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『知られざる真実』を読み込む。
 23) 切り捨てられる弱者 

 第三の問題は弱者切り捨てだ。小泉政権は官僚利権を死守する一方で、「弱者切り捨て政策」を激しい勢いで進展した。国が窮乏したとき、特権階級にある者、が率先して利権を手放したうえで一般市民に痛みを求めるの、が正しい順序だ。
 江戸時代の「享保の改革」、「寛政の改革」でさえ、幕府が質素・倹約の範を示し、その上で民に倹約を求めた。だが、小泉政権の改革は異なる。官僚利権に手を付けず、弱き人々への支援措置を冷酷に切り捨てた。
 「格差」が問題になった。懸命に仕事しても生活保護水準の所得さえ得られない「ワーキング・プア」が急増した。企業は正社員を減らし、雇用形態を派遣やパートなどの非正規雇用に急激にシフトした。非正規雇用社員の雇用者全体に占める比率は1985年には12%程度だったが、2005年には3分の1の1600万人に達した。多数の中間層が没落した。
 高齢者の各種負担も激しい勢いで増加した。医療費の本人負担が1割から2割になれば本人の負担は倍増だ。2割負担が3割負担に変化しても負担は5割増だ。具合が悪いのに病院に行けない高齢者が急増している。
 所得税や住民税の高齢者控除が廃止され税負担も急増している。介護保険料も引き上げられた。12月20日の朝日新聞投書欄に横浜在住の75歳男性から、06年の手取り収入が91万円減った実情が伝えられた。
 高齢者の中には高額資産保有者がいる。しかし、蓄えが乏しくつましく暮らす人が多く存在する。弱い立場にある人にしっかり手を差し伸べるのが、真に豊かな社会ではないか。
 2005年から2007年にかけて、所得税、住民税の定率減税が全廃された。また国民年金保険料、厚生年金保険料も引き上げられる。他方で大企業は史上空前の利益を計上した。
 2006年11月に政府税調会長に就任した★★本間正明・阪大教授は、直後の12月に失脚したが、税調会長に就任早々、法人税減税の方針を示した。一般の国民が、格差拡大によって豊かさから遠ざかるなかで、企業を一段と優遇する税制改革を推進した。
 「労働ビッグバン」や「再チャレンジ支援」の言葉が踊るが、内容は「企業優遇」だ。派遣労働者は派遣期間が3年に達すると正社員になる道が開かれていた、が、これも廃止される方向だ。正社員と非正社員の差別的待遇の見直しも一部しか進展しない。
 15才~24才の労働者では2人に1人が非正規労働者だ。若年層で能力も夢も希望もありながら、経済的事情で勉学への遣を閉ざされる人も多い。
 離婚率が高まったが、女性が子育てと仕事を両立する負担は重い。子どもに十分な教育機会を与えることも容易でない。政府は生活保護世帯に対する「母子加算」を打ち切った。理由は母子加算を受ける世帯の消費支出が生活保護を受けない母子世帯の消費水準を上回るからだという。朝日新聞投書欄に熊本市の右田さんが「それが実情なら、生活保護を受けていない母子世帯に対して助成すべき」との声を寄せた。正しい意見だ。
 「がんばった人が報われる社会をつくる」が竹中氏の常套句だった、が、世の中には、、がんばっているのに報われない人が多数存在し、放置されている。彼らを浮上させる仕組みをつくることが「、がんばった人が報われる社会をつくる」ことではないか。「格差」の問題は「分配」の問題だ。企業活動の結果生まれる果実を経営者・株主と社員にどう分配するか。これが「分配」の問題だ。社員の中に正社員と非正社員がいる。両者の格差も大きい。
 米国では従来から分配の格差が大きかった。それが、1990年代の「ビジネス・フロセス・リエンジニアリング」を通じて一段と拡大した。この★米国流の「市場原理主義」が正義のイデオロギーとして日本に持ち込まれた。この点について、『国家の品格』の著者藤原正彦氏が指摘する(「国家の堕落」・文薮春秋』2007年1月号。)
 藤原氏は「 「市場原理至上主義」は「共生」にも似て単なる経済上の教義ではなく、経済の枠を越えあらゆる面に影響を及ぼすイデオロギーである。人間の情緒とか幸福より、効率を至上とする論理と合理を最重視するという点て論理合理と言ってもよい」と指摘する。
 米国の政治学者サミュエル・ハンティントン氏は著書『文明の衝突』で日本文明を世界の八大文明のひとつに位置付けた。自然を崇め、大切にし、相互に信頼し、助け合い、許し合う「共生」の思想を育み続けてきたのが日本文明の美徳だったと思う。万一「ニート=NEET」と呼ばれる、仕事、学校、職業訓練に就いていない若年層が激増した。格差が拡大し、希望を喪失する若者が増加する社会の将来は暗い。
 ★市場原理至上主義者は「結果の平等」よりも「機会の平等」が大切だと言う。結果の平等が行き過ぎれば、人々は意欲を失う。結果の格差を「ある程度」容認すべきだ。だが、前提として「機会の平等」を確実に確保する必要、がある。
 「機会の平等」で重要なのは、出生した時点の経済条件を均等化することと、教育を受ける権利を保障することだ。相続税で初期条件の均等化をはかることは必要だろう。重要なのは★公教育の拡充だ。教育再生会議の迷走が伝えられる。小泉首相は「米百俵の精神」が大事と言いながら、公教育への政府支出を削減した。
 教育の充実には費用がかかる。日本の将来を考えるなら、公教育を充実させるべきだ。経済的事情で高等教育を受けられない人が多数存在する。こうした人を支援することが「機会の平等」を確保する政策だ。
 一割負担、が障害者にとって苛酷なケースが多い。官僚利権を温存し少数弱者を切り捨てる政策姿勢を許せないと思う。
 「ハンセン氏病訴訟」をマス・メディアが大きく報道した。小泉政権は国、が控訴しないことを決めた。だが、★★「障害者自立支援法」をメディアはほとんど報道しなかった。小泉政権は障害者に「酷薄」に接した。メディアが報道しなければ支持率に影響しない。すべては★「支持率」をにらんだ政治判断だったと考えざるを得ない。
 米国の財政支出には「裁量支出」と「フログラム支出」という区分がある。社会保障関係の費用は制度に基づいて機械的に支出される。これを「プログラム支出」と呼ぶ。「裁量支出」は個別に検討されて決定される。
 財務省の「歳出削減」は「プログラム支出」に重心を置く。社会保障支出は制度、が確定すれば額が機械的に決まる。裁量が入り込まない。「フログラム支出」は財務省の権力、利権にならない支出項目なのだ。このため、常に歳出削減費目として社会保障関係の「プログラム支出」が掲げられる。
 小泉政権が「公共事業」と「道路特定財源」を目の仇にしたのは、これらが旧田中派=平成研究会の支配下に置かれてきたことが理由だ。道路特定財源を見直すなら「暫定的に」高く設定された税率を本来の税率に引き下げるべきだ。しかし、小泉政権は税率を高く維持したままでの一般財源化を主張した。財務省は常に一般財源の増加を熱望し、減税を嫌う。
 財務省は地方への国税配分である「地方交付税」を『フログラム」から「裁量」に切り替えようとしている。狙いは権力の増大だ。官僚利権死守、少数弱者切り捨て、権力のあくなき追求が★財務省の行動原理だ。小泉政権はその守護神だった。
 24)米国隷属の外交 へ <続>。



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