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発言・藤原肇
《安倍首相に直言する》
 意味論オンチが日本の評価を大暴落させた。
「美しい国」どころか醜悪な暴政に陥る危険性


 <世界に通用する常識と教養が欠落したインスタント首相> 
  国内のメディアは安倍内閣の支持率が激減して、七月の参議院議員選挙が問題だと騒いでいるが、世界から見ると末梢事であり、日本の信用と国家の威信が損なわれ続け、日本が蔑視されている現実こそが問題だ。安倍首相が従軍慰安婦問題について「強制性を裏付ける証拠はない」と断言したことが、世界の世論の猛烈な反発を引き起こしたため、安倍晋三のせいで日本の評価は大暴落した。
中国と韓国は定番どおりで激しかったが、『ニューヨークタイムズ』や『ワシントンポスト』をはじめ、『マニラタイムズ』や香港の『明報』までが揃って、政治責任と歴史の改竄の問題に焦点を絞り、安倍政権の姿勢を非難したのは当然の反応だ。安倍にとって証拠は文書などのハードなもので、証拠を隠滅すれば事件も消えるという、幼稚で時代遅れの官僚発想が根底にあり、世界の理解とは遥かにかけ離れていた。
 日本人なら誰でも知っていることだが、安倍は閣僚になった経験がないだけでなく、政治家としての経験も至ってお粗末であり、世界に通用する常識や政治理念も持ち合わせていない。閣僚になって行政のプロセスの要諦を学び、統治のノウハウと実力を身につける判断力において、低い練度では指導者として使い物にならない。
 現場での鍛錬と実務体験のない幹部候補生に、指揮官の職務を与えないのが組織原理だが、自民党の現状は人材枯渇もあり、人気や闇取引で誰でも総裁経由で首相になれる。訓練度の劣る安倍でも首相になれた背景に、お祭り騒ぎの頭目選びで、犬や馬並みの血統の良さが高く評価され、指導性や政治理念の崇高さが忘れられていたことが、日本の政治における貧困さを証明していた。
 しかも、安倍が幹事長代理だった、2001年の時点で、NHKの慰安婦問題の報道番組に対して圧力をかけ映像の改竄を強要しており、東京高裁で違憲判決が下された時にも、安倍は開き直りに終始するだけだった。
 その程度の情報感覚では首相の器にはほど遠く、政治責任についての意識水準では21世紀の国際社会には通用しないが、日本の政界のレベルが低かったせいで、情報時代の首相がインスタントに誕生した。
 「事実を裏付ける証拠は無い」と断言した安倍晋三は、この言葉で十分に説明を果たしたと思ったのだろうが、その未熟な情報感覚を見抜かれてしまい、世界から無責任さに対して非難を集めたが、安倍には言菓のすり換えしかできなかった。彼の理解力だと、証拠は歴史の資料を指しており、それが存在しないと主張するだけで済ませ、事実が存在しなかったと言い抜けられると思ったわけである。
だが、そんな小手先の詭弁は国内用に過ぎず、世界はすでに構造主義をマスターし終わり、情報理論では脱構築の洗礼を済ませ、倫理観は直接には見えない次元において、自己の責任を取ることが常識になっている。それが分からずに鈍感な状態だった安倍なら、世界から非難されても当然であるが、彼のように閉鎖社会のエゴイズムに執着すれば、無知と錯覚を非難されてしまうのである。


