カウンター 読書日記 <夢幻王権論> 徳川家光の幻視・幻覚
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<夢幻王権論> 徳川家光の幻視・幻覚

   内藤正敏「民俗の発見」 (948x1280)←クリック

 ★内藤正敏 民俗の発見シリーズ・Ⅲ 
  『江戸・王権のコスモロジー』より。 p58~  法政大学出版局 2007.6.20

 ★家光の幻視幻覚  


 ★家光の幻視幻覚

 三代将軍・徳川家光は、寛永十一年(1634)から十五ケ月かけて日光東照社の再建大造営をおこない、正保二年(一六四五)、東照宮の宮号宣下を受け、正保四年、それまで中断していた例幣使を復活させた。江戸時代に天皇の勅使である例幣使が発遣されたのは、天皇家の祖神・天照大神を祀る伊勢神宮と日光東照宮だけであり、東照大権現は最高の国家神となった。まさに家光は、東照大権現信仰を創り出した将軍だった。実は、家光は非宮に夢幻を視やすいタイプの大物だった。この家光の幻視幻覚的な性格の中に、東照大権現という神の本質が反映しているのではないか……。そのため家光を精神医学的な側面から考察してゆきたいと思う。 


君(家光)御ほうそう(疱瘡)あそばし候とき、ふしぎの御れいむ(霊夢)あり、君の御まくら神に、大ごんけん(権現=家康)さま見へたまふ御かげ、あらたに、たしかに、はいしたてまつりたまいて、すみやかに御ほんふくあり……、

 これは春日局が寛永十七年(1640)に日光社参した時に奉納した「東照大権現祝詞」の一節で、国の重要文化財に指定され、輪王寺に所蔵されている。文中の「君」は家光、「御れいむ」は御霊夢、「大ごんけん」は東照大権現のことである。
 家光は、寛永六年(1629)に疱瘡にかかった時、東照大権現の霊夢を見て全快したというもので、寛永十二年(1635)にも病気になった時、不思議な霊夢を見て治った、寛永十四年(1637)にも大病を患ったが、この時も家光は束照大権現の御神徳ばかりを頼んで夢占を念じてまどろむと、日光社参をして神前の格子のほとりで束帯姿の大権現を見て、夢がさめると回復にむかった……。こんな話と共に、次のような話も記されている。

 ふしぎのあらたなる御れいむあり、八ほのきつね(八匹のキツネ)うちの御宮の方よりきたり、君にむかいたてまつり、御はつらい(患い)よくならせられへきと、たしかにつげ申あげてさりぬ。御ゆめさめさせられ、いよいよ御げんきありとなり。すなはち八ほのきつね、御ゆめのことく、ゑぞう(絵像)におほせつけられ候なり。されは、法花(ほっけ)には、若於夢中但見妙事といへり。おなしく四月二十二日のあかつき、これ又ふしぎの御れいむあり、うまのくちに、松のは(葉)をつけて、ごんげんさまの御みき(お神酒)とて、つゆを、君にたてまつる、それより此の方いよいよ御げんきあり・・・中略・・

 
 >>家光は病気の時に度々、東照大権現(神になった家康)の霊夢をみた。
   この八ほ=八尾の狐を夢を見たときには、わざわざ絵師にその姿を描かせている。

 >>これほど、おじいさん(家康)の霊にとり憑かれている孫(家光)というのも「普通」の感覚
   では理解の外だろう。・・・

 <引用続>

 (p62)・・・ 家光はこんな家康の夢のことまで紙に書いて御守としていたのである。考えてみれば、一国の君主ともあろう者が、このような夢を信じてお守りにしていたことは、異常としかいいようがない。これは家光の幻視幻覚的な体質を示すものだろう。まさに家光は、「夢幻の将軍」といってもよかったのである。

 すでに精神医学的にみて、初期徳川家には精神病的な遺伝が濃厚にあったことが指摘されている。
王丸勇によれば、家康の曾祖父・信忠、父広忠、長男信康、六男忠輝、孫の忠直、家光、忠長、徳松丸、
曾孫の綱重、綱吉、それに母方の伯父・水野信元、従兄弟の勝成などは、★精神病質といわれる性格異常者、あるいは精神病と思われるという。

 ★特に家光の弟・忠長は、殺生禁断の浅間山で、神獣の猿狩りをして、一千二百匹の猿を殺したり、ささいなことで数十人の家来や僧や駕籠丁などを斬殺したなどの話があり、また、従兄弟の忠直(一伯)は、日
夜酒色にふけり、近臣や農民、旅人を殺し、★孕み女を殺して腹を割いて胎児をとり出したなどの話が伝わ
る。これらの話はたぶんに伝説化されたものではあるが、忠長、忠直の乱心は、周期的に感情の変調をき
たす躁うつ病と、家康の母方・水野家にみるような癇癪もちの爆発性気質の遺伝原因が考えられるという。
また三代将軍家光も躁うつ病を発病したことがあり、家光の三男・綱重は自殺しており、四男綱吉(犬公
方)はパラノイアだったという。

 『オランダ商館長日記』の寛永十年(1633)12月13日の記事に、家光について次のような興味深い病状が記録されている。

 「通詞によって我々に、次のことが知らされた。確かに物を知っていると彼が信ずる二、三の人々から
彼が聞いたところによれば、陛下(家光)は病気になって以来その記憶を喪い、全く愚者同然となった由、また、彼の病気と衰弱は、彼が常に深く飲酒をしていたという原因によるとしか判断できず、まさに数箇月以来毎晩毎晩夜通し起きていて、食物らしい食物もほとんど摂らず、宵と夜明けの間に、日本の小型コップすなわち小皿ふうのもので、五、六十杯もあおり、その間夜の10時ごろ夕食を摂ると、明け方彼が寝るまで、彼の妻妾たちの中から選ばれた数人の者とともに、踊ったり、喜劇に興じたり、酒を飲んだりして過してきた由である。それ故に、また我々はソングヮツ(正月)以前には謁見を得る見込もなく、それ以後もかなり長い間待たねばならないことを知った。」

 長崎のオランダ商館では、この年、アウデワーテル号で新カピタンが来日し、将軍に謁見して献上品を贈呈しなければならず、11月21日に家光が病気で謁見が延期になり、家光の病状についての情報を収集しているうちに、このニュースを入手するのである。

 

 
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幻覚幻覚(げんかく、hallucination)とは、医学(とくに精神医学)用語の一つで、実際には外界からの入力がない感覚を体験してしまう症状をさす。聴覚、嗅覚、味覚、体性感覚などの幻覚も含むが、幻視の意味で使用されることもある。実際に入力のあった感覚情報を誤って体 精神医学ってすごい?【2007/09/13 10:52】



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