カウンター 読書日記 『はじまりの物語・デザインの視線』
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『はじまりの物語・デザインの視線』
『はじまりの物語・デザインの視線』 松田行正 紀伊国屋書店 2007.4.25 \2800(+税)

「デザインの道具箱」がサブタイトルの『目の冒険』(2005.4.30 同上刊)以来約2年ぶりの快作。
 (*2005.11.22に『Writing Lights & Lighting Write』という自費出版体の図像集があるが。)

 先ず、<はじめに>から紹介。

  *************************

 「・・・ 本書は前著『眼の冒険』に続いて企画された、書き下ろし。発明とか発見に関する物語は数多く書かれているが、「概念」、「形」、「方法(マニエラ)」などのはじまりについてのまとまった本はおそらくないだろう。
 ほとんどのテーマは、当然各々関係し合っているので、同じような話があちこちで顔を出す。
テーマの性格上これはいたしかたないが、テーマを渉猟していて気づいたことは、価値観の移り変わりのおもしろさだ。「図」が「地」となり、「地」が「図」となる。「図」が別の「図」となり、「地」を覆う。ここでは、こうした正負の符号の反転について語るのが本書の概説としてはわかりやすいだろう。
 たとえば、「シンデレラ物語」のような成り上がり説話は世界中ごとにでもあるが、その基本型は、貧乏でしいたげられているいたいけな少女が、魔女の力を借りて金持ちか王族になって幸せになる、という正負の反転パターンだ。目立つ記号としてのストライプ模様にも、同じような正負の反転の歴史がある。
 中世ヨーロッパの人々は、神中心の生活を強いられ、起伏の少ないシンプルな生活を送っていた。そのなかで、ストライプという模様は、目立ちすぎることでも異端だったが、もともとイスラム教徒が身につけてる模様だとしてキリスト教会側は嫌悪した。砂漠という過酷なところで生活するイスラム教徒にとって目立たないということは、視認されないことに繋がり、死を意味することてもあったが、キリスト教社会では目立つことは罪でもあった。
 そこで、その嫌な模様を職業差別に使おうと、底辺の仕事に就いている人々にストライプ模様の服の着用を義務づけた。長いことこの差別は続いたが、それもときとと共に認識が変わり、貴族も好むようになって、インテリアにまで使われるほど復権する。この動きはほどなく、アメリカやフランスの国旗の模様に採用され、完全に正の記号に転化する。

 ここでおもしろいのは、インテリアにストライプ模様が使われることによって.今度は召使いの服の模様にストライプを使うようになったことだ。ストライプ模様のカーテンに召使いを同化させてしまおうとするのがねらいだ。可哀相にも、召使いは必要だが目障りである。ここには、目立つ記号から目立たせないための記号への正負の反転が見られる。同じことは黄色の歴史にも当てはまる。
 黄色は、東洋ではそれほどイメージの変転はなく、どちらかというと高貴な色として使われていたが、西洋では、はじめは太陽の色に近いからと、豊穣の色として崇められたが、キリストを裏切ったユダが着ていた服の色とされて忌避すべき色となり、ユダヤ人の色として人種差別のシンボル・カラーとなった。
 十九世紀末になると、その虐げられてきたイメージか逆にパワフルなイメーブに転化すると考えたアヴァンギャルディストによって浮上し、今やポップな色の一つである。本書のカバーもそれにあやかっている。」
 *************************
 

  当然というか第一章は <001 対という観念>である。

 結論から言っておくと、この<001>を読み、<差別の根深さ>というものをいまさらながら

 痛感させられた。 自己と他者=外部、他者認識=差別の発生ということに。
  

  ★ 引き続き、『はじまりの物語』から引用する。

 <対概念>の誕生と<汚穢>の観念のそれとは、手を携えて訪れるようにみえる。

 極端に言えば、共同体の必然性を認めるならば、差別意識は不可避だとまず
 心得ていたほうがいい、ということになる。なんとも気の重くなる事実ではある。
  
 
****************

 001 対という概念

 自然界に対のものを見つけるのはたやすい。まず、太陽と月、天と地、陸と海、夜と昼、夕と朝、晴れと雨、空飛ぶ鳥と地を駆ける動物、あるいは陸生動物と水生動物、動物と植物、花と草、雄と雌。
 人間では、男と女、大人と子ども、少年と少女、おやじとおふくろ、美女と醜女、両眼、両眉、両まぶた、両まぶた、鼻の孔、両手、両足、乳房と乳首、尻、睾丸、上唇と下唇、目と肛門。身体内まで話を広げると、脳、肺、腎臓……。
 紀元前六世紀半ば、ピタゴラス教団のアルクマイ才ンは「人間に係わりのあるものの多くは対をなしている」(坂本賢三『「分ける」こと「わかる」こと』講談社)と語ったという。たしかに、人間が中心にいてこその対は多い。
 このピタゴラス教団は、対概念を記憶術として使っていたといわれている。それは、ピタゴラスがもたらした多くの哲学的な言辞を書物に記録して残すのではなく、生きた記憶として人から人へと伝わっていく、多くのリトル・ピタゴラス、ピタゴラス・クローンが誕生することを理想としていたからだ。書物のことを「記憶の死骸」(荒俣宏編『世界神秘学事典』平河出版社)とすら言い切ってしまっている。

