カウンター 読書日記 原爆投下について(3)
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原爆投下について(3)
  ●原爆の標的決定  

 スティムソンは、四月二十三日のホワイトハウスの会議からペンタゴンに帰ってくると、ただちにグローヅスと特別補佐官のジョージ・ハリソンを呼んで、近く予定されているマンハッタン計画に関する大統領への報告について検討する会議を関いた。そして翌日、スティムソンはマーシャルと短い話し合いをもち、陸軍が重要な外交問題に関していかに影響力を取り戻すかについて討議した。その後スティムソンは、トルーマンにたいして「極秘の事柄」について報告をするための会見を要請した。
 四月二十五日、スティムソンとグローヴスは大統領にたいして、マンハッタン計画に関する最初の本格的な報告を行った。この会見を外部にまったく知られないようにするために、グローヴスは別の入り口からホワイトハウスに到着し、秘密の通路から大統領の執務室に通された。スティムソンとグローヴスの最初の報告は次の言葉で始まっている。
 「おそらく四ヵ月以内に、われわれは一発で一つの都市を完全に破壊することのできる人類史上もっとも恐ろしい武器を有することになるであろう」
 報告は、現在ではアメリカがこの武器を持つ唯一の国家であるが、この状態は長続きしないであろうと述べ、また「この数年間のうちにこの武器を開発することのできる国はソ連である」と予言した。
さらに、
 「技術的発展と比較して倫理的発展の遅れている現在の世界は、将来この兵器の虜になるであろう。言い換えると、現代文明は完全に破壊されるかもしれない」
 したがって、「この兵器に開する情報を共有することがアメリカ外交の主要な課題となるであろう」と論じた。この報告は、原爆の倫理的意義と原子力の国際管理の問題について深く考察していたスティムソンの考え方を反映していた。スティムソンは、原子力の国際管理は、人類の存続がかかった問題であるからこそ、これにソ連を参加させることが重要であるとみなし、したがって、ポーランド問題でソ連といま決裂するのは得策ではない、ソ連との対決は、アメリカが原爆の開発に成功したときに初めてなすべきであると考えた。
 スティムソンは、その後、グローヴスが書いた原爆の技術的な側面を扱った第二の報告書を提出した。この報告書のもっとも重要な部分は、原爆開発の詳細なスケジュールであった。それによると、最初の、「鉄砲型」の原爆は「一九四五年八月一日ごろまでに完成」し、二発目の内部破裂型の原爆は「七月の初め」に実験用として製作完了されるであろうと報告された。
 トルーマンとスティムソン、グローヴスとの会見は、太平洋戦争での一つの重要な転換点であった。大統領は、このとき、日本の降伏を勝ちとるための重要なカードを手にしたのである。五月一日に、トルーマンは、スティムソンの勧告を受け入れて、原爆に関するハイレベルの諮問委員会である「暫定委員会」を創設した。しかし、ここで注目すべき重要なことは、大統領の知らないうちに原爆の使用についての重大な決定がなされていたことである。グローヴスの下に原爆の標的を選ぶための「目標委員会」がつくられていたのは四月二十七日であったが、この目標委員会は、広島、東京湾、ハ幡などを倉む十八の都市を原爆投下の標的の候補としてすでに選んでいた。これらの都市を選考する基準は、日本人が戦争を継続する意思を挫くために最大の効果をもつ都市ということであった。そのためグローヴスは、少なくとも二発の原爆を使用することが必要だと主張した。一発目は、新しい兵器の効果を見せつけるために、そして、二発目はアメリカが大量の原爆を所有しているかもしれないことを示すためである。

 五月十二と十三日に目標委員会は、京都、広島、横浜、小倉に標的をしぼり、新潟を代替の候補とする決定を下した。人口百万の古都である京都はこれまで空襲に襲われることはなかったが、原爆投下の第一の候補に選ばれた。五月二十八日の会議は京都、広島、新潟の順で優先順位の高い候補と決めた。この決定はスティムソンを驚愕させた。スティムソンは、京都の古都としての文化的価値を熟知しており、もしこの都市が瓦礫と化してしまうならば日本人のあいだに癒しがたい反米感情が植えつけられ、むしろ戦争を継続する意思を強固にさせることになるかもしれないと懸念した。五月三十一日の会議で、スティムソンとグローヴスはこの問題をめぐって正面からぶつかった。スティムソンが京都を標的からはずすことを要求したのにたいし、グローヴスは頑としてこれを拒否した。空軍司令官のアーノルド将軍までがグローヴスを支持した。マンハッタン計画の総責任者であったスティムソンは孤立した。自分の部下を説得することに失敗したスティムソンは、京都に原爆を投下すれば全世界がアメリカの行動をヒトラーの暴虐と同等であると非難するであろう、とトルーマンに直接訴えた。トルーマンはスティムソンを支持し、京都は標的からはずされた。しかし、それは、まだ最後の決定ではなく、後でどんでん返しが持っていたのであった。

 スティムソンとトルーマンは、京都に原爆を投下することがヒトラーのそれにも等しい非難されるべき暴虐であることを認めながら、これを他の都市に投下することも暴虐行為であることには思い及ばなかったのである。


  ●ドイツ降伏にたいする日本の反応(既述) 
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