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沖縄・集団自決
 沖縄集団事件「問題」との関連で、

 是非とも読んでおきたいHPを!紹介します。
 ********************

 ●鳥飼行博研究室Torikai Lab Network
 沖縄戦での住民集団死・集団自決と捕虜処刑
  http://www.geocities.jp/torikai007/1945/kerama.html
 特攻隊と学徒動員・知覧高女・鳥濱トメ
  http://www.geocities.jp/torikai007/1945/okinawa-chiran.html 

当サイトへのご訪問ありがとうございます。2005年10月29日以来名の訪問者があります。写真,データなどを引用する際は,URLなど出所を明記してください。

<連絡先>: torikai@keyaki.cc.u-tokai.ac.jp
〒259-1292 神奈川県平塚市北金目1117 
東海大学教養学部人間環境学科社会環境課程 鳥飼 行博
TORIKAI Yukihiro, HK,Toka University,1117 Kitakaname,Hiratuka,Kanagawa,Japan259-1292
Tel: 0463-50-2122, Fax: 0463-50-2078 
 ********************  
  

★以下は、私がメモ用にチェックした、上記HPの、ほんの一部分です。

● 1.米空母任務部隊は,1945年3月,沖縄攻略の前哨戦として,沖縄,九州,本州を艦載機で攻撃し,重爆撃機B-29で本土の都市を無差別爆撃した。悪化する戦局のなかで,本土決戦の準備次官を稼ぐために,日本陸軍は,沖縄を持久戦の場,「捨石」として位置づけた。  

1945年(昭和20年)3月,沖縄攻略計画「アイスバーグ作戦」で沖縄を攻略ができれば,中国沿岸、日本本土のすべてが、爆撃機の攻撃圏内に入る上に,中国・南方から日本本土への海上輸送ルート(Sealane)は,完全に遮断できる。日本本土を攻撃した爆撃機の不時着基地としても活用できる。

1944年7月7日サイパン島陥落,。日本は,本土の都市住民,沖縄住民を避難させた。これが,「疎開」である。
1944年7月19日,沖縄県は「沖縄県学童集団疎開準備要項」を発令し,学校単位で疎開を開始。沖縄守備隊が,本土,台湾,中国大陸から沖縄に移駐すれば,沖縄の食糧・用地・施設を軍が確保する際,沖縄住民,民間人が足手まといになるからである。1944年7月から1945年3月の最終疎開まで、沖縄から出航した疎開船は,延べ187隻,疎開者は約8万人に達する。


1944年8月22日2223,疎開船「対馬丸」が撃沈。7-14才の学童疎開者775名(引率者を含め804名),一般疎開者569名が殺害された。  ⇒疎開船「対馬丸」撃沈を詳しく読む。

1944年7月に占領されたマリアナ諸島のサイパン島,テニアン島,グアム島などから,日本本土に重爆撃機ボーイングB-29「スーパー・フォートレス」が飛来し,都市爆撃を行ったのは,1944年11月からである。(中国からの空襲はその前)


写真(左):米軍が航空機から撒いたビラ;サイパン島,硫黄島を攻略した米軍は,日本の都市を爆撃,空襲して灰燼に帰すことを予告している。恐怖によって日本人の厭戦気分を高め,軍民離間を策した。ビラを拾った者は、警察にビラを届けることになっていた。

都市無差別爆撃では、労働者の住宅の密集する住宅地を標的に、軍需生産を担う労働者を殺害し、家屋を破壊する。こうして,厭戦気分を高めて、戦意を挫こうとした。

米軍爆撃機の搭乗員は,爆撃による焼死体を直接見ることもなく,罪悪感は感じない。日本人の焼死体を見たとしても,捕虜とした米軍人や中国人を虐待,処刑した日本人が受けるべき当然の報いであるとして,同情すらしないかもしれない。米軍爆撃機搭乗員は,戦争を早く終わらせ、米国人の命を救うことができると考え、自分たちの空爆を誇りにしていた。

写真(右):1945年3月10日東京大空襲の焼死者;米国陸軍航空隊のB-29重爆撃機334機が2000トンの爆弾を搭載して東京を夜間空襲した。カーチス・ルメー将軍General Curtis Lemayは,主に焼夷弾を投下して,住宅と民間人を焼き尽くす作戦だった。

1945年3月、米軍が沖縄を攻撃したのは,日本本土が大空襲を受け、本土と国体の危機が叫ばれていた時期である。沖縄は,本土決戦の準備時間を稼ぐ捨石とされた。

他方,日本軍上層部は,1944年10月のフィリピン戦で,航空機による特攻作戦が多大な戦果を挙げたと考えた。過大な戦果を前提に、1945年3月末の沖縄戦でも、特攻「天一」作戦を採用した。

●天号作戦指導要領 
 
1.1945年3月末を目途に航空作戦準備を完成し,来攻部隊を撃破する。 
2.航空作戦の主要目標は輸送船団。
3.米空母任務部隊の撃滅のために,空母部隊が本土に来攻した場合,本土配置の特攻兵力の全力を使用する。また,南西諸島方面に来攻した場合,特攻兵力の一部を使用する。
4.航空基地を整備し,地上部隊による確保にも配慮する。