 そこで<10の対>を挙げている。
「有限と無限、奇数と偶数、一と多、右と左、男性と女性、静止と運動、直と曲、光と闇、善と悪、正方形と長方形」である。この発想はあとで述べるゾロアスター教から影響を受けていることは明白だ。対に分類することによってわかりやすくはなるが、ディテールを無視した危険性を併せ持つことも忘れてはならない。

 数の数え方の起源には、もともと「一つ、二つ」まではすぐ数えられたが、それ以上ある場合は「たくさん」で表現していた。二つまで数えられたということは、自分と他人の区別ができていたとみなせるようだ。
 

 鷲田清一氏の『感覚の幽い風景』(紀伊国屋書店)に鋭い指摘があった。それは、便や洟(はな)や涎(よだれ)が体のなかにあるときは、だれもそれを汚いと思わないが、いったん体から排泄されると極度に汚く感じ、嫌悪感を持つ。食物が形を変えて出てきた便や小便、嘔吐物を再び口にするのはたまらない。洟や涎や、血液・精液などの体液を目にするのも、特別な趣味の人は別として、普通はごめんこうむりたい。体内から出てきたものではないが、他人の食べ残しですら食べることをいやがる人もいる。牛のように食べ物を反芻するなんてもってのほかだ。
 
 鷲田氏によると、これは自分と他人との違いと、身体の内と外の境界が曖昧になることに耐えられないからで、これらの区別は社会のベースとなるルールだ、と説く。このルールを意識し出したときには、すでに相反するニつの観念の存在に気づいていたといえるのだろう。
 
  
 トイレでいえば、古代人は垂れ流しが基本。そこに一万年前、農業がはじまった。畑には多くの水が必要になり、治水・灌漑工事が始まった。工事のために人が集まった。人が多く集まるところに集落(都心)ができた。人が多いのでトイレが必要となった。垂れ流しは集落には似合わない。メソボタミアやインダスの都市に下水道らしきものも発見されているが、この都市の発生かが四千年以上前からだとすれば、清潔と汚穢の観念の発生はかなり古い。・・
 ******************
 

  『空海の夢』で紹介していなかった一章を、前史として。(p26~28)   
 ★ 4.意識の進化 より。

 「・・生命が意識をもったということは、ほぼ同時に言語あるいは記号系をもったということだ。幼児の言語の獲得過程から類推して、言語の発生は意識の発生よりもすこし遅れていると想定できる(ピアジエ)。すこし遅れるとはいっても太古のことだ、そこには数万年のズレがあるかもしれない。そのズレをバラバラとぶあつい自然誌の一書のページをめくるように圧縮して再現してみると、ざっと次のようなことになる。

 おおむね意識の発生は直立二足歩行に起因する。もっぱら樹上にいた者が大地に降り立ち、四つ足から二足歩行に転じたということは、ヒトの歴史にとってはむろんのこと、動物史の全体にとっても最大の事件であった。では、その二足歩行者に何がおこったか。まず強調すべきは、両手が自由になったことと眼高が高くなったことである。自由になった両手がいずれ道具や火をつくることはよく知られているが、両手の自由はさらに重要なことをも発見した。指の分節性を自覚したことである。樹上生活者と二足歩行者の差は指の曲げ方にあらわれていた。サルは五本の指を同じ方向に一緒に曲げてしまうけれど、ヒトは親指と他の四本の指を対向して曲げられる。このことこそ道具をいじる手を生んだ最大の要因であるのだが、それはまた指を順番に折るという自覚をうながし、ここに一方における数観念の発生と他方における学習観念の発生をうながした。手指の分節性は、つまり学習記憶の発生に結びついた。仏像の掌のムドラー(印相)は、往時の人々が手指の表情に忘れてはならない貴重な記憶の数々を封じた残像ではないかと私は考えている。

 眼高が高くなったことは両眼視を可能にした。両眼は顔の前部に平行にならび、近くのものも遠くのものも自由自在に焦点をあわせて見られるようになった。これはいわゆる距離観念を発生させる。はじめてわれわれに「ここ」hereと「かしこ」thereの峻別が生まれるのはこのときである。定住意識と道行意識が芽生え、まだ見ぬ「彼方」をも思想するようになる。やがてこの「彼方」からアトランテスや浄土やシャンバラの幻想が生まれるのは歴史があかすところであろう。此岸と彼岸という観念も、さかのぼればこの距離観念の発生が遠因になっていた。

 眼高が高くなったぶん、腰の位置も高くなり尻がひっこみ、生殖器の住所が内側に入ってしまった。これはおおざっぱにはさらにふたつの事態をひきおこす。ひとつは口と生殖器が遠のいてしまったことである。周知のように、ほとんどの哺乳動物はみすからの口や舌でみずからの生殖器を清浄することができる。ところが意識をもった動物、すなわちヒトにはこれが容易でない。他者のロをもってしかあてがえない。おまけにたがいに遠のいてしまった生殖器をあわせるために、男女の交接は向きあうことになった。それまでたがいにお尻のサインを見ていれば判別できていたリビドー情報も、これで前にまわって確認するしかなくなった。女性の乳房が発達したのはそのためだったとデズモンド・モリスは主張したものだ。こうした性器位置の変化はヒトにおけるリビドーをいちじるしく変貌させ、いわゆるアドレッサンス(思春期)というヒト特有の生物学的異常閉塞期をつくってしまった。ある種のヨーガ・ポーズはこの口唇と性器の分離を回復するためだったともおもわれる。以降、口のマルクスと尻のフロイトはわかれわかれになってしまったままとなる。・・」
 

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