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夢幻王権論 <天海>
  <呪術者・天海> 

 寛永丁丑夏のはしめ、征東大将軍家光公、東照大権現の霊威をあかめられ、城郭のうちに、もとよりありし神殿を、猶孝敬のふかきあまりに、端籬の内外いま一しほの荘厳をそへ、造替あるへきにて、其所を定給ふ、折しもまな鶴二つとひ来り、しはらくありて、東のかたにさる、かくあやしく、妙なる事をおもひて、世に鳴、騒人墨客おのおの心々に、やまともろこしのめて度きためしを湛えて、ほめ奉る……

 これは『東照大権現仮名縁起』(仮名縁起)の一節である。寛永十四年(一六三七)に、江戸城内の二の丸東照社を造営する地曳の文(一種の地鎮祭)の時に真鶴が降りてきて、しばらくすると再び東の空に飛び去った。これを家光はこの上ない瑞祥であり、東照大権現の神徳のあらわれとして大宴会をもよおして祝った。すぐさま林羅山も「城内神廟霊鶴記井詩」(『羅山文集』)をあらわし、持てる学識を縁動員してめでたさを称え、居あわせた陪臣たちも徳川安泰を祝った。この鶴の瑞祥譚は、『水戸記』『御当家縁年録』『資勝卿記抄』『黄葉和歌集』『慈眼大師伝記』『沢庵和尚縁年録』などに多く書き残されている。


 偶然に鶴が飛来したという、ただそれだけのことで、東照大権現の御神徳だと、天海や家光が叫ぶと、御用学者の林羅山が古今東西の故事来歴をひいて、徳川家の安泰を称える。すると並みいる大名たちがそれに和して酔いしれる。寛永十四年といえば、家光は躁うつ病を発病し、強度のうつ状態におちいり、『東照大権現祝詞』のような数々の霊夢を見た時期である。家光の精神異常が集団に感染する。これはもう宗教的な共同幻想の世界である。さしずめ家康教の教祖が呪術者天海であり、狂信的な信者の代表が家光で、あとに大名たちが信者集団として従う、といった構図が浮がびあがってくる。いずれにしても、個人レヴェルの宗教幻想が、国家レヴェルの共同幻想へと拡大したところに、東照大権現の特質があったといえよう。 

  引用<了>
 

 ★為政者集団の集団発狂は、何も日本に限ったことではないが、

 直近の「集団発狂」はどういう形を為していたか、くらいのことは

 常に念頭に叩き込んでおくべきだろう。 


 ●この項、ここで一区切りとして、「ご真影 東照大権現から近代天皇制へ」(p1~)と進む(戻る)。

 目次の順序とは逆になりますが・・・。

 **************

 *2011.5.25誤字訂正。

  

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