1945年3月26日,米軍の慶良間列島上陸により,連合艦隊司令長官豊田大将は「天一号作戦」を発動。


●1945年1月20日、大本営の帝国陸海軍作戦計画大綱を決めたが、「皇土特ニ帝国本土ヲ確保スル」目的をもって沖縄を縦深作戦遂行上の前縁として,本土防衛の準備をすることとした。また,沖縄・硫黄島などに敵の上陸を見る場合においても、極力敵の出血消耗を図り、且つ敵航空基盤造成を妨害するという持久戦の方針を確認した。
こうして,海軍は「天号作戦」を、陸軍は「決号作戦」を策定し、その対応にあたった。沖縄守備軍第32軍は、住民に対して「軍民の共生共死」を強調した。

●1945年1月25日には、最高戦争指導会議で「決戦非常措置要綱 」を決定し,次のように戦争方針をのべた。
第一条 帝国今後ノ国内施策ハ速カニ物心一切ヲ結集シテ国家総動員ノ実効ヲ挙ケ以テ必勝ノ為飽ク迄戦ヒ抜クノ確固不抜ノ基礎態勢ヲ確立スルニ在リ 之力為具体的施策ヲ更ニ強化徹底シテ近代戦完遂ニ必要ナル国力並国力ノ維持増強ニ遺憾ナキヲ期ス

第二条 国力並戦力造成要綱:当面ノ情勢ニ鑑ミ国力並戦力造成上ノ基本方針左ノ如シ
 一 作戦上ノ中核戦力トシテ依然航空機並限定セル特攻屈敵戦力ヲ優先整備ス
 二 国力ノ造出ハ日、満、支資源ヲ基盤トシ自給不能ナル南方資源ヲ充足シ其ノ総合的運営ノ下ニ近代戦争遂行能力ノ確立ヲ主眼トシ併セテ各地域毎ノ攻戦略態勢ノ強化ヲ図ル全軍特攻の方針が実施されることになった。


●<集団自決か集団死か>
沖縄タイムス社(1950)『鉄の暴風』で沖縄住民の「集団自決」が取り上げられたのを契機として、マスコミや研究者が「集団自決」を話題にするようになった。戦時中は、アリューシャン列島アッツ島の日本軍「玉砕」、サイパン島でも軍民「玉砕」など、軍人・民間人が、戦場で死亡・戦死・万歳突撃・自決する状況を、「玉砕」と表記していた。「玉砕」した民間人を「集団自決」と表現したのかもしれない。
その後、家永三郎(1913~2002年)著の歴史教科書問題で、沖縄戦の「集団自決」も記述するようにと,文部省からの指示があった。家永三郎教授は、他の修正部分と併せて提訴し、これが集団自決の議論に発展した。

つまり、「自決」とは、軍人が全力をつくして戦ったのち、戦局が挽回できない、捕虜になるのを避けるなどの理由のために、「軍人が自ら死を選ぶ」軍隊用語であり、軍人の責任をもってする自殺である。つまり、戦争の犠牲になり,死に追い詰められた沖縄住民は、「自決」の語は適切ではないとも考えられる。

住民の「自決」という表現は、皇民育・軍国主義教育、日本軍の作戦指導によって死に追い込まれたという要素を取り去ることになり、沖縄戦の日本軍の責任を免責することになる。換言すれば,沖縄戦の本質を見誤らせることになるという批判がある。そこで,「集団自決」に替えて「集団死」と表現する場合も出てきた。(⇒強制的集団死および「集団自決」と集団死」引用)

集団死は,慶良間列島の渡嘉敷島では329人、座間味島171人、慶留間島53人の集団死をはじめ、伊江島100人、読谷村84人以上、喜屋武半島数百人などが起こり、日本軍による住民殺害は、渡嘉敷島11人、久米島20人、伊江島6人、伊是名島5人、大宜味村約30人、喜屋武半島24人、久志村約40人、今帰仁村5人と言われる。
 

●沖縄守備隊の海軍根拠地隊司令官大田實少将が海軍次官あてに出した6月13日最終報告「大田少将 決別の辞」では,次のように述べている。
沖縄戦の開始以来,陸海軍は防衛戦闘に専念していたため,県民を殆ど顧みることがなかった。しかし,県民は,青少年を全部を防衛召集に捧げ,家屋と家財を焼却させられ,残る老人幼児婦女子も軍の作戦に差し支えのない小防空壕に避難した。若き婦人も看護婦,炊事婦は元より,砲弾運び,挺身斬込み隊へ申し出るものもあった。所詮,敵来たりなば,老人子供は殺され,婦女子は後方に送られ毒牙に供せられるから,親子生き別れて,娘を軍の衛門に捨てる親もあった。
日本陸海軍部隊が沖縄に進駐して以来,勤労奉仕,物資節約を強要せられて,一部は悪評なきにしもあらざるも,日本人としてご奉公の護りを胸に抱き,沖縄島は焦土化せん。沖縄県斯く戦へり。県民に対し後世特別ご高配を賜らんことを。
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南西諸島南西諸島(なんせいしょとう)は、九州の南方から台湾の東方にかけて点在する諸島の総称。北から、大隅諸島、トカラ列島、奄美諸島、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島とつながっていく。少し離れて大東諸島、尖閣諸島がある。*南西諸島は鹿児島県と沖縄県にまたがっ 美ら沖縄【2007/09/29 16:47】



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