カウンター 読書日記 『江戸王権のコスモロジー』・<御真影>
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『江戸王権のコスモロジー』・<御真影>
  ・・・
 日本で最初の御真影は、明治五年(一八七二)に★写真師・内田九一によって撮影された。『明治天皇紀』に次のように記されている。

 さきに天皇・皇后、写真師・内田九一を召して各々御撮影あり、是の日、宮内大輔・萬里小路博房を以て之れを皇太后に贈進したまふ、九月三日、皇太后亦宮城に行啓せられ、九一を召して御撮影あり、十五日、九一、天皇・皇太后の御写真大小合せて七十二枚を上納す、当時の宸影、一は束帯にして、一は直衣を著御し金巾子を冠したまふ・・・
 
 最初の御真影は、束帯と直衣を着た二種類の姿で写されたが、この撮影をした内田九一は、日本の写真の開祖とされる長崎の★上野彦馬の弟子で、明治二年(一八六九)に東京に進出して営業写真館を開き、翌三年の『東京諸先生方独案内』の中で横山松三郎と共に名前が載り、東京で一、二をあらそう写真師になった人物である。
 興味深いことは、内田九一は天皇・皇后を撮影すると、その日のうちに写真を皇太后に贈っているが、九月三日に皇太后を写すと、こんどは十二日間もかかってから、天皇・皇后の写真も合わせて七二枚の写真を上納していることである。これは「湿板」で撮影し、「鶏卵紙」という印画紙で焼付け(プリント)するという当時の写真技術からくるものである。
 湿板とは、・・・中略・・・

 こうして明治初期に鶏卵紙が実用の段階に入るや、いちはやく複製ができる性質に着目して、現在の印刷と同じような形で利用していることは注目される。そして御真影も印画紙に焼き付けて、全国に「下賜」することが可能になった。御真影がその本来の力を発揮するのは「下賜」されることによってであり、それを支えたものこそ、写真の「複製性」であった。・・・中略・・・

 御真影が下賜された時期は驚くほどはやく、明治六年(一八七三)からであり、この年、新たに御真影の撮影がおこなわれた。『明治天皇紀』に次のような記事がみえる。

(明治六年六月四日)
さきに奈良県令・四條隆平、御写真を拝戴して新年・天長節等の祝日に之を政庁に奉掲し、県官並びに官民をして瞰拝せしめんと欲し、其の下賜を宮内郷に申請す、是の日、特に之れを聴したまふ、是れ地方庁に御写真下賜の姶なり、
(同年十月八日)
是の日、宮城内写真場に於て、新制の軍服を著して撮影あらせらる、十日成れるを以て上る、全身・半身の二種ありて、全身の聖影は大中の二型あり、共に帽を脱して卓上に置き、剣を杖つきて椅子に凭りたまへり、尋(つ)いで伊太利国皇甥其の他に大型の全身星影を賜ひ、又十一月七日、各府県に同聖影を下賜することを聴(ゆる)したまふ。
・・・・以下略・・・
 *******************

 ●大日本帝国憲法と教育勅語
 明治六年(一八七三)に御真影が奈良県庁に下賜されて以後、府県庁などの地方官庁、師団本部や軍艦などの軍の施設、政府諸機関に下賜されていった。しかし御真影が天皇制国家の形成に特別な役割をはたすのは、★学校に下賜されるようになってからである。
 明治十五年(一八八二)にまず官立学校に御真影が下賜され、明治二十年(一八八七)に沖縄県尋常師範学校への下賜を最初として、★明治二十二年中には府県立学校への下賜が終わり、市町村立高等小学校への下賜がはじめられた。こうして御真影の全国の学校への下賜が進む中、★新たな御真影も製作された,それは単なる写真ではなく、★肖像画を写真で複写するという複雑な方法で製作された。『明治天皇紀』に次のように記されている。

(明治二十一年一月十四日)
宮内大臣子爵・土方久元、印刷局雇・伊太利国人・キヨソネをして天皇の御真影を謹写せしむ、★★天皇撮影を好みたまはず、御真影として存するは、旧制の仏蘭西武軍服を召したまへるものを始め、皆十数年前の撮影に係り、外国皇族・貴賓に贈与するに適せず、請ふ者ある毎に大臣等其の処置に窮せり、価りて伯爵伊藤博文の宮内大臣たるや、屡々奏請する所ありしと雖も許したまはず、久元の大臣と為るや、以為らく、天皇の知りたまはざる間に翔かに拝写するに如かず、其の責任は臣之れを負はんと……、是の日弥生社行幸の事あるを好機と為し、キヨソネに命じて拝写せしめんとす、キヨソネ命を拝して大に感激し、御陪食に際して次室に候し、襖を隔てて正面より龍顔を仰ぎ、御姿勢・御談笑の微に至るまで尽く拝写して余す所なし、既にして原画成り之を撮影す、神彩炎々、聖帝の威容傲然として真に迫る……、★★後天皇の御真影として普く下賜せられたるものは此の原画に基づくものなり、
(同年六月十四日)
皇后、写真師鈴木真一を召して撮影せしめらる、翌日写真師丸木利陽をして同じく撮影せしめたまふ、
(同年八月十九日)・・・・以下略・・・

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