カウンター 読書日記 『知られざる真実』を読み込む。
読書日記
日々の読書記録と雑感
プロフィール

ひろもと

Author:ひろもと

私の率直な読書感想とデータです。
批判大歓迎です!
☞★競馬予想
GⅠを主に予想していますが、
ただ今開店休業中です。
  



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


『知られざる真実』を読み込む。
 
 ● 14 日本経済の崩壊  (註:文中★印は便宜上のもの。)
 
 
 2001年4月26日、小泉政権が発足した。夏に参議院選挙が予定されていた。森政権の支持卒が10%を割り込み、自民党は支将卒を回復できる党首、首相を必要とした。自民党総裁選の方式を地方党員票の比重を高めるかたちに変更した。開票においては党員票の開票を先行させた。この結果、自民党国会議員票で劣勢だった小泉氏、が総裁に選出された。
 小泉氏は日本遺族会の票を獲得するために「8月15目の靖国神社参拝」を公約に掲げた。★亀井静香氏は総裁選に立候補したが、最終的に本選挙出馬を見送った。小泉氏陣営と協定を締結した。協定の骨子は、★①本選挙で亀井陣営が小泉氏に投票すること、②新政権人事において亀井氏が相談に預かり、亀井氏も処遇されること、③3月に亀井氏が中心になって決定した「緊急経済対策」を小泉政権が着実に実行すること、の三点だった。
 伝令役は安倍晋三氏だった。★私は安倍氏から直接聞いた。だが、協定は小泉氏によって破棄された。亀井氏は新政権人事から排除され、緊急経済対策の実行も否定された。★安倍氏は小泉氏の協定破棄に苦言を呈したが、★★小泉氏に「そんなことは選挙までの話だ」と一蹴されたそうだ。人の道に反した行動だと思う。
 小泉首相が経済政策の方針を示したのは2001年5月7日の所信表明演説だった。「緊急経済対策の実施」の表現は残ったが、内容は否定されていった。「緊急経済対策」の目玉の「株式買取機構」にも否定的見解が示された。株価は「緊急経済対策」が決定された3月から5月にかけて上昇したが、所信表明演説の5月7日の1万4529円を境に下落に転じた。
 小泉政権は経済政策に二つの基本方針を示した。「緊縮財政」と「企業の破綻処理推進」だ。「国債を絶対に30兆円以上発行しない」、「退出すべき企業を市場から退出させる」と表現された。国債発行抑制は緊縮財政運営を示す。緊縮政策は経済悪化を招く。小泉首相は経済悪化を念頭に置いて、国民に「痛みに耐える」ことを求めた。
 多くの国民が「より良い明日をつくるために必要な痛みなら我慢しよう」と思った。だが、大半の人は直接的な痛みと無縁だった。本当の痛みに直面する人の比率は低い。しかし、その痛みは激しく深刻だ。しかも、痛みの先に明るい展望は見えていなかった。意味なく国民を不幸に突き落とす愚劣な政策だった。「いまの痛みに耐え、より良い明日を目指す」方針はもっともらしく見える、が、痛みに直面する人の実情を無視した血の通わない大衆扇動のプロパガンダだった。いまの痛みに耐えている間にさらに激しい痛みがもたらされる政策だった。
 
