの三日で帰されてきた。「あの時点でなんとかなっていれば」と言う井上さんには「やれることはやってきた」のにまるで地域住民の責任であるかのように言いはなった末吉前市長への不満がくすぶる。
 猪原八郎・門司校区自治連合会福祉部長に至っては「市の肩代わりはしない」と明言する。猪原さんの地域では63人の福祉協力員がいるものの、戸別訪問は行っていないし、ゴミ出しや買い物を代行するニーズ対応チームはそもそも存在しない。でも、私が人手した「平成一六年度『ふれあいネットワーク事業』実績報告書」によると、門司校区には73人の福祉協力員と245人のニーズ対応チーム要員がいることになっている。猪原さんに聞くと「福祉協力員10人分は水増し、245人のニーズ対応チームは単に各町内の班長数を書いたにすぎず、実態はない」と言う。北九州市は「地域福祉の北九州方式」がうまくいっている証拠として、図表7のような活動状況を公表しているが、猪原さんは「ウチ同様、かなり水増しされている可能性が少なくない」と言う。
 とてもうまくいっているという「地域福祉の北九州方式」と、実際に現場でその「地域福祉」を担っている人たちの「押しつけ」批判。公表された数字と実数のズレは、ここに対応している。地域で支え合いましょう、と言われて協力していたら、いつの間にか餓死の責任は地域住民にあるような言われ方をしてしまう。ひどい。
 
一人暮らし高齢者が増えることは、どうにもできない。家族に「なんとかしろ」と言っても、限界がある。日本全体が〈貧困〉化する中で、家族福祉の機能も低下している。でもダメ親父たちは、公的福祉を充実させるのはイヤだ、やりたくない、お金がもったいない、と考える。とすれば?地域住民を賃金ゼロのヘルパー、賃金ゼロの介護労働力として動員し、地域にやらせればいいのではないか。
 05年、介護保険法が改訂され、軽度の要介護者に対する家事援助が基本的に打ち切られた。その人たちに必要なのは、家事援助ではなく、★筋力トレーニングだ、というのが理由だ。家事援助して甘やかしたら、ますます体を使わなくなって弱ってしまう、ということらしい。この法改訂と北九州市の無償ボランティアが行っているとされる充実した家事援肋の「実績」。両者がリンクしていると考えるのは、不自然ではない。そして厚生労働省も、その方向で地域を動員しはじめている。この問題には、もう少しあとで立ち戻る。

 **************

 第5章 崖っぷちの生活保護 5.北九州から全国が見える <完>。

 

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