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『名前のない花』
印象的な一章から、引用する。「身につまされる病と海に救われた体験」もあるせいで。

● 君よ、船の舳先を上げて走れ
 毎年夏になると、どうも子供のように落ち着きがなくなる。沖縄の海と魚が呼びはじめるからだ。昨年の夏も沖縄で釣った魚のことを書いているように、ここ十年大物釣りのために沖縄に通っている。
 私が沖縄の先島(沖縄本島以南の島々を指す)に最初に行ったのは沖縄の本土復帰直後だから(*1972年著者27歳)気の遠くなるほど昔の話だ。今でこそ沖縄というと猫も杓子も馳せ参ずる夏場の定番となっているが、当時は旅行者はちらほらしかいなかった。
 私は仕事をやっているわけではなかったので何をするということもなくあたかも風来坊のように2カ月ほど島々を巡った。沖縄先島最西端の与那国島はまったくの辺境で宿泊場所を探すのにも骨が折れた。久部良(与那国には租納と久部良というふたつの村がある。久部良はおもに漁業によってなりたっていた)で泊まったところは地元の小さな沖縄そば屋の二階の六畳の間だった。南の壁のガラス窓がすっぽりとなく、まるでスクリーンのように風景の見える大きな四角い空間が空いていた。そのスクリーソからは南の海が遠くまで見渡せた。

朝寝ているといつも暗いうちから、開け放した窓から無数のエンジンの音が聞こえた。眠い目をこすりながら窓の外を眺めると、南の海に向かって一人乗りのサバニの群れがいっせいに出航するのが見える。当時漁船と言えばみな船体全体が弓のように反り返った沖縄独特のサバニという船で(今は与那国にサバニを操るものはいない)、それが群れをなし、波を切って沖に向かう姿は壮観だった。
 窓のスクリーンから船影が消えると、やがて空に光が射し、太陽が昇る。積乱雲がむくむくと立ち上がり海はギラギラと輝きはじめる。だが強烈な太陽の圧力によって地上の音のすべてが封印されているかのようにその風景から音は聞こえてこない。やがて太陽が頭上に昇る頃、海の遠くからかすかにエンジン音が聞こえる。目をこらすと目映い太陽の光の道のなかに黒い点景が現れる。影は次第に大きくなる。やがてその影は一隻のサバニの形状を結ぶ。
 漁を終えた一番船だ。
 船の影はあたかも勝ち誇ったかのように切っ先をツンと天に向けフルスピードで波を切っている。大きなカジキマグロがどすんと載っているために船の切っ先は大きく立ち上がるのだ。その姿は途方もなく凛々しかった。

