カウンター 読書日記 『オールニートニッポン』(11)
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『オールニートニッポン』(11)
第4章 フリーターの希望は戦争か

 ●阪神大震災とオウム事件と戦後50年

杉田: さらに言えば面白かったのは、赤木さんって、98年の段階から、『論座』の原稿とほとんど同じことを言っているんですよ。
雨宮: 98年といったら、私、まだ右翼団体にいましたからね。そのとき、フリーター問題というのもまったくわからなかったです、当時は思いきりフリーターなのに。でも、そのフリーター問題を考えたくないから、逆に右翼にいったというか、まさに今フリーターの人が言い始めた、「愛国でごまかしていた」。多分、愛国でごまかした第一世代(笑)。
赤木: 『戦争論』あたりの影響ですか。
雨宮: いや、『戦争論』が出たとき、もうすでに右翼だったんです、私。その前に、(新右翼団体) 「一水会」の見沢知廉さんとか鈴木邦男さんとかとの出会いというのが大きくて。
赤木: すごい人と出会っていますね(笑)。
雨宮: そうですね。ちょうど今出ている『論座』(07年7月号)にも「ロストジェネレーションと戦争論」という文章を書いたんですけど、95年のときに四歳だったでしょう、私たちは。あれがすごく大きかったんですよ。阪神大震災とオウム事件と戦後50年が重ならなければ、私は絶対右翼にいかなかったと確信しています。あそこで価値観とか戦後の物語が崩れた。 実際、物が崩れましたよね。阪神大震災のとき家とかが倒れ、人が死んだし。ある意味、すごく流動化しましたよね。そういう状況になってしまって、しかもその上に戦後50年がきたので、「戦後日本の誤り」みたいのを1月と3月に思いきり突き付けられた上で、戦争の映像がガーンと8月に来るわけですよね。
 自分は20歳でフリーターで、就職氷河期で、どう生きていっていいのかまったくわからない。正社員にはなれないし、フリーターはきついし。最低限、餓死しない、ホームレスにならない生き方がわからなくなった第一世代だったと思うんです。そうしたら、何かそこと、「学校で教えられない歴史」という、靖国史観みたいなものがすごい結び付いたんです。学
校で教えられてきた「頑張れば何とかなる」というのがまったく通用しない時代になっちゃったんで。なんだ、学校で教えられたことは全部嘘だったんだ、と。学校を出て就業年齢を迎えた瞬間に、もうフリーターとしてしか生きられなくなったので、そのことと私が右翼にいったというのはすごく関係があるなと、10年後に自分で分析して、びっくりしましたね。
 その辺はどうですか。20歳のその3つの、盆と正月とハルマゲドンみたいのはどういうふうに迎えましたか、お2人は?
赤木: どうだったかな・・。そこまで深く考えた覚えはないですよね。オウム事件なんかも、オウマーとして楽しんでいたという感じだったんで。もし、阪神大震災であっちのほうに知り合いがいれば、違ったものがあるんですけども、基本的には東京にずっといましたから。
杉田: 95年に神戸淡路の大震災があって、数カ月後にオウムのサリン事件があったわけです
けれども、★自分、震災のあった1月17日が誕生日で……。どうでもいい話ですけど(笑)。
 ちなみに91年に★湾岸戦争が始まった日が、やっぱり1月17日なんですよ。そうしたら、4年後の1月17日が阪神大震災で。そのころは学校へは通っていたけど、精神的にはほとんどひきこもりのような生活を送っていて、昼ごろだらだら起きてきたら、テレビではもう何か大惨事になっていたのをよく覚えている。
雨宮: この辺の世代論ってあまりないですけど、面白いと思うのは、同い年で何か書いたり、ものを言ったりしている人って、みんなフリーター問題が背景にあるんです。松本哉さんもそうだし。
赤木: 一番直撃したところですからね。自分のとこ右に取材に来た新聞や雑誌の記者さんも、同じかちょっと上ぐらいですよね。だから、友達にフリーターがいたりすると、本人のせいにできないような本質的な問題が何かあるんではないかと、考えるんでしょうね。

●なぜ革命でないのか

雨宮: この辺で質問を。「赤木さんへお尋ねします。戦争願望をお持ちのようですが、その主目的は、いわゆる下克上のように感じられます。それは単に火事場泥棒願望であるようにも思います。別に戦争ではなくても、震災や大水害、はたまた経団連にサリンぶちまけとかでもいいような気がするのですが、いかがでしょうか」。本質的な質問です。
赤木: そうですね……、「火事場泥棒」 ってすごい的確な言葉だと思いますね。
 『論座』の今出ているやつ(07年7月号)で、高原さんという方が、私の「戦争」というのは、「流動化のアナロジーだ」という話をしているんですけれども、私は単純にそうとは考えていなくて、戦争というのは、破壊と流動化なんですね。まず最初に破壊があって、その結果流動化する。すなわち、既存の安定している人たちの状態を破壊しないことには、流動
化はあり得ないと思うし、また、今の状態のまま流動化させても、それは単なるネオリベラル的な流動化ではないかと思うので。つまり破壊と流動化ということで、戦争という言葉を使っています。それと、「火事場泥棒」というのは正しいんですよね、本当に。ただ、例えば震災や大水害っていうのは、多分それに似た感じだとは思うんですね。
 自分のところに質問で結構きたのが、「何で革命じゃないんだ」 っていう話ですね。革命でないのは、「自分があくまでも普通の人間でありたい」という前提からきていて、つまりそういうテロ行為は、あくまでも当人が犯罪者としてやらなきゃいけないことなんですよ。
それなりの覚悟がいる。けれども、自分としてはそういうレベルでの覚悟っていうのはしたくないんです。今まで清廉潔白にちゃんと仕事しながら生きてきたんですから、それに対して何らかの・・報酬というのは変、ちゃんと生きられるような状態にするためには、そういう人たちにテロリズムを強いてはいけないと思うので、だから、革命には自分は反対します
ね。 

  第4章 続く。
 

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