カウンター 読書日記 『ワーキングプア』(2)
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『ワーキングプア』(2)
 『ワーキングプア』 

 ●おわりに
 

 当初は[日本の貧困」という仮のタイトルがついていたNHKスペシャル『ワーキングプア』。その取材には当時、NHK社合邦で警視庁記者クラブを担当していた七人の記者がかかわった。警視庁記者クラブは東京・霞ケ関の桜田門、警視庁本庁の九階にある。児童虐待、インターネットで知り合った若者らによる強盗やひったくり、急増する中高年の孤独死、借苦の中小企業経営者の無理心中。わたしたちは首都・東京で毎日のように繰り返される事件と向き合う中で、日本社会の奥底で何か大きな地殻変動が起きていることを実感していた。日本人の生き方、働き方、家族のあり方を今こそ見つめ直さなければならない。ちょうどそんなことを考えていた時に、番組の企画が持ち上がった。「日本の貧困と向き合うのは今しかない」。警視庁記者クラブの精鋭の記者たちは、先行して取材を進めていたディレクターたちとともに、全国各地を駆け回ることになった。
 「ワーキングプア」という言葉。当初、わたしたちはその言葉の意味さえ知らなかった。非正規労働の拡大や地方の衰退とともに、全国に広がっていた新たな貧困の現実に、政府だけでなく、わたしたちも向き合って来なかったことへの反省から取材はスタートした。

 怠けているから貧しいのではなく、ただ愛する家族のために、懸命に、ひたすらに、誰にも文句を言わず、働き続ける人たち。それでも生活保護水準以下の生活しかできない現実。日本はかつて、こうした真面目な人たちが報われる社会だったのではなかったのか。記者やディレクターの間には、疑問とともに、怒りが積み重なっていった。そしてカメラマンや音声・照明のスタッフとともに、全国各地で展開されたロケ取材。「いまの好景気は本物なのか。ぜひ現実をカメラの前で話してほしい」。こうしたディレクターやカメラマンの願いを聞き入れ、何人もの人が顔も隠さず、自分たちが置かれている境遇を、そして、いまの思いを率直に話ってくれた。その姿が全国の視聴者の胸をうち、大きな反響につながったのだと思う。
 
 一作目から五ヵ月後に放送された続編、『ワーキングプアⅡ』の取材には、新たに力強い戦力が加わった。労働問題の取材経験が豊富な記者や実力派のディレクター、カメラマンらのスタッフだ。一作目のテーマが、若者、地方、貧困の連鎖だったのに対し、二作目は女性、中小企業、高齢者を主なテーマにしたが、実は取材はしたものの放送には結びつかなかったものも数多くあった。その一つが★「オンコールワーカー」と呼ばれる日雇いの労働者だった。「オンコールワーカー」は携帯電話一本で派遣会社からの連絡を受けて仕事を請け負う日雇いの労働者。最近、若者を中心に急増している。わたしたちが取材した三十五歳の女性も、七、ハ社の派遣会社に登録し、携帯電話で連絡を受けては、徹夜で倉庫での仕分け作業をしていた。日給は約六千円から一万円で、食卓にはスーパーで売れ残った総菜類が並ぶ。健康保険料や国民年金は未払いで、公共料金の支払いも滞りがちだった。
 日雇いなので会社では名前も覚えてもらえず、友人もほとんどいない。技能もまったく身に付かないまま年齢を重ねている。「将来の夢は何ですか」という記者の問いかけに対し、彼女は「私のスペアなんていくらでもいるのですよね」とだけ答えた。[彼女の居場所はなく、人間の尊厳まで奪われてしまっていくように感じられた」と記者はその実感を話した。
 
 地方から上京した若者などが共同生活する★ゲストハウスも取材の対象となった。ゲストハウスは、風呂、トイレ、キッチンが共同で、小さな個室か、ベッドスペースだけが与えられている現代の長屋のような場所だ。以前は外国人旅行者の利用が多かったが、最近では派遣や請負の仕事で暮らす若者の利用者も多い。「将来のことを話すと不安になるので、先のばしにしている」「今は仲間に囲まれているだけでいい」。仕事も、生活も、不安定な若者たちが現実逃避をするかのように肩を寄せ合いながら暮らしている。若者たちの間に広がり始めた心の貧困。働いても働いても豊かになれないだけでなく、夢さえ持てず、人間の尊厳まで奪われてしまう、それが「あきらめ」という気持ちにまでつながってしまっているとしたら・・・。日本の未来を築く土台が大きく揺さぶられているように感じられた。

 長い取材の過程で、わたしたち取材班は、番組全体を仕切るチーフ・プロデューサーを中心に何度も議論を繰り返した。そして、スタッフが自分たち自身の境遇を話す機会も増えていった。中小企業を経営する父親が病気で倒れ、社員や家族の生活が一時危機に陥ったという記者。父と母の介護を抱え、子どもを育てながら仕事をしている女性のディレクター。そのディレクターが番組放送後、スタッフ全員に感謝の気持ちとともに送ったメールがここにある。その一部を紹介したい。
 
 「番組のラストコメントの打ち合わせの時、わたしはこう話しました。『誰もがいつまでも、若く、健康で、自分の力だけで生きられるというのは幻想です。しかし、国や企業はそうした幻想で、パーフェクトな個人主義の人間だけで社会を構成しようとしているかに見えます』と。これはわたしの家族の絶望からの実感でした。わが家を振り返ってみて、誤解を恐れずに言えば、人にはどうしようもない運命、というものはあるのだと思います。でも、その人自身の運命を大きく変えるのは無理だったとしても、その運命を支えている社会は、少しでも何かできるかもしれない。『あなたは必要な命だ』と言ってあげられるかもしれないと思います」。このディレクターのメールの中に、「ワーキングプア」の解決の糸口が垣間見えたような気がした。

 いまの日本の社会では「自己責任」が強調されている。そして、自助努力する人を支援する「自立支援」の大切さが盛んに言われている。本当にそれでよいのだろうか。わたしたちが取材で出会った人たちは皆、家族の病気や、リストラ、それに社会保障費の削減など、誰の身にも降りかかりかねない出来事をきっかけに、「ワーキングプア」に陥っていた。
 
 それを「個人」の生き方の過ちとして片づけてしまってよいのだろうか。政府によって、一刻も早く、有効な手立てが取られることを願わずにはいられない。そして、わたしたち自身も、この問題から日をそらさず、真剣に考えなければならない。「ワーキングプア」は労働や雇用の問題というだけでなく、日本という「国」のあり方、わたしたち日本人一人一人の生き方の問題だからだ。
 
「ただ普通の暮らしかしたい」としぼり出すような声で話した児童養護施設の子ども。「自助努力が足りないのでしょうか」と涙を流して訴えたダブルワークの母親。「ワーキングプア」の問題をどうすれば解決できるのか、すべての国民に保障されているはずの憲法二十五条の生存権の精神をどうすれば現実のものとすることができるのか。わたしたち取材班は、いま新たな取材を始めている。
     
 中嶋太一 (NHK報選局社会部副部長 当時警視庁キャップ)
 

 以上、「はじめに」と「おわりに」を紹介しました。
 お金に余裕のある人は本屋さんで買って、ない人は図書館に「堂々と」リクエストして、読んでみましょう。
   

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