カウンター 読書日記 『オールニートニッポン』(9)
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『オールニートニッポン』(9)
●第4章 フリーターの希望は“戦争”か。
 

<ゲスト>
★杉田俊介-32歳
(ケア労働者・ライター)
1975年生れ。川崎市在住。日本文学を専攻。その後アルバイトを転々とし、2002年より介護労働者。有限責任事業組合フリーターズフリー組合員。同組合より2007年6月に『フリーターズフリー』01創刊。著書に『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)。ブログhttp://d.hatena.ne.jp/sugitasyunsuke/

★赤木智弘(31歳)
(フリーター・ライター)
1975年、栃木県生まれ。
フリーターとして働きながら、執筆活動を続けている。
『論座』に掲載した「<丸山真男> をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」と題しか文章 が「赤木論文」と称され、話題に。
ウエブサイト「深夜のシマネコ」 http://t‐job.vis.ne.jp/

(*この回の放送は約2/3を再現してあります。全文はフリーターズフリーより発行されるトーク集に掲載予定です。)
 ************

雨宮: 『フリーターの希望は「戦争」か?』が始まります。今日はみんな75年生まれのロストジェネレーションで、氷河期世代で、ろくな目に遭ってない3人です。
赤木: 赤木智弘です。フリーターをやっております。『論座』の2007年1月号で「『丸山真男』をひっぱたきたい 31歳、フリーター。希望は、戦争。」という原稿を発表しましたら、結構それが評判がいいのかな、悪いのかな。よくわからないですけども(笑)。
杉田: 杉田俊介といいます。神奈川県川崎市のNPO法人で、障害者ヘルパーの仕事をしています。2005年の10月に『フリーターにとって「自由」とは何か』という本を出させてもらいました。本が出る以前から、数名の仲間と『フリーターズフリー』という雑誌の創刊に向けた活動をしていたのですが、もろもろ遅れまして、今月ようやく刊行の運びになって、今日は宣伝を兼ねて来させていただいています。
雨宮: 今日は『フリーターズフリー』の刊行記念も兼ねています。私も「生きづらさとプレカリアート」という文章を書いています。赤木さんは謎の人なので、経歴を聞いていいですか。出身は公開していないですか?
赤木: 栃木です。地元の高校卒業後は、一回東京に出まして、コンピューター関係の専門学校で2年ほど勉強しまして、その時期はちょうど一番就職活動的にきつい時期でしたし、自分がその学校で勉強をして吸収できているとも思えなかったので、就職活動に二の足を踏んで、2年ぐらいフリーターをしました。その後いったん小さいプログラム関係の会社に就職
するんですけど、1年半ぐらいで精神的にきつくなって辞めまして、しばらく警備のアルバイトをしながら暮らしていたんですが・・お金の都合で実家に戻った。それが2000年ぐらい。それから今まで、実家でずっとアルバイトをしながら暮らしています。
雨宮: 私は杉田さんを『フリーターにとって「自由」とは何か』という本で知ったんですけれども、突然出てきた感がありましたよね。
杉田: もともと日本文学の研究者になりたくて大学院へ通っていたのですが、才能がなくてやめた口です。25歳くらいのころは目的も希望もなく、コンビニや警備員の仕事を転々としていました。そのころは非常に精神的にきつくって、自分の置かれた状況の苦しさって何なのかということをウェブで書いていたら、それが本になった、という感じです。その後、ホ
ームヘルパーの資格を取って、5年ほど前からは障害者福祉の仕事をさせてもらっています。
 が、生活は安定とは程遠く、ワーキングプアそのものです(笑)。
雨宮: 杉田さんに聞いて面白かった、「ああ」と思ったのは、障害者福祉の仕事をしているわけですけれど、その理由は、「資格が10万ぐらいで取れだからなった」と。
杉田: ボランティア精神に燃えて福祉の世界に入る人が多いというイメージがあるかもしれませんが、自分は全然違って何のスキルも資格もなかったし、自動車免許すらなく、大学の研究員になることだけ夢見ていたから、つぶしが利かない。まったく先が見えない中でとりあえず資格を探したら、貯金の範囲内で取得できて、割と雇用の口もありそうだったので、ヘルパー2級を取ったんですね。それが始まり。だから動機は不純ですよね。経済状況から仕方なくその仕事をやってみたら、そこそこ面白かったというだけでね。