2001年度の財政運営は97年度の橋本政権よりも緊縮度が強かった。すでに2000年度に森政権が超緊縮財政を実行し、株価急落、景気悪化を招いていた。小泉首相は痛みをさらに増大させる方向に舵を切った。緊縮政策で経済を悪化させ、企業の破綻を推進する。景気悪化-株価下落-金融不安の「魔の悪循環」表面化は順当な帰結だった。
 小泉政権発足当初から、私は日本経済が最悪の状況に追い込まれる可能性が高いと警告した。圧倒的少数意見だった。小泉首相の掲げる「改革」の内容にも疑義を唱えた。財政健全化に反対しないが、緊縮財政が財政健全化をもたらすと考えなかった。
 ★財政と経済の関係は「果実」と「樹木」の関係に似ている。財政は経済という「樹木」が生み出す「果実」によって賄われる。「果実」の収穫だけを優先して「樹木」を枯らしては「果実」が消滅してしまう。「経済あっての財政」で「財政あっての経済」ではない。財政を健全化させるには、回り道に見えても経済の健全化を優先すべきだ。やみくもに緊縮財政に突き進めば、経済が悪化して財政も悪化してしまう。
 小泉政権の「改革」はまやかしだった。私は「改革」の本丸は「天下りの廃止」だと主張した。小泉政権が官僚利権の本丸である「天下り」全廃に取り組むなら小泉政権を全面支持した。夕刊フジの連載コラム『快刀乱麻』でも繰り返し表明した。だが、小泉政権は天下り廃止の意思を持たないだろうと考えた。洞察は正しかった。★★小泉政権は天下り利権を徹底擁護した。
 日本経済は懸念した通りに崩壊の一途をたどった。株価は5月7日以降暴落した。日経平均株価は9月12日に1万円を割った。だが、前日に発生した米国の同時多発テロが経済失政を覆い隠した。小泉政権は「米国で同時多発テロが発生し、株価が1万円を割り込んだ」と説明したが、★株価はテロ発生前に暴落していた。
 「企業の破綻推進」方針の下で大型倒産、が相次いだ。9月に「マイカル」が民事再生法を申請した。12月には「青木建設」が破綻した。「青木建設」破綻報道について小泉首相は「構造改革が順調に進展している表れ」だとコメントした。★首相が大企業破綻を歓迎する珍しい光景が放映された。
 株式市場に動揺が広がった。首相の大企業破綻歓迎姿勢を見て、市場関係者は大型倒産の連鎖を警戒した。市場の関心は「ダイエー」に注がれた。「ダイエー」破綻は大銀行破綻の引き金と理解された。「金融恐慌」が現実の問題として差し迫った。市場に緊張が走った。
 金融恐慌の危機が迫ると小泉政権は★あっさり企業破綻推進方針を放棄した。この「変節」、良く言えば「柔軟さ」が小泉政権の基本特性のひとつだ。「退出すべき企業を市場から退出させる」方針は撤回され、2002年1月、ダイエーヘの4000債円金融支援策が発表された。★ダイエー支援策決定の裏に政府の介入があったことは明白だ。
 小泉政権は大型補正予算を編成した。追加的な資金調達額は約5兆円だった。財政赤字は28兆円から33兆円に拡大した。緊縮財政の公約も破棄された。小泉政権は「国債発行額30兆円以下」の公約破棄を隠蔽するために、会計操作で見かけの国債発行金額を30兆円に抑制した。粉飾決算と言ってよい。
 2002年年初、小泉政権は政策失敗により窮地に追い込まれ、当初の政策方針を全面放棄した。小泉政権の政策失敗は明白だった。日経平均株価は5月23日に1万1979円に反発した。ところが「喉元すぎて熱さ忘れる」だ。小泉政権は政策路線を再び転換した。この結果、二度目の政策破綻が生じた。
 2002年7月、NHK日曜討論に出演した。竹中経財相が登場した。2002年度の経済政策運営がテーマだった。2001年度に5兆円の財源調達を追加する補正予算、が編成されたため、02年度は同規模の補正予算が編成されて経済成長率に与える影響が中立になる。したがって02年度にも同規模の補正予算が必要だった。私が指摘した。補正予算が必要になるから早期に方針を明示して経済心理の悪化を未然に防ぐべきと主張した。
 私の提案に対して竹中氏は★「補正予算編成など愚の骨頂」と発言した。株式市場は冷徹だった。「愚の骨頂」発言を受けて株価は再び暴落し、日経平均株価は1万円を割った。経済不安が広がったが、★小泉首相は関心をそらす行動を取った。9月17日に北朝鮮を訪問した。

 ************************

●15・ 「標的にされた、りそな銀行」へ続く。
 

スポンサーサイト


この記事に対するコメント
熱海港海釣り施設へ向かう途中の熱海港の様子を撮ったが、小雨で、寒かった。熱海港海釣り施設は青木建設受注で工事中
【2012/02/29 16:21】 URL | 智太郎 #Cv7CRq2s [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://2006530.blog69.fc2.com/tb.php/215-98bfbada



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。