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原爆投下について(9)
 人類の歴史のなかで最大の犯罪=<原爆投下>の「名義上」の第一責任者・トルーマン大統領は、その罪の意識に死ぬまで苛まれ、自己弁護、保身の策を講じただけでなく、ウソまでついてごまかそうと必死だったという。

 張本人が認めている(少なくとも状況的には)「犯罪」を六十余年も後に、いかに属国の大臣とはいえ、「しようがなかった」と弁護してくれるとは!

 地獄のトルーマンの引きつった笑いが目に浮かぶようではないか。

 とにかく、<窮魔>某が己の国についての基本的な歴史さえ学んでいないことが暴露された。

 『暗闘』に学んで、「原爆投下について」と題して書き(紹介を)続けてきた。

 引き続き読んでみよう。

 **********************

 <結論> とられなかった道
  


 「・・太平洋戦争の最後は二つの競争が展開する白熱のドラマであった。一つはスターリンとトルーマンのあいだにくり広げられた競争であり、トルーマンがソ連の参戦前に原爆を投下して日本の降伏を勝ちとることができるか、それともスターリンが日本の降伏前に戦争に参加してヤルタで約束された代償を勝ちとることができるかの競争であった。第二の競争は、日本の指導者のなかの和平派と継戦派との戦いであり、日本は戦争を終結させるべきか継続すべきか、また戦争を終結させるのであれば、いかなる条件の下でこれを行うかの競争であった。そして二つの競争は互いに結びついていたのである。
 しかし、異なる事態の展開はありえたのであろうか。もしアメリカ、日本、ソ連の指導者が異なる選択をしていたならば事態はどのように進展したであろうか。はたしてそのような選択肢は存在したのだろうか。歴史家のなかには、そうした仮定の問題を提起するのは邪道だとする意見がある。しかし歴史の仮定は、実際に選択された決定の性格をより明確に浮き彫りにするという効果がある。私は以下で、より大胆に歴史の仮定を自分なりに提起してみることにする。

●もしバーンズ回答が日本の立憲君主制を認めるとする明確な項目を含んでいたなら

 天皇の地位に関して何も触れていなかったバーンズ回答は、日本の継戦派の反発を招き、和平派を窮地に陥らせて、危うく戦争の終結を不可能にするところであった。バーンズ回答が日本の立憲君主制を認めるという条項を含んでいたならば、鈴木(首相)の動揺はなかったであろうし、米内もバーンズ回答を認めることにより積極的な態度をとったに違いない。それでも継戦派はバーンズ回答が国体を否定するものであると反対したであろうが、立憲君主制という形で皇室の維持が保障されるからには、天皇と天皇を取り巻く政治エリートがより積極的にバーンズ回答受諾のために奔走し、継戦派の反対を押さえ込もうとしたに違いない。スターリンは立憲君主制の条項を含むバーンズ回答に反対したであろうが、トルーマンはソ連の合意がなくてもこれを日本に突きつけることを決意していたから、スターリンの反対は決定的な要素にはならなかったであろう。
 このシナリオの通りにいけば、日本の降伏は8月14日よりも早く、12日から14日の間に決定されたであろう。・・・中略・・

● 原爆が投下されず、またソ連が参戦しなかったならば、日本はオリンピック作戦が開始される予定になっていた11月1日までに降伏したであろうか?

 1946年に発表された『アメリカ戦略爆撃調査報告』は、原爆投下やソ連参戦がなくても、日本は11月1日までに降伏したであろうという結論を下している。この報告は修正主義歴史家がバイブルのように引用していて、この二つのショックがなくても日本が降伏したこと、したがって原爆投下は必要ではなかったとする議論の有力な証拠物件となっている。原爆投下に関する権威者のバーンシュテインが、すでにこの『報告』の批判的分析を行い、この結論は、戦賂爆撃調査が利用した証拠そのものによって反駁されていることを説得力をもって証明しているので、ここで詳細にこの『報告』の批判をする必要はない。たとえば「もし原爆が役下されなかったならば戦争がどのくらい続いたと思うか」との質問に、近衛は「少なくとも年末まで続いたであろう」と答えている。バーンシュテインは近衛の証言のみでなく、『報告』の結論とはまったく矛盾する豊田、木戸、鈴木、平沼、迫水の証言を紹介している。バーンシュテインが論証したように、この『報告』は信頼できる証拠ではない。
 日本の為政者は日本が戦争に負けていることを認識していた。しかし、敗北と降伏とは同一ではない。降伏は政治的行為であった。原爆とソ連参戦の二重のショックなしには日本の指導者は簡単に降伏を受け入れなかったであろう。

● 日本は原爆の投下がなく、ソ連の参戦のみで11月1日までに降伏したであろうか?

