カウンター 読書日記 <続> 今、梶山季之を読む(4)
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<続> 今、梶山季之を読む(4)
●死神も不公平なのか 
              
                   20070920125343.jpg


 私にとって梶山季之は、一種奇妙な知己であった。彼の小説の材料を提供したり、その主宰した月刊誌「噂」に、坂本篤氏との対談『口伝・艶本紳士録』を一年半もえんえんと連載したりという、ごく密接な関係だったのだが、酒席をともにしたこと‥ただの一度、それもたまたま同じ店で会って、三十分ほど話したきりなのである。
 やたらと樽で広島の漬物を追ってくる、しかもそいつがどういうわけか二樽つブざまで、まことに閉口させられた。すこぶる愛郷の人であって、金箔の入った加茂鶴が、これも予告なしに仕事場に届いたり、やはり地元の何やら頼りないフワフワした煎餅が、「広島の名菓であります」と解説つきで、これも食いきれないほど配達されたりするのであった。

 「ルポライターをやめないあんたを、俺は尊敬するし、呆れてもいるよ」といわれた。銀座の飲屋で会ったときのことである、先に帰った彼は、黙って私の勘定も余分に払っていった。
 おととし東南アジアヘの長い旅に、私が出立する三日ほど前に、人を介してドル紙幣の賤別が届いた。世間並みのつきあいの常識をこえたそれは額であった。
 山谷の騒乱事件で逮捕され、琉球独立の旗を掲げ、在韓被爆者の救援をとなえて窮民革命の夢想に狂っている私を、「あれじゃ貧乏するよ」と半ば嗤い、半ば羨んでいたのだろうと思う。

 丈夫、志あるも・::・、最後に会ったのはこの四月十六日、丸山邦男の出版記念パーティの席上だった。ほんの二言、三言私の派手な背広をからかって、「田辺茂一か竹中労か、もう若返りたいトシになったの?」と、彼は上機嫌であった。
 そして、「あれ、ほんとにあんたが黒幕なのかい」とも、。「あれ」とは爆破事件のことである。昨年十月、太田竜の逮捕にからんで、私は家宅捜索をくらった。梶山にとってはそのことが、いささかの心の負担であったのだろう。「いよいよ、本格をやるよ」、パーティの雑踏を縫ってもういちど私のそばにきて、それだけをいうと、大股に歩み去っていったのである。その志を果さずに、梶山は異郷で不帰の客となった。
 しかしライフ・ワークと意気ごんでいた、大河小説を完成しなくとも、いやむしろ異端の作家として生涯を早く了えたことで、彼の文学は永遠なのである。
 梶山季之の告別に私は行かなかった。この稿で挙げた知己・友人(*吉田史子、若林美宏、神山茂夫、南部僑一郎、木村禧八郎、児玉隆也のこと。 )、いずれの葬祭も、私は参列しなかったのである。生前、当人が「葬式は無用」といっていたからではない。その日、師、南部僑一郎の蔵書を、古本屋に競売することになっていたからなのである。新聞で知った葬儀の日取りに、繰り合わせることは不可能であった。
 児玉隆也の場合は、徹夜で原稿を書いて仮眠からやっと目覚めた午後、彼の葬儀がその日行われるという新聞記事を見たのだ。南部慎一郎の告別式の日、日本列島は大雪であった。私は博多の空港で足どめをくらい、むなしく天を睨んでいた。神山茂夫のときには前述したように、沖縄へむかう飛行機の中にいた。吉田史子も、若林美雪も、その死を聞いたのは旅先であった。木村禧ハ郎もまた然り、知己の死と私はすれちがう宿命にあるのだろうか? 高橋鉄氏の場合も、新聞の誤報で葬儀の時刻がちがっていたために、辛うじて骨上げに間にあったのである。人の生は寄するがごときのみ、儀礼としての告別に、かかずらうことはないとも思うが、やはり悔いが残る。
 一人、神山茂夫をのぞいて、故人はなべて売文の場で縁をむすんだ先達であり、同輩であり、後進であり、。「恋人」であった。木村禧ハ郎にも、トップ屋時代のインタビューが機縁で、知己を得たのである。それは、私のもの書きとしての長く、かつ多様な営為が、人々の死に出会わねばならない、一期のサイクルを迎えた、ということであるのだろう。
それにしても梶山・四十五歳、児玉・三十八歳という年齢は、あまりに夭(わか)すぎはしないか!
 ー方には消えようとする生命を、現代最高の医学とやらで、″奇跡的に々支えられている政界の長老がいる。権力の側にあるものと、それに抗うものとには、死神も不公平などと、私は思ったりするのだ。

 忽ちにして人散じ  寂として謀無く

 投老  方に知る行路の難
     1975・5・30(1975 『別冊小説新潮』梶山季之追悼号)
 

 
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