カウンター 読書日記 ●『激辛書評で知る中国の政治経済の虚実』 (1)
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●『激辛書評で知る中国の政治経済の虚実』 (1)
 第一部 歪曲、誤解にまみれる「嫌中、嫌毛]狂想曲を読む
  第一章 常軌を逸した毛沢東像

● 張戎ほか『マオ誰も知らなかった毛沢東』

  『マオ』のイギリス版が出たのは2005年6月、アメリカ版が10月に出て、邦訳は11月に出た。毎日新聞の桐山正寿記者は、出版宣伝のために来日した著者をインタビューして「中国人7000万人の死に責任がある(毛沢東)」と題した記事を書き(2005年12月4日付)、読売新聞の植田滋記者は「冷酷非情、世界支配欲、毛沢東の実像」と題したインタビュー記事を掲げた(12月7日付)、朝日新聞の書評欄(2005年12月25日付)ではニ人の書評委員が持ち上げた。スタンフォード大学名誉教授青木昌彦書評委員のお薦め[今年の三点」のうち、一冊は『マオ 誰も知らなかった毛沢東』であり、これを推した青木の説明は次の通りである。「大躍進や文革時代の毛の凄まじい権力志向についてはこれまでも公にされてきたが、『マオ』は前革命時代にも同じような行動パターンがあったとする。ソ連邦、コミンテルンの資料や関係者の証言に基づいて、スターリン、毛、蒋介石の間の駆け引きが織りなす日中戦争と国内戦争・革命の展開について新「事実」を提供する。これからの史実的検証に耐えれば、20世紀中半の東洋史(神話)の書き直しを迫るインパクトをもつだろう」。
 三文小説にまんまとだまされた、したり顔の白髪老人(青木)の中国理解度はこの程度であったか。

 テレビ朝日系「報道ステーション」人気キャスター・加藤千洋書評委員のお薦め「今年の三点」のうち、一冊はやはり『マオ 誰も知らなかった毛沢東』だ。曰く、
 「「農村で都市を包囲する」と革命戦略を語ったのは毛沢東。「農民は動揺していない」と天安門事件で北京のデモ鎮圧を指示したのは小平だった。それほどに中国政治で決定的な要素であるはずの農民に、富農出身の毛沢東は強いシンパシーを実は持っていなかった。意外な毛像を提示したのが『マオ』だ。旧ソ連資料を用いて書きかえられた毛沢東像、中国現代史の「実相」は衝撃的だ」。
 やはり虚偽宣伝にまんまと乗せられて、宣伝にこれ努めていることがわかる。これがボーン賞を得た元中国支局長だから、ボーン賞の水準も、この新聞の中国報道も、読むに堪えないレベルであることは、察しがつこうというものだ。加藤千洋氏は『週刊朝日』2005年12月16日号に4ページにわたって張戎をインタビューした記事を発表している。タイトルは「毛沢東は始皇帝よりも暴君だった」である。これは典型的な提灯記事であり、張戎の誤謬に対する批判は皆無である。

 『朝日新聞』書評欄は、2006年1月15日、松原隆一郎教授の書評を掲げたが、これもド素人のたわごとである。問題はこれら三人(青木・加藤・松原)の無学無知な半可通が判断を間違えた事実にあるのではない。真偽を鑑定するに足るまともな中国分析を『朝日新聞』等が過去10~20年にわたって怠ってきたことが重大なのだ。大事な報道、大事な分析を怠ってきた結果がここに露呈されたと読むのが私の見方である。だからこそ由々しい事態なのだ。もし必要とあらば、その材料をいくつでも提示したいが、あえて絞り込み、●最も基本的な文献を二つ挙げよう。

 一つは日本で編集された『毛沢東選集』(補巻を含めて全20巻)である。これは中国語原文であるが、1949年までの毛沢東の書いたもの、話したものは可能なかぎり原文に近い形で収めて、テキスト批判を加えてある(北望社、のち蒼蒼社)。
 毛沢東論が揺れるのは1949~76年、すなわち建国以後だが、この時期の毛沢東について最も詳細に描いたのは、中共中央文献研究室の『毛沢東伝1949~1976』(上巻884ページ、下巻914ページ、計1798ページ、2003年)である。
 張戎はこの両者をまったく無視している。プロならば、ここを見ただけで、書かれたものの水準がわかるのである,張戎の無知はどうしようもないが、このように最も基本的な文献を知らないで、毛沢東を論じようとするのは、そもそも間違いである。そこに気づかないのは、専門家をかたる素人教授たちである。無知高慢は許されない。

 日本経済新聞、2006年1月8日付慶応大学・国分良成敦授(日中友好21世紀委員会委員)の書評も、あとで厳しく批判するが、文意不明の言葉コロガシである。
 早稲田大学大学院・天児慧教授の駄文「衝撃の書『マオ』の読み方」(『現代』2006年1月号)は、「衝撃」「衝撃」を繰り返した。毛沢東と小平を描いた天児著『巨龍の胎動―毛沢東vs小平』の「絶版」を宣言するならば潔いが、この程度の本を定説と自賛し、他方でまったく異なる基調からなる『マオ』を手放しでほめるのは、無節操も甚だしい。こんな支離滅裂の学説を聞かされたのでは、まともな学生は教室から逃げ出すであろう。

 大新聞、有名学者がこぞって大宣伝に努めた結果、この悪書はベストセラーのトップを続け、インターネットのブログでは、いまや『マオ』の謬論」を前提とした中国論が広く行われ、暴論が「ナウイ中国イメージ」扱いされている。嫌中・反中ムードに便乗して悪書が良書を駆逐し、日本に中国脅威論の亡霊が漂う。これを煽る悪書の代表が『マオ』だ。由々しい事態ではないか。

● 大渡河濾定橋の強行突破について

 話題に選ぶ最初のトピックは、長征のシンボル大渡河濾定橋の戦闘を否定した問題である。張戎夫婦の『マオ』は、ここでは戦闘は行われず、長征神話は中国共産党の宣伝にすぎない。エドガー・スノーのウソにだまされてきたという。『マオ』は目撃者として「濾定橋のたもとに住む九三歳の老女・李秀珍」の証言を挙げ、また国民党の戦闘計画によると八路軍が到着する前に国民党部隊は撤退していたと書く。しかし、この出来事については、兵士たちの数多くの証言があるし、それらは後日まとめられた『星火燎原』に収められている。ハリソン・ソールズベリーの『長征』、ディック・ウィルソンの『長征1935』などでも言及されていることは、周知の通りだ。

 
 ここで面白いのは、2005年10月、『マオ』が話題になったあと、オーストラリアの新聞 ジ・エイジ「the Age」が調べたエピソードである。張戎が取材したと称する目撃者を追跡できなかったのだ。逆にシドニー・モーニングヘラルド紙は、八五歳の目撃者Li Guixiu(当時15歳)を追跡できたが、この人物は張戎の主張を否定した。つまり、張戎のデッチあげた「93歳の老女・李秀珍」は存在せず、その目撃証言を否定する「八五歳の目撃者」は、確かに存在した。
 
  (続)
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