カウンター 読書日記 『持丸長者』-国家狂乱篇<あとがき>
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『持丸長者』-国家狂乱篇<あとがき>
●『持丸長者』-国家狂乱篇

 <あとがき> 


 国家狂乱の日本史を見てきた。
 日本人は、東京大空襲と全土の都市空襲を語り、沖縄戦で殺され、集団自決した人びとの最期に胸を痛め、最後には広島・長崎に原爆が投下された凄惨な結果を語り継いできた。満州からのシベリア抑留で、どれほど苦難の体験を強いられたか。涙を催さずには聞けない体験談であり、語り継いでゆかなければならない。しかし、すぐれた書籍を除けば、広く一般に語られる話が、ほとんど日本人の被害であることは、奇妙な印象を与えずにはおかない。
 戦争を起こしたのは、日本人である。加害者としての日本人はどうなのか。
 現在の議論を聞いていると、そこから先は、いきなりA級戦犯合祀問題と憲法論議に飛んでしまう。おかしな話ではないか。靖国問題も、戦後の新憲法のいわれも、日本人の加害事実を報道メディアが充分に語ってから、おこなうべきではないか。被害者意識は、日本に存在する国内問題を、外国を憎む方向にすり替える思考法である。その原因となった、もっとはるかに大きな、加害者としての日本人のアジア侵略と太平洋戦争の流れを知る機会を、大半の日本人はほとんど持たなかった。敗戦に至る最後の数年間には、軍人と政治家と官僚ばかりが登場して、町の商人たちの姿が見えない。その歴史にこそ、都市空襲、沖縄戦、原爆被害を把いた、真の問題がひそんでいるはずだ。なぜわれわれは、何も知らないのだろうか。
私自身は、本書のために改めて、縄文時代から日本の成り立ちに足を踏みいれ、『古事記』の神話時代から、すべての時代を飛ばさずに、二十一世紀の現在まで連綿と続く人々を追って、その事蹟を一つずつ書物にあたって、歴史を白紙から知ろうとつとめた。その結果、これまでのいかなる書物でもめぐり合わなかった深い戦争史の淵をのぞき、生きた歴史の尻尾をつかんだ気がする。本書に記したのは、そのうちのエキスだが、叙情に溺れて中心を外れることがないように心がけた。それでも自分はまったく無知浅学な一人にすぎない,毎日新しい史実にめぐり合うのだから、これほど確かなことはない。それは私ひとりなのだろうか
 1975年2月9日の毎日新聞が、大平洋戦争を知らない若者の実態を紹介し、その会話を報道した。こうである。毎日新聞の記者が、一九五二年生まれで、地方の県立高校を卒業した東京の女子短大生と世間話をするうち、日露機争の乃木大将や、総理大臣・東條英機、連合艦隊司令長官・山本五十六に及んだが、その名前をまったく知らないという。そしてついに、彼女がこう尋ねた。
    「太平洋戦争って何?」
    「日本は戦争したんだよ」
    「どこと?」
    「アメリカと」
    「どっちが勝ったの?」
 この記者が受けた衝撃は大きかったが、愕然とするのは、記者だけではないだろう。一九七二年に占領軍アメリカから沖縄が日本に返還されて三年後、これが敗戦三十年後の現実であった。しかも彼女によれば、「聞いてみたら、友達のほとんどは知らなかった」という。では、それからさらに三十年以上を経た現在は、どうなのであろうか。無知の状況は、一層悪化しているのだ。いま最も強く実感するのは、第二次世界大戦後のドイツ人が、ナチスの時代について徹底的に学んできたのに対して、この国家狂乱の一時代を招き、自らつらい思いを昧わった日本人自身が、戦争犯罪への流れを、戦後に一度も深く学ばなかった、という自省である。それは、日本人が戦争をなぜ起こしたかという原因を、日本人がいまだに理解していないことを意味する。

「そのような日本人」の大半の人が寄ってたかって、これから論議できるものだろうか。
戦後一貫して、戦争に至ったくわしい経過を学校で教えさせないよう、教科書検定制度を悪用してきた文部省の知性が第一に疑われる。一方、まだ未熟な子供や学生に対する教えより、社会を動かしている大人に対する教えのほうが,はるかに重要であろう。NHKを含めて、すべての                                                                                    
報道マスメディア、テレビ・新聞が国民をこれはどの無知に導いてきた全体的な責任は、結果としてきわめて大きいと考えざるを得ない。ここ十数年の民放テレビ局が日々の娯楽番組に走って満足する状況は、目を覆うばかりだが、それでもすぐれた番組がないわけではない。こうした中で、2005年8月から2006年8月まで、読売新聞によって一年間特集された「戦争責任」 シリーズの、伝えている。 記者たちによる解析は、見事な戦時追及であった。筆者の地元では東京新聞がよく大いなる敬意を払うべきである。
 そこにつけ加えたい大きな史実がある。軍人と政治家だけが大半の戦争責任者だという視点でよいのか、という疑問である。また時期的には、1928年の張作霖爆殺事件と1931年の満州事変からあとが、主な侵略責任の主題となってきた。これが、日本人側にとって最後に悲劇を招く大きな転機となったことは、記者たちの指摘の通りである。東京裁判も、戦争犯罪の訴追の対象時期を「1928年以後」と定めておこなわれた。
 しかし、戦争は、突然に口火を切るものではない。
・・・(続)

 
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