☆歴史家麻田貞雄は、原爆投下がなければ、「ショックという観点からすれば、ソ連軍の満州侵攻が日本の指導者に間接的な衝撃しか与えなかったのにたいして、原爆は日本本土と日本国民を壊滅させるという直接的な脅威を与えた」とし、「もし仮に原爆が投下されず、ソ連の参戦だけであったとすれば、あの時点て日本が降伏したとは思えない」と論じ、ソ連参戦だけでは日本が11月1日までに降伏しなかった可能性、があると主張している。これにたいしてバーンシュテインは次のように論じている。
 「激しい通常兵器の爆撃と首を絞めるような封鎖の状況のなかでソ連の参戦が与えた大きな衝撃を考慮すると、原爆が投下されなくても、ソ連の参戦のみで、日本が11月までに降伏した蓋然性がある。むしろ日本が降伏した可能性のほうが、しなかった可能性よりもありそうなことであった。この意味で、ソ連の参戦を待つだけで、原爆を投下しなくても、また高いコストがかかる九州の上陸をしなくても日本を降伏させる可能性があった。その意味でこれは『失った機会』であるということができる」
 日本にとってソ連が中立を維持することの重要性はこの点て決定的であった。日本は軍事的にも外交的にもソ連の中立に依存していた。外交的には、戦争を終結させるためにソ連の斡旋に最後の期待をかけていた。したがって、原爆投下が契機ではなく、ソ連が戦争に参加したときはじめて、日本の為政者はポツダム宣言を受諾すべきか否かの決定に直面したのである。軍事的にも、日本の「決号」作戦はソ連の中立を前提として成り立っていた。それは一つの大きな賭けであった。それゆえ、諜報部がソ連の極東での軍備増強を警告したとき、陸軍省事務局はこれを無視したのであり、ソ連参戦前日にいたるまで、ソ連を中立に保つことが可能だと信じていたのである。軍におけるソ連の重要性は、ソ連参戦後にいたっても、まだソ連との交渉が可能であると信じて、ソ連にたいして宣戦布告することを拒否した点にも裏書きされている。麻田が主張しているように、陸軍ははじめから満州を見捨てたのではなく、ソ連を中立のままにしておくことが可能であると信じていたのである。したがって、ソ連軍が満州に侵攻したとき、軍は大きなショックを受けたのであった。ソ連参戦は軍の「決号」作戦に致命的な傷を与え、戦争を継続するという軍の主張には説得性がなくなった。まさに、ソ連の参戦が直接的な契機となって、陸軍が戦争の終結を認めることになったのである。

 さらに重要な要因は、ソ連が極東にその勢力を膨張させることの政治的意味であった。日本が戦争を継続すれば、ソ連が9月の初めまでに満州、南サハリン、北朝鮮、全クリールを占領することは明らかであり、当然ソ連の北海道侵攻の可能性が考えられた。北海道にたいするソ連の侵攻はアメリカとの対立をもたらしたであろう。しかし、ソ連の侮れない軍事力、スターリンの決意、そして来るべき日本上陸で見積もられる人的財政的コストを考えると、アメリカがソ連の北海道侵攻を容認した可能性も排除できない。
 たとえアメリカがスターリンの北海道侵攻に反対したとしても、ソ連は極東の大規模な領土を自己の支配下に置いたことから、いずれ北海道を自己の占領地区におさめ、日本占領への発言権を要求することは必至であった。まさに、このように日本占領に関してソ連が発言権を増大させることを日本の為政者は恐れたのである。これが、日本の為政者が最後の段階で天皇の聖断を受け入れ、戦争の終結を認めたことの大きな理由であった。彼らは、ポツダム宣言とバーンズ回答のなかに示唆されていた皇室の維持の可能性に出口を見出して、ソ連の危険に日本をさらすよりも、アメリカに降伏することに賭けたのである。
 降伏は政治的決定であり、日本の為政者は、原爆の投下がなくても、ソ連の影響力をなるべく少なくするために、11月1日前に降伏した可能性は十分あったのである。(続)
 
 
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