カウンター 読書日記 <続> 今、梶山季之を読む(3)
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<続> 今、梶山季之を読む(3)
★前述のように、一方で「あの」「岩波」が「現代文庫」で、野坂昭如と梶山季之の著作を刊行するという冒険主義に走るかと思えば、他方で「こなた」、かの文芸の筑摩書房が竹中労の文庫化という、さらなる「暴挙」に盲進している。
 「文庫界」の談合疑惑、ここに極まれり!・・・と冗談のひとつも言いたくなる出版界模様??

 団塊の世代への限りない傾斜(=この野坂=梶山=竹中のラインはある種、根強い、底固い人気を保ち続ける「作家」であり、最低限の部数の販売は確保=保証されるはず。担保はこれだろう。)だけが、刊行の因だとは思えないし、それはあまりにも編集者の「志」「魂」をみくびることだろう。

 しかし、前二稿で紹介した文章に、しっくり来ないのも事実である。

そこで、最後に『無頼の点鬼簿』 (ちくま文庫 2007.9.10刊)から引用しよう。 *点鬼簿=過去帳の意。

心情的には、「なにが粋かよー斉藤龍鳳」を!とも思うが、

ここは、現代文庫との「談合協定」を遵守して、(笑) 「丈夫、志あるも・・・-梶山季之」を引用する。

 竹中労にしては、めずらしく素直な追悼文であるから、・・・ばかりでなく、梶山季之とは、そういう(「労さん」を素直にさせる)ヒトだったのだと知ることもできるから。 


★ **************************

● 死者たちの連鎖
 梶山季之の追悼を、という編集部の依頼であるが、私は死者たちの連鎖線上に、梶山の昇天を置いている。もう一人の知己の死について、述懐することを許していただきたい。
 -児玉隆也、彼とは「女性白身」で共に働いた長い期間を持つ。また、フリーのライターとして彼が自立したときにも、夢野京太郎のペンネームを共有して、情報小説を「週刊小説」に連載した。故人の書架には、″夢野京太郎より夢野京太郎ヘ“とサインした、小説集『世界赤軍』(潮出版社)が、遺されているはずである。
 「いっぱしのもの書きになれたのは、あなたのおかげです」という言葉を、私は単に如才のない社交辞令だと受けとっていない。文章の世界でかかわりあった友人・後輩の中で、児玉隆也の才能と根性は、たしかに抜群であった。いま少しの歳月を天が彼に与えたなら、私はもういちど『世界赤軍』を、その中で予言した企業爆破グループがまさしく登場した現時点で、情報小説のノン・フィクション・フィクションに構築する作業を共にすることが出来たのにと思うのだ。
 丈夫 志あるも・・・、南宋の詩人・陸遊の『楼上酔歌』を、恣意のままに剽訳し、わが死せる友垣にささげる。

我、四方に遊びて意を得ず

狂と陽りて、花の都に文を売る

求めらるるにしたがって 大瓢をかたむけ

万民をもてなして いささか樵悴

瓢すでに空しく 夜静かにして高楼に上り

酒を買い簾を捲き 月を瀧えて酔う

酔中、剣を払い  往々、悲歌して独り涕を流す
・・・・・・・・・・・・・・
丈夫 志あるもなりがたきに苦しみ

修名 未だ立たずして華髪を生ず

……男児としての志を、ついに果すことができぬことに苦しみ、そのほんらいの望みにふさわしい評価を受けることもなく、もはや白髪まじりの年齢とはなった。ポルノ作家と呼ばれることを、★愛娘に恥じていたという、やさしい父親であったと、週刊誌はしきりに“知られざる″梶山季之の一面を、家庭人の良識を強調する。「こと志とちがって、エロ小説を書いた」のだ、と。
 そういう俗説が、梶山という作家の真価を曇らせ、売文という。“恥に居直る”営為を、単に功利的な身すぎ世すぎの方便だと、世間に誤解させるのだ。愛娘への遺書を彼はそんなつもりで、世評に対する弁明として書いたのでは、絶対にあり得ないのである。
 「美季、父親がポルノ作家などと呼ばれたため、ずいぶん辛いこともあっただろうが、気にしないでほしい……、いずれ、父の志は高きにあったことを判ってくれると、信じている」
この遺書は、去年の秋に書かれたものだという、その時点で父の志は高きにあったと、彼はいっているのである。とうぜん、ポルノ小説と呼ばれる作品をふくめて、梶山季之はそれがおのれの志を述べる、「金繍のうた」(芥川龍之介)だと自負していたのだ。彼とほぼ同じ時期に、トップ屋を開業した私は、「マスコミ賎民」と差別される屈辱を、いやというほど味わってきた。草柳大蔵が″社会評論家“に、梶山が流行作家に早く転身した理由は、その根底に、賤業からの脱出という意志があったと、私は思うのである。だが、(草柳は知らず)梶山には、おのれの職業を恥じることを恥とする、屈折した男のデリカシーがあった。
 猥褻と呼ばれれば、「猥褻で何か悪い」と開き直って、いっそう彼廉恥にふるまってみせる、いえば子供っぽい擬勢があった。『女の警察』で刑法一七五条(ワイセツ罪)に問われると、またぞろ『かんぷらちんき』を書いて発禁になる。それは、編集者の要請による性描写のサービスというより、彼一流の反逆精神、すなわち裏返しの“賤業コンプレックス”の高揚のなせる業であったのだ。
 一貫して彼の関心は社金問題にあり、性的描写もまた、社会的動物としての人間男女の生態としての必然性が、私的な感想でいえばそれに拘泥しすぎる嫌いはあったが、物欲や権力欲との絡みでえがかれた。
デヴィ夫人をモデルにした『生贅』は、もっとも典型的な作品であり、告訴事件でその意図を貫徹できなかったことは、梶山生涯の痛恨であったと私は思う。
 愛娘への遺書の中で、「いずれ」理解するだろうと述べていることは、ポルノ小説と呼ばれる作品群の中で、父親は作家としての筋をつらぬいた、それはお前が大人になったときに、かならずわかってくれる、という心情の吐露である。その意味で、梶山は決してよい父親ではなかった。太宰治ふうにいうなら、「義によって父は遊んでいるのである」、娘が学校でポルノちゃんと呼ばれ、どんなに恥ずかしい思いをしようとも、俺は″エロ小説“を書くという、反家庭の惨心に彼の作品は裏打ちされているのだ。・・・中略・・・
     (続)
 

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