●「希望は、戦争。」

雨宮: そんな杉田さんは、赤木さんのこの「希望は、戦争。」論文に対してすごく真摯な応答をしているなと思うんです。「31歳、フリーター。希望は、戦争。」という文章を説明すると・・「平和とは何なのか」と考える夜勤明けの日曜にショッピングセンターに行くと、同世代の人が妻子を連れて歩いている。でも、赤木さんはフリーターで、「就職して働けばいい」とか、すごくバッシングをされている。経済成長世代が好き勝手してきて責任をとらずにのうのうと生きているのに、なぜ不況になったらフリーターがワリを食わなければならないのか。何かすごく不平等である・・大ざっぱなまとめなんですけれども(笑)。その果てに「国民全員が苦しむ平等を」ということで、「極めて単純な話、日本が軍国化し、戦争が起き、たくさんの人が死ねば日本は流動化する。多くの若者がそれを望んでいるように思う」と書いている。もちろんその後に、「それでも戦争に向かわせないでほしい」とある。「希望は、戦争。」というキーワードの強さもあるんですけど、その前にフリーターの状況、それが自己責任じゃないということを懇切丁寧に書いている。「希望は、戦争」に至るまでの分析が、「右傾化」と言われる若者が読むと、自分のことがものすごくわかってしまう。「愛国でごまかしているけど、こういうことだったんだ」と思うと思います。
 赤木さんのこの原稿が出た以降、私のところにも読者から「戦争が起こってほしい」というメールが来るんですね。そういう赤木さんの気持ちがすごくわかるという人と、それプラス、赤木さんがここまで言ったことがすごく関係あると思うんですけど、「自分を愛国心でごまかそうとしていたけれども、愛国じゃごまかせないことに気付いた。自分か使い捨て労
働力だということをもう認めた」という意見もくるんです。それで、「もう愛国にすがるのはやめた」という意見も来たりして、いろいろな影響を及ぼしているなとつくづく感じます。
赤木: 「愛国」という点で言うと、この文章の場合は、「愛国」というのは完全に手段なんですよ。「愛国心」が先にあってではなくて、自分が生活するために愛国心を利用するという考え方ですね。もともと自分は左側の人間ですし、今も左側だと思っているんですが。
雨宮: すごい平等を望んでいますからね。みんなが苦しむ平等を。
赤木: 愛国心というのにも、もう単純なロマンティズムは感じないわけですね。
雨宮: だから赤木さんって、「希望は、戦争」と言いながら、愛国心のかけらも見えない。
赤木: ないですね。「日本、滅んじまえ」っていう話ですからね、最終的に。
雨宮: そうそう。愛国でないのに「戦争」と言い出す、ここのねじれというか、簡単に「愛国」とか言わないところが面白いなと思っているんです。

●「希望は、戦争。」批判への再批判

杉田: その後、年上の左翼系-だけじやありませんが-の方からいろいろ赤木批判*があり、それに対してまた赤木さんが再反論**して、ネットをふくめていろいろ反応があったと思うんですが、いかがですか。
 *『論座』07年4月号で赤木論文に対する応答が7人の著名人によってなされた
 **『論座』07年6月号
赤木: ある程度予想のうちだったんですけれども、誰からも「ごめんなさい」とか、「力になれなくて申し訳なかった」という話がない。それがちょっと引っ掛かったところです。特に福島みずほは、私たちが就職する95年前後には(社会党は)与党にいたんですから。バブル崩壊以降の就職状況と、団塊ジュニア世代の大きさを考えれば、そこで何らかの対策を取
るべきであって、それを取らなくて今の状況に至っているということに対して、彼女は責任があるはずなんです。それなのに、与党であったことを忘れてしまったのか、まったく触れていないということに対してすごい失望、失望というのも変な話で、もともとそういうことを言わないだろうと思っていたんで。それでも「やっぱり」となると、何かがっかりした感
じです。
雨宮: 赤木さんの「希望は、戦争。」という論文に、『論座』の4月号で、いろいろな人が応答をしたんですね。私が印象に残ったのは、佐高信さんが「イラクに行って戦争をその身で体験するしかない」とか言っていて(笑)。赤木さんは「『何も持っていない』私というが、いのちは持っているのである」というフレーズに一番むかついたということでしたけど。
赤木: そうですね。
雨宮: 赤旗編集局長の奥原さんという人が、意外と「いい人だな」と思ったんですけど、40代、50代の自殺が多いことを書いているんです。「この世代もぬくぬくなんかしていない。若者だけではない、大変なのは」と。また「共産党はこういう問題に対していろいろなことをやってきた」みたいなことを言っているわけですけれども、この人に対してはどう?
赤木: 「ほかの人も不幸なんだから我慢しろ」という感覚は、「おかしい」と思いますよね。不幸って相対的なものじゃなくて、じゃあ他人がより不幸なら、それよりも不幸じゃない人を救わなくていいのかというと、そんなことはない。アフリカに飢餓で苦しんでいる子どもがいるから、日本人は救あなくていいのか。だから「自分たちだって苦労しているんだ」と言うのは構わないですけども、だったら「若者よりもわれわれのほうが苦労しているんだ」ということを言ってもらったほうが、こっちとしても対峙しやすいですね。私が、「そんな年寄りたちよりも自分たちのほうが苦労しているんだ」という話をしているんですから。
雨宮: そうですね。私が、『生きさせろ! 難民化する若者たち』という本で書いた「犠牲の累進性」という問題ですね(2章 最後参照=★大意は、・・たとえば、フリーターの貧困のことを話すと、いやアフリカのルワンダでは、とか第三世界のスラムの住人はとか、ホームレスの人たちは・・等々に話を持っていき、「それに比べればマシじゃないか」という論理にすり替えていく。・・そのような、ひたすら我慢を強いるやり方を<犠牲の累進性>という。)

 第4章 続く。
 

 
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