私は一番船が来るといつも部屋を飛びだし桟橋に走った。
船がぐんぐん近づいてくる。
船が桟橋に横づけされると巨大な魚体が眼下に横たわっている。方々に擦れ傷のある魚体には幾重にも太いナイロンのラインが食いこみながら巻きついており、死闘のすさまじさを物語っていた。魚はあたかも自分の突然の不慮の運命に驚いたかのように煌々と目を剥いている。死闘の興奮のまだ醒めやらぬ漁師は包丁を取り出し、肉に食いこんだラインをひとつひとつ切り離す。漁師の手はわずかに震えている。それは手が長時間怪物の強烈な引きに耐えていたであろうことを想像させた。彼は無言のまま最後のとどめを差す。すでに息絶えているかに見えた魚の脳天からドクドクと血が噴き出し、それは苛烈な日差しを受け、南国の夕日のように真っ赤に輝く。私は命と命の闘いと美をそこに見た。
 大物釣りにあこがれたのは、あの瞬間がきっかけだった。その凛々しい漁師の姿を見て、単純な私は「こんな野郎になってみたい」とそう思ったのだ。
 以降長年海外に滞在し、沖縄に行くことはなかったが、目本に腰を落ち着けるようになった十年前からあの時の思い醒めやらず、沖縄通いがはじまった。
 しかし、釣れない。
 当たり前だ。
 大物釣りは、こんな野郎になってみたいというようなミーハー気分で成就するような生半可なものではない。体力とねばり。果断と細心の注意。綿密な海と気象の読み。精密に神経の行き届いた仕掛け作り。そして釣れた時の駆け引きと十全なテクニック。人間の持つあらゆる″武器″が必要とされる。
私にあるものは強いて言えばあきらめないねばりくらいのもので他に持ち合わせているものは何もなかった。それなりの勉強はした。しかし大物釣りに関しては勉強はただの気休めにすぎない。
 私はただただ十年間、来る年も来る年も敗北した。そして疲れ切った背中で沖縄をあとにせざるをえなかった。
 二年前そこにとつぜん救いの主が現れた。
 救いの主といっても普通のオヤジである。彼、岩井さんは、漁師ではない。名古屋で工場を経営する中小企業のオヤジだ。しかもたった四年前に大物釣りをはじめた。年齢は七十に近い。リタイアし、工場は息子にまかせ、当人は沖縄通い釣り三昧。
 岩井氏が沖縄に最初に行ったのはまったく違った動機からだった。五十代の時、彼は重い胃潰瘍を患った。いずこの病院に行っても治らなかった。考えあぐねていた時、ある人から海に潜ってみたらと言われた。沖縄に行って恐々と潜った。不思議なことが起こった。一週間もすると胃の痛みが取れ、帰る時には胃潰瘍はすっかり消えていた。それが沖縄通いのきっかけだった。しかしいつしか治療目的の海は純粋に潜るための海に変わっていた。
 彼の工場はキャブレターのガソリソ噴き出し口の小部品などの金属加工のようなことをしているらしい。研究熱心な彼は血を吐くような努力を重ね、常に業界トップの製品を作り続けた。おそらくそのきわめて日本人的なきまじめさが胃潰瘍の原因と思われる。しかしやがて、何事においても追求を怠らない彼は潜りの世界をも極めるようになる。先にりールのついた水中銃を自作し、とてつもない大物を突いて周囲を驚かせたりした。
 その彼が四年前から自前の釣り船を手に入れ、釣りに挑戦するようになった。なぜか瞬く間に大物を釣った。あの人は漁師が釣れない時も釣るとの評判が立った。私は人から紹介されその船に乗り合わせる幸運に恵まれた。
 私は彼の釣りのスタイルを見て驚いた。
 まったくセオリーに反していたからだ。
 ここでその一部始終を公開するのはばかられるので一例を挙げるなら、こんなもので数十キロ級の大物が釣れるのかと疑うくらい、あっけにとられるほど釣り針が小さい。真鯛をねらってもおかしくないくらいの針だ。しかしそこには長年金属を扱ってきた彼独特の理論があるらしい。彼の釣りを独特なものにさせているのは、あらゆる製品を独自の発想で開発してきた、そのモノと人との関係が釣りにも応用されていることだ。もうひとつ彼の釣りを独自なものにさせているのは、彼は長年潜って魚の目で海を見ていたということだ。
 たとえば彼は、海に垂れた釣り糸のどの種類の釣り糸が魚の目に見えにくいかということを知っていた。そして何よりも巨魚がどのような泳ぎをする小魚を好むかを知っていた。それは意外なものだった。群れをなす小魚の中で泳ぐ力の衰えた魚をねらうのではないかというのが普通考えがちなことだが、そうではなく勢いのある魚を巨魚はねらうのである。
 大物を釣る時は沖縄ではグルクンというイワシくらいの魚をまず釣って、それを泳がせるわけだが、彼は手綱を引くようにラインをちょんちょんと手で引っ張って魚を勢いづかせる。彼の話によると45度くらいの角度で勢いよく底に向かって泳ぐ魚に大物が来るという。
 彼の釣りは人生の成果であると言えた。彼がそれまで携わってきた会社での仕事、そして胃潰瘍によって覚えた潜り。そういった人生の流れの上に立った釣り。彼が釣りをはじめたのは4年前であっても、その前に膨大な蓄積があったということだろう。私は彼の釣りを倣うことによって一挙に大物釣りに開眼した。すでに去年から今年にかけて四本の大物を釣っている。 

さて私が岩井さんにかこつけてここで書きたいことは、じつは釣りの話とは他のところにある。人生の最後にあなたはどこにいるかという話だ。岩井さんはモーレツに働いて胃潰瘍になった。だが、そのことが晩年の彼を救うことになる。失礼な話だが、もし彼が胃潰瘍というストレスの病にかからずそのまま晩年を迎えたとするなら、ひょっとしたら悲惨な晩年が待っていたかもしれないとも思う。つまり長年自分を殺して働き、定年になって自由を与えられた時、その人生の空白がただの虚無に見えてしまう人はごまんといるわけだが、彼もその一員であったかもしれないということだ。
 私は岩井さんの船に乗り、真っ青な海を背景にして一心に少年のように釣りに夢中になる岩井さんの背中を見ながら、人間帰るべきところは「少年」「少女」だなという思いを強くするのである。
  


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