 <エクリチュールの意味論も知らぬ「高学歴の文盲社会」の象徴的人物>  
 「日本の常識は世界の非常識」という言葉がある。主観と感情に塗りこまれた日本的な常識は、普遍価値と結ぶ常識と通底しない限り、発した言葉は相手に共有され得ないし、コミュニケーションは成立しない。英語が喋れる程度の会話能力が評価され、それが閣僚や首相の決め手になる国でも、見えない次元の意味を捉えられない限りは、高学歴でも情報時代には文盲に属す。安倍晋三レベルの情報感覚を放置することで、21世紀の日本は高学歴の文盲社会になる。
 生命活動を営む人間の生活空間の周辺には、文字化された歴史文書や遺物だけでなく、語り継がれた物語や文化現象の形をとった「エクリチュール」と呼ばれる情報の揚があり、その意味を読み取る能力が評価される。この能力において卓越していることが、指導者に求められる基本条件であり、意味論オンチは前世紀までの頭目の属性に過ぎないのに、それも安倍にとっては理解の埓外であった。
 情報理論の基盤を支えているものとして、言葉が示すイメージとシンボルを統合した時に、政治家に必要な意味論の理解が生まれ、そこで初めて理念や理想を語ることができ、その純化した結晶としての憲法がある。そんなことも判らない人間が、情念の赴くままに、飾り言葉に陶酔して憲法をいじれば、美しいものも醜悪なものに成り果てるし、権力者による暴政になると歴史は教えている。
 物理的な力だけで支配の永続はできないから、自らの正統性と統治責任を確立するために、理性と情動の両方に訴える手続きが、人々の納得と承認を得るためのプロセスとして、近代政治における階梯を構成している。
情動に結びついた象徴儀式の「ミランダ」は、国旗、記念日、音楽、儀式などを活用して、呪術的な威力で一体感や帰属意識をたかめる。そして、権力や集団の強化を促進する効果のために、宗教や軍事機構が昔から活用して来たし、ミランダ効果は政治運動化に結びつくことによって、暴発して最後を迎えるという性格を持っている。
 それに対し「クレデンダ」と呼ばれるものは、知的で合理性に富む象徴形式に基づく、理論や信条体系などの思考活動を通じて、正統性や信任を保証するプロセスを育てる。また、この領域の発達が近代社会を成熟させたが、時間の経過と頭脳機能の劣化現象に従った老化のために、情動と理性の均衡状態が崩れることで、私が30年前に問題提起した「ヤマトニズメーション」を発現させてしまう。
 大衆の情動を掻き立てる運動方式は、「カテコラミン過剰分泌症候群」に属しており、文明の病理現象を特徴づけている。それが最も激しく発熱と痙攣を現すのは、全体主義や宗教的メシア再来運動の高揚で、時にはクーデタや革命に繋がることもあり、世界史はその繰り返しの集大成でもある
 今の日本には怨念と屈辱感に支配されて、「一つ覚え」のように憲法改正を叫びまくり、不可欠な理念や理想の議論が脱落したまま、強引に押し切る悪しき手口が蔓延している。ホルモン分泌の不均衡は「異胎」の成長を促し、小泉内閣で政治の病理として発現してか
ら、「靖国カルト」の発熱が熱狂を生み、安倍内閣でシコリとして「異胎化」しているが、その病跡学については別の機会にゆずる。
 日露戦争後に皇軍に取りついた物語として、司馬遼太郎が嫌悪しだのが「異胎の時代」であり、彼はこの時期を作品に描かず生涯を終えた。だが、「ヤマトニズメーション」の概念を問題提起した責任と、『平成幕末のダイアグノシス』の著者としての私は、歴史の証言を次の世代に伝えるために、愉快ではないが書き残す責務を痛感している。           

●ふじわら・はじめ グルノーブル大学理学部博士課程修了。理学博士。多国籍石油会社で石油開発担当後、米国で石油会社経営。ビジネス引退後、ジャーナリストとして活動。著書は『小泉純一郎と目本の病理』『賢く生きる』等多数。
「 NEW LEADER」誌  2007.5月号

 ●ミランダとクレデンダについて。

(教えてgoo=) http://oshiete1.goo.ne.jp/qa49423.html

 ミランダとクレデンダというのは、アメリカの政治学者C.E.メリアム(1911~)が『政治権力』の中で提示した、政治的象徴の分類です。まずミランダとは、大衆の情緒的・非合理的側面に訴え、権力を神聖かつ壮大なものとして正当化するものです。例えば、大衆動員、儀式、記念日、記念碑、旗などがあげられます。次にクレデンダとは、大衆の知性的・合理的側面に訴え、権力を尊敬、服従、自己犠牲などの対象として正当化するものです。

 現代においても、政治権力の担い手はごく少数者に限られるのが一般的です。この権力者が支配を行うには、警察や軍隊による物理的強制の他に、被支配者が自発的に権力に服従する状況を創り出すことが重要です。その道具として用いられることが多いのが、政治的象徴です。特にマス・メディアが大いに発達した現代社会においては、これを操作することが重視されるのです。

 そしてこの政治的象徴を、被支配者の中に内面化されていく状況から分類したものが、ミランダとクレデンダです。大衆社会においてはクレデンダよりもミランダの方が効果的に利用されます。

 なお、同様の用語に若干の注意が必要です。まずM.ウェーバーの「支配の正当性原理」(被服従者が権力に正当性を与える様子を、伝統的支配、カリスマ的支配、合理的支配の3つに分類したもの)は、クレデンダに帰属するものと考えられます。また、ナチ支配下のドイツ国民の行動様式は、一見ミランダによるもののように感じますが、フロムの『自由からの逃走』によれば、自由を重荷に感じるようになったドイツ国民の多くが自発的に権威に服従したものであり、これを彼は「権威主義的パーソナリティー」と呼びました。自発的、という点でミランダとは少し違います。

 

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