カウンター 読書日記 *1968年を手がかりに
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*1968年を手がかりに
『遊学』大和書房版 p362より引用開始
「・・・中略・・・大学三年(1964年~65年)、文字どおり血判を押して革命組織に参加した。参加するににあたっては総括文書が必要であったが、これを組織はじまって以来の長文で提出した。テーマは「否定」というものだ。しかしこの投企はかえって僕の「想像力下に煮つまっていた組織」を解体させてしまった。それでも日々は激越な闘争と責任がのしかかっている。議長職の任務も重畳されてきた。このころはマルクスを読む時間など正直なかった日々である。かわりに、思索のノートをとる毎日がつづきそんな中でわがマルクス学はしだいに変質していった。思想の変質は行動を変質させた。行動速度が思想速度をひっぱるほどには、僕は自分の体を信奉していなかった。主体性の哲学をはきしようとしはじめたのもこのころからの作業だったとおもわれる。むろん組織は僕に自己批判を迫り、僕は僕で組織の要求とは別の自己批判をくりかえしていた。四年の冬、父が病死して借金がのこり、借家を 追い出されることになって、僕は借金を返しつつ母と妹の面倒をみざるをえなくなっていた。それがマルクス主義学生戦線からのっ事実上の隔離ととなっている。
 父の死後三年で、(1968年)いろいろの準備がおわった。各種のおもいをこめて、ぼくは  『遊』という雑誌の刊行に踏み切ることにした。・・・略・・・」引用終わり。

 松岡正剛にとっての、1968年とは、こんな年月のなかのことだった。

 「連休モードに乗って」で、紹介した二つのうた(詩)は、かくも痛烈な体験、を経て書き記されたものである。

 もう一度、こころ静かに読まれることを是非お薦めする。
 
 人の体験・経験とは何なのか?

 率直に言おう。わたしは、同一人物の業とはいまもって信じられないのだ。それとも、同姓同名の赤の他人の作なのだろうか?

 万物は流転する!<続>

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