カウンター 読書日記 『知られざる真実』を読み込む。
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『知られざる真実』を読み込む。
 ★ターゲットは、「りそな銀行処理」という名の闇。

 りそな銀行の実質国有化と

 その巨大国家犯罪の実行犯どもである。

 ここでは、

 1・「りそな処理」

 2・徳洲会病院臓器売買事件と沖縄知事選挙

 の二つに絞って、読んでいこうと思う。

 その前に「エピローグ」を紹介しておきます。
  

 ******************

  ★エピローグ

 2004年4月の事件に巻き込まれて以降、多くの人にさまざまな形で支援していただいた。今回の事件は発端に私の不注意が存在しており、この点については申し訳なく思っている。深く反省し、教訓を今後の人生に生かしてゆきたい。
2004年の事件以降、再起の道を歩み始めたなかで、巨大な喪失の理不尽に抗ってきたことにわずかでも思いを巡らしてくれるならありがたく思う。社会的に損なわれたなかで、自らの尊厳をいかなる状況下でも守りたいとの「武士の一分」に近い気持ちが存在し続けたことを告白する。
98年1月の事件について解明できていない疑問点がある。当時の条例違反の刑罰は5万円以下の罰金だった。否認した私は警察官の「認めなければ逮捕する」の言葉に反応して上申書提出に同意してしまった。逮捕は本当に可能だったのだろうか。04年は警官の誘導に乗ってしまった。
 刑事手続きについてあまりにも無知だった。こうした事態は誰の身にいつ降りかかるか分からない。刑事手続き、刑事訴訟法や刑事訴訟規則について最低限の知識を持っていなければならない。学習指導要領が論議されているが、中学校、高校で、刑事手続きの教育を必修にするべきだと思う。
 本書で私は真実をありのまま記述した。私の心に一点の曇りもない。冤罪は今後も生まれると思う。冤罪を防ぐ方策が不可欠だ。5つの提案を記すo第一は、取り調べでの脅迫、拷問を排除することだ。
東京地検地下にある警視庁同行室への押送、逆送も拷問の一種と言って差し支えない。第二に、否認する被告人に対する不当な長期勾留を排することだ。長期勾留に伴う多大な不利益が事実に基づかない自白を生み出す強い誘因になる。第三は被疑者の署名や指印のない警察官の一万的な供述に証拠能力を認めないことだ。存在しない会話が創作されて証拠として採用されるなら、国民は警察権力の思うままに犯罪人に仕立て上げられてしまう。第四は、取り調べに録画、録音を義務づけることだ。密室での取り調べには客観的な監視が絶対に必要だ。第五は刑事裁判における「疑わしきは罰せず」の根本原則を確実に遵守することだ。
 日本の刑事裁判における有罪率は99・9%に達する。「疑わしきは罰する」に等しい実務が横行している。被告人が否認する事件でも有罪率は97%だ。「それでもボクはやっていない」を制作した周防正行監督は外国特派員協会での講演で、英国での否認事件の有罪率が約50%であることを紹介した。日本の刑事裁判の異常さを数値が示している。いわれなき犯罪の訴追から市民を守り、無実の者が誤って処罰されないように、刑事裁判は「疑わしきは被告人の利益に」の原則を採用したはずだった。有罪に合理的な疑い、があれば、罪に問われた者は無罪が鉄則である。この大原則が踏みにじられている。
  本書で「改革」についての私見を示した。江戸時代中期に財政破綻の危機に瀕した米沢上杉藩の再建に尽力した上杉鷹山は、17才で藩主の地位に就き改革に着手した。その時、
   受けつぎて国のつかさの身となれば忘るまじきは民の父母
という歌を詠んだ。財政再建に取り組むために、上格の武士を含めて一汁一菜の食事、木綿の衣服での暮らしを命じる大倹執行の命令を発して率先垂範した。これが真の為政者、改革者の姿だ。心中には藩の行く末を憂い、民の幸福を願う「経世済民」の思想が脈々と流れていた。「漆の実のみのる国」で上杉鷹山を描いた藤沢周平氏が「信長嫌い」だった。その意味を現代にあてはめて考えるべきと思う。
 
  世に存在する理不尽、不条理。人生で遭遇するさまざまな試練にどのように立ち向かい、何を目指して生きればよいか。大きな試練に直面するなかで、私は素晴らしい人と巡り会うことによって、ひとつの解答を得た。愛を注ぐこと、愛こそが他のなによりも大切であることを知った。これからの生き方を通じてこの喜びを多くの人に伝えてゆきたい。
 私は本書を2006年11月中旬から2007年1月中旬にかけて東京拘置所内で書いた。多くの制約条件があり、データを十分に示せなかった。この点を保釈後に補足した。
 経営する企業のレポート発行事業が操業停止に追い込まれ、ホームページのコラム執筆を拘置所内で維持した。執筆に時間を割かねばならなかった。ホームページを支えてくれた浅川和彦氏に深く感謝している。記してお礼申し上げる。
 本書を執筆できたのは多くの人が温かく、そして力強く支援してくれたことによる。名前を記述できないが心より感謝申し上げる。株式会社イプシロン企画出版の小浦雅裕氏と末井幸作氏は西部邁先生に紹介いただいた。その縁で出版を快諾してくれた。
 すべての支援者と読者に感謝申し上げる。人の世には悪も理不尽も不条理も存在する。だが他方に、人間であるから体験できる喜びが存在する。真、善、美、赦し、愛。これらによって人は救済されることを知った。美しい地球に生を受けたすべての人が、愛に満ちた生きがいのある人生を体験してゆけることを心より願う。
 **************
●エピローグ 引用終わり                

 
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