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『知られざる真実』を読み込む。
  29) 言論封殺のメディア・コントロール

 小泉首相の独裁的政治運営を支えたのは★政党助成金と小選挙区制度だった。従来、政治資金は派閥が集めた。各派閥はそれぞれ資金源を持った。中選挙区制の選挙では自民党は1選挙区に複数の候補者を擁立した。
 派閥は相互に牽制し合った。一派閥、が全体を制圧することはなかった。派閥間の合従連衡が繰り返された。・・・中略・・・
小泉政権は2001年の株価暴落、景気悪化に対応して国債の増発に踏み切った。国債発行額の実態は33兆円だった。会計処理を粉飾して見かけの国債発行額を30兆円にとどめた。当初の政策方針を変更し、国債発行30兆円の公約は実質的に破棄された。政策の大敗を認めず、正しい指摘をした者を「借金中毒に陥っている」と臆面もなく罵倒する。これが小泉首相流の弁論術だった。
メディア・コントロールについては、第二章で詳論する。「NHK問題」も重大なテーマだ。三つの事例を示す。2002年ころから「デフレ」という用語、が頻繁に聞かれるようになった。「デフレ」とは不況、資産価格下落、金融不安を総称する表現だ。一般物価は下落していた、が、当時の実情は「大不況」か「金融危機」だった。用語の発信源は政府=財務省だったと思う。
 「デフレ」の第一義はデフレーション=物価下落だ。物価に責任を負うのは日銀だ。病名が「デフレ」=物価下落なら担当医は日銀で、発病の責任も治療の責任も日銀が負うべきとなる。大不況発生の真犯大は政府=財務省だ。「デフレ」という用語を流布して日銀に責任を転嫁したのだ。深謀遠慮の下に「デフレ」が流布されたと思う。
 「デフレ」の流布に尽力したのはNHKだ。ニュースで「デフレ」を繰り返した。国民は「デフレ」だと思うようになった。二冊の本が発売された。幸田真音著『日本国債』(講談社、2000年)とリチャード・ヴェルナー著『円の支配者』(草思社、2001年)だ。前者は日本財政が危機的状況だと訴える経済小説、後者は経済危機を生み出した主犯が日本銀行だと主張する経済書だ。テレビの報道番組でコメンテーターが宣伝した。メディア・コントロールの一環だ。
 財務省が世論操作にあらゆる方法を用いることを私は熟知している。本の宣伝広告も常套手段だ。リチャード・ヴェルナー氏は短期金融市場の日銀資金(=ベースマネー)と経済・金融変動との因果関係を重視し、日銀の資金供給収縮がデフレの原因だと主張した。この見解は量的金融緩和解除後の経済安定によって否定された。彼らは量的金融緩和を解除すれば株価が大幅下落すると主張した。事実が主張を否定した。
 NHKは「デフレ」をタイトルに冠する特別番組を何度も放送した。サブリミナル効果を狙ったとも言える。私はNHK日曜討論に頻繁に出演した。日曜朝9時から1時間の生番組だ。NHK政治部は週半ば、出演候補者に討論テーマについての意見を聴取する。週末に出演依頼が通知される。番組では主賓格の出演者が司会者上手に着席する。通常は主賓に賛成の論者が上手に、反対論者が下手に着席する。政治討論では与党が上手、野党が下手だ。
 番組のからくりを知った。番組の全体像は出演者を決定する段階で確定する。局は出演者の主張と力量を把握して出演者を決める。司会者が論議を誘導する。論議の流れは事前に予想できる。出演者の構成で結果を操作できる。
 U字形テーブル中央にランプがある。ランプは発言開始1分で点滅、1分15秒で点灯になる。出演者には「1回の発言は1分以内」のルールが説明される。ルールを守らない論者がいる。主賓の長時間発言は司会者が容認することが多い。
 小泉政権任期中に二度出演した。政府が苦境に立った局面では呼ばれなかった。事態が一時的に改善して、政府がアピールしたい局面でだけ招かれた。主賓は竹中経財相と本間正明経済財政諮問会議議員だった。私を攻撃しようと考えたのだと思う。
 視聴者は日曜討論が中立公正な討論番組と誤解するが問違いだ。政治討論では政党が中立公正』を求めるので問題が少ないが、経済の討論ではNHKが政府に強く配慮する。山本孝氏の司会は公正・中立だった。後任の影山日出夫氏は政府への配慮を露骨に示すことが多かった。NHKへの小泉政権の圧力が強くなっていることを実感した。
 フジテレビの報道2001にも出演した。番組ディレクターから政府閣僚が出演する際にコメンテーターの人選について要請が多いと聞いた。番組は閣僚出演を実現するために要請を受け入れるそうだ。中立・公正な番組作りは難しい。

30)  竹中氏の抗議
 第三は竹中氏からの圧力だ。竹中氏は経済誌のインタビューで「一番嫌いなのはタブロイド紙」と答えたという。タブロイド紙とは「夕刊フジ」「日刊ゲンダイ」などの夕刊紙だ。私は夕刊フジに『快刀乱麻』というコラムを連載した。竹中氏はこれを嫌った。
 私は小泉政権の発足時からコラムでも経済政策を批判した。金融不安拡大のなかで緊縮財政と企業の破綻処理が推進され、株価や地価暴落、景気悪化が放置された。日本経済の先行きを懸念した。
 アフガニスタンではタリバンと呼ばれる革命勢力が世界遺産を破壊した。日本の経済政策がこのまま維持されればタリバンの政策になると書いた。担当者が「タリバン」の見出しを付けた。竹中氏はこれを不快に思ったようだ。
 勤務していた研究所の担当常務から呼び出しを受け、コラムの表現を緩和するよう指示された。文筆活動に介入しない上司だった。企業に申し入れがあったのだ。
 テレビ東京・「ワールド・ビジネス・サテライト」のレギュラー・コメンテーターを1992年10月から2004年3月まで11年半務めた。竹中氏も小泉政権発足時までコメンテーターを務めた。小泉政権発足後も竹中氏はゲストとして何度か出演した。私が同席したこともあった。番組終了後に控室で竹中氏、キャスター、プロデューサーと雑談したとき、竹中氏が「東京でITサミットを開きたいと思っている」と話した。翌曰、TBSは「東京でITサミット開催」のニュースをスクープ報道した。マスコミヘの情報リークの現場を目撃した。
 TBSのプロデューサーから警告を受けた。竹中氏が、私が竹中氏の人格攻撃をしているので、私がTBSのレギュラー・コメンテーターを降りない限り番組に出演しないと通告してきたと言う。番組としては竹中氏の出演を強く希望しているとのことだった。テレビ東京は小泉政権を全面支援する曰本経済新聞社の子会社だ。私は「政策批判をしているが、人格攻撃をしていない」と答えた。
 結局2004年4月の出演を最後に降板することが決まった。最後の出演直前に2004年4月の事件が起こった。竹中氏はその直後に参議院選挙への出馬を表明し、TBSに再び出演するようになった。その竹中氏は2006年9月15曰、私が今回の事件に巻き込まれた2曰後に、参議院議員を辞職することを表明した。
 ******************
第1章  偽装     <完>

  以下、二章、<炎>・・・自伝的エッセイ
     三章、<不撓不屈>・・信条表明
     巻末資料・・ と、興味深い文が続くが、略す。

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